21世紀猫の手日記
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| 2025年12月01日(月) |
母親が麻痺ってからの苦しいエピをひとつ。 |
なんか脳がやられて倒れた母は、特養に入った。お見舞いに行くと私とわかるのか笑ってくれた。
しかし、しかしですよ。失語症が入ってうまくしゃべれない母が言った言葉が「総選挙」………。
めちゃくちゃ複雑でしたね。おそらく半側空間無視とか、半身まひとか脳はかなりやられてるんだけど、笑ってくれるのはうれしいけれど、基本的に親子ってつながりは忘れていないんだろうなと思った。ちょっと原始的な意味合いで。
でも、その状態で「総選挙」は、なかなか言わん。友達に言ったら苦笑していた。つまり、心の中で一番大事と考えていたのは、政治活動であって、私との情緒的な共感とかそういうものではなかったんだろうなと思いました。
東京での安保闘争にわざわざ夜汽車に乗って参加したらしいですから、多分、ジャンルが闘士なんですよ。本当はそういう人が、自動車免許ももっていて、もしかすると父より賢かったかもしれない人が、女というだけで結婚して、家事をして、子育てをしなければならない世の中を変えたかったのかもしれません。
そういう、世の中を変えるとか政治活動をする、それが人生の目的でいちばん正しいことだとお母さんが考えていたら、(田嶋洋子みたいなこともかなりいっていましたからね)それは、私との感情の共感なんてゴミみたいなもので、眼中にないですね。そんな幼稚なこと、必要ないですもん。彼女自身が好きな活動ができる環境を整えたら、そりゃあ党活動一直線ですよ。
世界平和に比べたら、娘の調子悪いとか、部屋が一階でやばいだろとか、人の気持ちなんて考えられないよなぁと納得してる。あえてスキンシップをとらなかったとか、興味ないとか……、もはや母がなんか子供を産まないと責められないための、言い訳みたいな人柱みたいな存在だったのかもしれません。
共感するとか話を聞くとか、一緒に子供の未来を話し合うとか、ないw。もうそれは、そういう人たちに、そういう態度を変えてもらえるかもとか……子供は期待を抱いたり無理したり努力したりするけれど、うちはちょっと最初から無理だったのかもなとおもいました。
戦後の食糧難を味わった人たちから見たら、衣食住がちゃんとしていれば、感情的なつながりが薄くても、子供が大事にされているとか、安心できる環境だと感じなくても、虐待にはならないんですよ、きっと。
そう考えると、幼稚園児のころから「なんかさびしいな」って思っていたけど、うん、そういうことなんです。小学生でみたハーロゥのおっぱいでないけど、毛布が巻き付けてある人形にだきつく子ザルの写真見て、自分はこれだ、と思ってた。ミルクが出るはりがね人形より、ふかふかしてあんしんできるところにしがみつきたいのがわかるw。うちは針金のような家庭だったんです。残念ながら。
zaza9013
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