21世紀猫の手日記
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2026年03月25日(水) もうあまりないけれど、良く生きていきたい。

なんというかw理不尽なことに巻き込まれたら、その理不尽の意味を知るより、それからの生き方のほうが大事みたいです。オットー・フランクル先生はそうだったそうです。て、誰て、収容所に入れられた人です。(自分解釈)

でもなかなか、そんな風に割り切れる人は少ないと思う。

だいたい、病気か、距離を置いて終わりが普通だとおもう。死後何年も、あれは何だったんだ?と金と時間をかける人はそんなにいない。正直、悪霊に取りつかれていましたといわれるほうが、理解がたやすい。そっちのほうがいい、たぶんおはらいでなんとかなるw。……、特定の人や物事の理解のみできないという人が世の中には一定数いるらしく、それだったんだろうなーと思います。

……それにしても、支配と管理がしつこかった。ぶっちゃけ、有罪レベルだ。

そして、この構造はなかなかほかの人には理解が難しい。ほんとうに自分の意志で人生を選ぶ、他人の顔色を窺わないで行うというのが、初めての連続だ。正直、具合が悪くなることが多い。

この手の全体的な管理は、強制的統制というレベルだそうだが、たしかにな。ぐうの音も出ない。すぐには楽にはならない。






zaza9013

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