さいきの平穏な日々
一日ってのは長い様で短いようで
なんだかわからないまま日々が過ぎる。
過ぎた日と共に、記憶も薄れる

2004年01月17日(土) 9年

今日は「半落ち」を見てきました。
寒いのに出かけるのが面倒だなぁ。とやっつけ仕事で出発。
待ち合わせが12時だったので、ちょっと早めに出発。
11時半ごろ梅田到着。
金券屋をうろついて前売りゲット。1300円なり。
その後無事に合流してチケット購入。で昼ごはん。
オムライスを食べました。
それから鑑賞。
泣くなー。とは思ってたんですよ。はっきりいって予告編を見てたときからなきそうだったし。
わかってても展開読めても泣けました。あーあ。
結構ぼろぼろきたです。でも周囲からもすすり声が聞こえていたので、まぁよいでしょう。
そんなところかなー。
で、おうちに帰りましたとさ。
そういや、夜中に宝塚見ました.NHKでやってたやつ。でも途中で寝てたっぽい。気づいたら違うのやってたもん<お約束。
そんな感じでおしまい。またビースメーカー見過ごしちゃったよ。やっとやってる時間覚えたのに。。。

ああ、タイトルのこと忘れてた。阪神大震災から9年。
9年という月日はすごいなぁ、とちょっと時の力に泣きそうでした。
子供も大人になる時間が経つんだもん。何も変わらないようでずいぶん変わったなぁ、とやっぱり思うのでした。

ここのところ最後に書くようにしてるので感想。
『半落ち』
んーーと。柴田恭平がかっこよかった。井原剛志もかっこよかった。
そんなところか。
いや、まじめにいくとかなり重いテーマなんだもん。
おいらの文章力じゃ語れん。でも語ってみると。
アルツハイマーという、いわゆるボケってやつですが、難しい。
私は実際に介護をしたことがないから、頭で考えることしかできない。
介護に疲れて、どんなに愛していても嫌気がさす事だってないとは言い切れない。
この場合はちょっと介護疲れとは違ったけれど。
愛しているから殺す。妻が妻であるうちに、妻が母であるうちに、殺す。
それも愛だし、たとえどんな姿であっても、自分を忘れられても、また本人が自分が誰であるかを認識できなくなったとしても、どんな形であっても生きていてほしいというのだって、愛だ。
魂がなくなったらとか言う精神論もちょっと出てきたし。
自己が確立できなくなって魂の死であるとして、生きている意味がないから、殺してほしいと頼まれたら、断るのは正直つらいような気もする。
愛していたらなおさら。
それでも殺人には変わりないから、いろんなところに波紋がおきて。
まず警察。
それから検事。
でもって記者。
さらには裁判官。
それぞれが感情を持つ人間だから、簡単だけれど、簡単じゃない話になっちゃう。
やっぱり人の生き死には難しい。


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さいき [MAIL]