● おさるのひとりごと ●


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2003年10月19日(日) お墓参り

今日、お墓参りをして、一連の行事(?)が終わるらしい。
次は3・7日(みなのか)とか、そんな2週おきの行事になるようだ。
明日は疲れを取りに父さん母さん2人して温泉に行くらしいが。
ある意味、今までばあさんがいたので(しかもちょっとボケてたし)どちらかが必ず家にいるとか
家を明けても2〜3時間とかだったりしたので、これからは2人一緒に楽しめる事でも見つけて
仲良くやって欲しいものだ。
もちろんしばらくは心にぽっかりと穴でも空いた様になってるとは思うけれど、徐々に2人の楽しみを
見つけて行って欲しいと思う。
この年で初めてのパスポートでも取って海外とかでもいいではないか。(でも行かなそう。(^^;)

それはともかく、ばあさんの写真がえらく好評であった。
訪ねて来る人訪ねて来る人みんなが『あら〜、なんぼいい写真こだっきゃの〜。』と言ってくれた。
元になった写真は、じいさんばあさんの金婚式の記念写真。
じいさんのときもそこから取ったので、ばあさんもそれに合わせてそこから取ったのだ。
でも、じいさんのは白黒に加工したんだけど、あまりよろしくなかったのでばあさんの時はそのまま使用。
お陰で女性らしい綺麗な淡い色の紫を着たばあさんが微笑んでいる写真となった。
前に若く(30〜40代?)して亡くなった女の人の仏壇の写真を見た事があったけど
それもその人が好きだったという綺麗な赤のドレスを着ていた。
女の人の写真はやっぱカラーだな。
仏壇の写真とは言え、なにやら華やかしくてよい。悲痛な感じが少しでも和らぐ。

さて、明日からは今度こそほんとに初出勤。
と、何気にまた求人広告を見ていると、この後に及んで私の希望する条件の仕事が沢山出て来てちょっと悩む。
まあ、受かるとは限らないが・・・ひどいよ。(^^;
仕事に就けたのはいいことだけど、実際は求人広告とかなり違ったもんなぁ。
・・・って、今見て『いい』と思ったやつもその可能性がないとはいい切れないけどさ。
ちなみに明日から行く会社は『勤務地希望に応ず』『始業9時』と言う募集記事だったのだが、
受かってから聞くと『勤務地は多摩センター』だし『8時半までには出社してること』だもんなぁ。
お陰で最高に遅くても6:45には家を出ないといけなくなっちゃったし。
もし、仕事を辞める事があったら、最後までこれがひっかかていた、と思ってもおかしくないぐらいの
ポイントだな。(^^;
『受かったけどどうする?』って言われて『行く』って言ってから『ところで・・・』ってことで
その話をきいて『んじゃやっぱり辞めます』とは言いがたいもんなぁ。(^^;
とりあえずは頑張ろう。


2003年10月18日(土) ここんとこの話し

もしかしたら『ああ。おさるも新しい会社に入って日記を書く余裕が無いくらい忙しいんだろうな』な
なーんて思ってる方もいらっしゃるのかもしれませんが、実は今日の夜に実家から帰って来ました。
13日(月)の夜10時半、とうとうばあさんが亡くなったのです。
初出社に備え、14日になると同時に布団に入ったところに電話の音が。
こんな時間の電話って・・・と思うとやっぱりそうでした。
諸処の状況を聞き、電話を切ってしばらくするとまた電話が。
今度は何かと思ったら『お前は来なくていい』でした。
理由は『この不景気な中でやっと仕事を見つけたのに、こういう理由だとしてももし仕事を無くしたら
今度はいつそのぐらいのレベルの仕事が見つかるかわからない。下手したら見つからないかもしれない。
これからずーっと生きてく人の生活が、亡くなった人の為に犠牲になるべきではない。』と言うのです。
とても真剣に言うので、とりあえず電話を切って、『これこれこう言われたけど私は仕事を失っても
実家に帰りたいけれどもいいか。』と旦那に相談したところ、『俺もおさると同じ考えだ』と言うので
また実家に電話をして『旦那とも相談したけど、やっぱり何がどうなっても実家に帰るよ』と連絡。
でも、最後まで反対していた。なので、勝手に行く事にする。
もちろん、みすみす職を失いたくは無いので、時間的なロスは大きいけれども誠意を持って会社までは行き
電話ではなくて自分の口で事情を説明したらわかってもらえると思う。そうじゃないならそんな会社は
入れなくても構わない。そう思って眠れないまま次の日6:52のバスに乗って会社に行った。
そしたら事情をわかってくれて入社は1週間遅れになる事になった。ありがたい。
入社したら一生懸命頑張らせて戴きます。m(_ _)m
折り返し家に戻り、今度はパソコンで飛行機のチケット検索。
往復割引きでなんとか取れた。でも高いなぁ。(^^;安い時じゃない飛行機なんてそんなに乗ったこと
ないです。(ビンボー人)
そして実家に向かう。夕方6時頃到着。
ばあさんはもう棺に納められていた。死に化粧をしているらしいのだが、死に化粧のせいか、それとも
黄疸がきついせいなのかどことなく黄色っぽい肌色である。
先週見た時よりはむくんでるせいなのか、ちょっとふっくらしてみえた。
外孫の兄ちゃんが一目もはばからずに泣いていた。
なんとも言いがたい。
妹も職場に顔を出してすぐに来てくれたらしく、洗い物や料理の手伝い等、裏方家業に徹していて
妹が大好きな父さんは正直、ばあさんが亡くなった事よりも妹に約2年ぶりに会えた嬉しさの方が
大きいように思えた。事実、声のトーンも張りも、表情もイキイキしていて数年見た事のない様な
嬉しいオーラを全面から放出していた。
まあ、気持ちはわかるけどね。
そんなこんなでこの日から14〜17日までの4日間、まるでホームドラマの様な食事シーンだらけの
生活が始まる。作る量も半端じゃないし、食事と食事の間隔は短いし、アルコールありなので
作ってるか喰ってるか、もしくはばあさん関連の行事(通夜とか葬式とか)をしてるかのいずれかしかない
生活をしていた。おかげで今日はもう胃が痛い。そして体重計に乗ったら久々の大台突入・・・。
ああ。悲しい。非常に悲しい。
・・・と、それはいいとして、日程的には13日死亡、14日納棺、15日火葬、16日通夜、17日葬式で
今日の18日は法要だったのだけど、飛行機の都合で参加できず。
こっちに帰って来たよ、と電話をすると『さっき法要もみんな終わってお客さん達も帰ったよ』と。

ところで、今回、宗教について、と言うかお寺の経営方針について、と言うか宗派について、と言うか
とにかく疑問や不満に思う事が沢山あって、反対されるとは思うけど、個人的に宗派変え出来ないものかと
真剣に考えるようになった。
『地獄の沙汰も金次第』とはよく言ったもので、戒名とやらをつけるのに『いい戒名』にすると高いらしく
お寺さんではそれを薦めるのだそうだ。
だけど、うちの両親が(金が惜しいわけじゃなく)『普通でいいです』と言うとあからさまに
不満気な態度を出したそうで母さんなんかは『あの顔は一生忘れられない』と言うぐらいだったそうだ。
そもそも、亡くなったらみな平等ではないのだろうか?それりゃあ善良な人と凶悪な人とは違ってくれないと
むしろ困る様な気もするが、真っ当に生きて普通の生活送ってる人はどうなんだろう?
戒名で救われたり救われなかったりするのか?
それじゃあ結局前世での財力次第ではないのか?
お経では滅相な事を読経していたけれども、その教えの神髄とは一体なんなのだ?
とか、真剣に考え始めてしまいました。
私はそんな墓に(お寺に)入りたくない。(ってーか、基本的には嫁に出てますけど(^^;)
ちなみに旦那に言っても変な顔をされた。

そんな不満タラタラの私に対して、旦那が実家に電話して聞いてくれた。
『戒名とかなんとかはどうしてるのか』と。
そしたら旦那の実家のお寺さんでは生前の寺への貢献度や信心度で戒名を授けてるらしく、
金額も『心づもり』って感じでいくらと言う決まりなはいんだそうだ。
でも、その地方がそうなのかと言うと、そんなわけでもないらしく、去年行った旦那のお母さん方の
おばあさんの葬式のお寺ではやっぱりうちの実家の方同様、料金制と言うか、そんなのが決まってる
みたいだ。
でも、そんなの聞いてみないとわからないね。ほんと。
でも、聞くにしてもどう聞いたらいいんだ?
お宅の寺は定額制ですか?ってわけでもないし・・・戒名や葬式に関する考え方はどうですか?になるのか?
なんだかよくわからない。でも、納得したところに納まりたい。
本当は墓だ、寺だ、と言うのはあまりこだわりがない。
あくまでも残されたものが祈りの対象にするためのものの様な気がするから。
きっと、宗教や宗派なんか関係なく、魂の帰る場所はひとつだと思うから。
・・・だとしたら私はこれにはこだわらなくていいのか?
でもなんか違う気がする。
これにはもう少し時間が必要だとは思うけど。別に今決めることでもないと思うし。

さて、話は変わるが、もう後厄も残り少なくはなってきたけど、これから使う機会もあるかもしれないし
そんな時に急に探す時間もないだろうと言う事で『厄年には長いものを送られると良い』というので
前々から母さんに『何か考えておいて』と言われていたのを今使ってみた。
苔瑪瑙の長い数珠を買ってもらったのだ。
もちろんばあさんの葬式も終わって帰る前の話しなのでばあさんの葬式には使ってないけど。
でも、できるならこの数珠を使う機会がありませんように・・・とは行かないと思うので
なかなか使いません様に、としておこう。

今回、約2年ぶりに妹に会って、まあ、例によって会うと必ずと言っていい程『なにか』では
モメたりするのだが、今回もちょっとそうで、でもいつもはそうなると私が反発と言うか逆ギレとか
怒り返す事はなかったんだけども、今回は自分でも『あ、やっちゃった』と思うぐらい不快感を前面に
出してしまった。と、言っても怒鳴ったりはしなかったんだけど。口調がちょっとキツくなっただけ。
妹も私がそう言う風にするのは『?』と思ったのか、『はぁ!?』とか言って来て
『謝る気がないのね。わかった。』とか言われたけど謝ってない。
まあ、これらは二人きりの時の話しなので、周りの人には余計な気は使われてはないと思うが。

その他、周りで煙草を吸う人が多いのと、本人手持ちぶたさなのはわかるけど旦那の煙草の量がえらい増えて
私も疲れてるせいか、それに過敏に反応するようになってあちこち痒くなったり気持ち悪くなったり
息苦しくなったりして、『お願いだから吸わないでくれ。』とか『せめて私のいない時に吸ってくれ』とか
言っても全く聞き入れてくれず、マジで倒れるかと思ったのに、本人に文句を言うと『俺だって
知らない人ばっかて手持ちぶたさなんだよ!』と怒鳴り返して来た。
だから、それはわかるけど、せめて私の体力がある時にしてよ、って感じで、前々から煙草が嫌いな
私としてはいかなる理由があれどもこんな心身ボロボロの時にいくら訴えても煙草を辞めてくれない
旦那に対してマジで『こんな思いやりのない奴とは一緒にいれん』とか思ったり。
生理痛とか他、つわりとか?なんでもそうだと思うけど、自分でその辛さを体験してないと
いくらそれを訴えても『大した事ない』って思う人っているもので、『甘えだ』とか『痛がり過ぎ』とか
『じゃあお前にこの辛さを転嫁できるものならばしてみるよ。それでお前が我慢出来るなら
私も我慢してやろうじゃないか』と思う事もしばしば。
原始の時代はそんなやつはひょっとしたら淘汰されて生き残れなかったのかもしれないけど
現代社会において、生かされてしまっている。そうなるともちろん弱音ばかりを吐いてもいられないので
我慢はするけれども、我慢にも限度があるもので・・・。ああ。難しい。
そんなん言うんだったら一般社会で生活するな、って言われるかな。
ちょっと煙草ネタから話が飛びまくりましたけど。

そんなこんなで色々考えるところの多かった今週でした。


2003年10月13日(月) 明日から

いよいよ久しぶりの有職者になります。
前の仕事も最後の方は早く帰らせて貰ってたから、慣れない仕事でしかも遅い、ってのはヘロヘロに
なりそう・・・と思いつつも、頑張るしかないのは目に見えてるわけで。

今日は昨日買ったシャツを着てみた。
・・・ケンシロウごっこできそうである。(^^;
肌色キャミ買わなきゃな。
もしくはジャケットを決して脱がない。

はう。マジで不安いっぱいです。
ちょっと自分の実力以上のとこにいっちゃったかなぁ。
まあ、ほんとやるしかない。(こればっかやな。)


2003年10月12日(日) ポリ100

ポリエステル100%のブラウスを探しに一人横浜へ。
以前、某Oさんにポリエステル100%のブラウスを戴いてからどうもお気に入りだ。
アイロンかけなくてもいいし、乾くの早いし。
でも、案外探すとなかなかなくて、昨日はイオン大和で探したり。
聞いてみたところ、綿100%もしくは綿入りの方が人気だそうで。
そう言う私もOさんに戴くまでは綿100派だったんだけどさ。(^^;
欲しくなるとなかなか見つけられないもんですね。
そんなわけで横浜に行ったわけですが、やっぱりちょっと探しづらかった。
でも結構ありました。
しかも選べるぐらい。
まあ、予算の都合ってもんがあるので、そう沢山は買えなかったけどとりあえず3枚買ったからいいかな?

それはともかく、帰ってから旦那に聞かれる。
『どこでコーヒー飲んだ?』
『どこでデザート食べた?』
なんで?って聞くと、『その2つは絶対に行きそうだから。』と。
・・・ええ、ええ、確かにどっちも行きましたとも。(^^;
ううう。読まれてる。(笑)


2003年10月11日(土) 6人→2人

いよいよKー1グランプリ開幕戦。
数々の試合が展開される中、ちょっと意外な結果に終わったのもあり。
それにしても、実は世相とは反対かと思われるが、うちはレミー・ボンヤスキー派。
ボンヤスキーがグランプリ決勝へとコマを進められてよかったです。
イグナショフも出て来たし、こいつらのフライングニーバトルも楽しそう。(⌒-⌒)

なんて話題はともかくとして、再び実家から電話。
今度は母さん。でも声が暗い。でも、泣きそう、とかではないので亡くなったわけではないのは
わかったけど、それにしても悪そうな感じ・・・と思ったらやっぱりそうで。
結局ばあさんはその後容態が悪化して6人部屋から2人部屋に移ったそうで。
と、言うのも黄疸が出始めたんだそうである。
今朝は顔だけだったらしいけど、夕方行ったら足も黄色かった、と。
食事は相変わらず全然してなくて、今日は水も飲まなかった、と。
それに便の色も(食事しながらの方、ごめんね)悪い感じに変わって来たとか。
うー・・・ん。
なんだか聞くからによろしくないよね。黄色いってのはさ。


2003年10月10日(金) 単身赴任

もし、来年になっても仕事が続けられて、私もこのまま続けたいと思っていたとして
本当に毎日夜の9時10時に会社が終わるとして、朝が8時半まで出社だとしたら、
単身赴任した方がいいのかなぁ?なんて思ったりしてふと調べてみる。
会社の近くに3〜4万ぐらいのワンルーム程度でいいので小さなアパートでも、なんて。
で、休みになったら洗濯物持って帰るの。(^^;

とか思いつつネットで検索していると旦那が後ろから覗いていた。
で、激怒。
いや、『例えば』の話しだって。と言っても機嫌悪いまんまで・・・。
家賃だけじゃなくって水道・電気・光熱費・食費とかも2倍になるんだよ!・・・って。
でも、食費は私がこういう仕事についたら一緒に住んでも2倍では?
先に帰って来てても作ってくれないみたいだし。
食べるのは待っててくれる、って言うけどまさかそれってそれから私が作るのかな?(^^;
うむ。


2003年10月09日(木) 決定?

10時半の面接に備えるべく旦那が出勤して間もなく私も出発。(遠いのだ。)
でも、遠い割には順調に到着する。
まあ、希望地考慮のハズだったし、面接ぐらいならいっか、なんて思ったり。
実際に行ってみると、前に面接して不採用だった平塚の某リフォーム業者のアットホーム感に比べ
なんかちょっとお上品と言うか一流企業っぽいと言うか、なんかその品の良さが私に合わなそう。(笑)
まあ、それはいいとして一生懸命頑張りました。時にはちょっとハッタリも加えて。(^^;
そしたら最初に面接した人は営業のお偉いさんっぽく、しばらくすると『じゃあちょっと技術の人
連れて来るから。』と言って技術のお偉いさんっぽい人を連れて来た。
しばらく話をしていると『じゃあやってみて』と言う。
おそるおそる『何をですか?』と聞くと『シュミレーションだよ。』と営業のお偉いさんっぽい人が。
!Σ( ̄□ ̄|||)え!とか思っていると技術のお偉いさんみたいな人がお客さんに扮してLDKリフォーム計画の
シュミレーションが始まった。
ひえええええ。その類いの現役離れて8年近いんですけど・・・。
もう、こうなったら勢いと人当たりの軟らかさでごまかす(?)しかない!なんて思いきって問答風にして
意見を聞きつつ提案、みたいなのをやらせてもらう。
終わってみて、営業のお偉いさんの感想は『やっぱり新築やってた人の話の進め方だよね。』と。
だって、そうなんだもーん。(^^;
でも、『それはまあ練習すればリフォームのも分かるようになるよ。ポイントは決まって来るから。』と。
・・・まあよし、ってことですかね?
その他、旦那の事(仕事とか、私がこういう仕事をする事に関してどう思ってるかなど)は聞かれたけど
仕事のグランクや子供の事に関しては一切聞かれもしなかった。ちょっと拍子抜け。
って言うか、実は聞いて来る時点でやんわりと断わりの予告されてたのかしら?今まで。なんて思ったり。
採用か不採用かは今日明日中に返答くれるとのことで、あとは館内を見学して行ってください、と
言われ、面白かった事もあり、気がつくと4時間も見ていた。(見過ぎ?)(^^;
3時頃に遅い昼食を食べようとコーヒーショップ(と言いつつ、実はビールなどもあった。ギネスの黒生が
あったので心が動いたのは内緒だ。(笑))で注文をして待っていると、もう面接した会社から電話が
かかって来た。早っ!まだ近くにいるんですけど。(^^;なんて思いつつ出る。
そんなわけで14日から働きます。わたくし。(急だ。)
しかも、毎日ここまで来ないといけないみたいですぅぅぅ。(T_T)(通勤長い。)
もちろん、断る事も出来るわけだが、とりあえず『お願いします。』って言ったわよ。ええ。
これでよかったのかどうか、と言うと、まず朝の早さに死にそうな気もするが・・・。
とりあえず年内は試用期間とのことで。
そう言えば休みとか福利厚生とか給与の話しとかって丸っきりしてないな。(^^;
そんなんでOKしちゃったけどいいのかな。

なんて思いつつ今度は急いで戸塚に。
歯医者の予約をしていたのだ。5:20からの予約で、その時間から歯医者にはいたのだけれど
ちょっと色々手間取って(口の中が狭すぎ)終わったのは7時半頃だった。
口の両端が痛いです。


2003年10月08日(水) 移動

明日の面接に備え、4年前にこないだまでいた会社の面接の時に買ったスーツを着てみた。(笑)
・・・あれ?スーツに着られてますけど。(^^;
考えてみたら、4年前はまだホルモン系の薬飲んでて今よりも7kg多かったんだっけ。
どうしましょう?
とか思ったけど、しょうがない。このまま着よう。(苦笑)
仕立て直しも高いだろうし(そもそも間に合わない)、買うのも高いだろうし。
そのうち時間があったらウエストと肩をしぼって袖を短くしたいなぁ。(^^;
って、大掛かりだ。新しいの買った方が安いかも。(そもそもこれはそんなに高いスーツではない。)

夕方、甥っ子共の誕生日プレゼントを物色しに出かける。
なんかすごい寒いんですけど。(^^;
2才のお誕生日の今年はGAPのニットとネルシャツとTシャツにする。
週末には届くかな。

久々に、ちゃんとした蕎麦屋(?)で蕎麦を食べたらなんかとってもうまく感じた。
汁も結構飲んだ。(普段はあんまり飲まない。)
元々うどんよりは蕎麦派ではあるのだが、ここんとこは美味しいうどんに心が動いていて蕎麦を
あんまり食べてなかったかも。また美味しいお蕎麦が食べたいなぁ。
ちなみに『お蕎麦屋さんのコロッケ』とか言うのがサイドメニューであって、試しに頼んでみたら
予想以上に美味しくってこれまたびっくり。
衣のザクザク具合といい、かなり私好み(はーと)
ちょっと豊かな気持ちになる。(相変わらずお手軽な私・・・。)

夜、実家から電話が。
うちからの電話は9時過ぎに来る事は滅多にないのでドキドキする。
(もし電話があったとしてもその前に留守電とかに『また電話するね』とか入ってる。)
かなり緊張しつつ電話に出ると、別に普通のトーンの母さんの声。
ばあさんは今日は外科に移動している、とのことで。
なんでだ?やっぱり癌も併発してたのか?と思ったら、もう点滴が入らないとのこと。
なので、首のところに直接チューブ(?)を埋め込んでそこから入れる様にした様だ。
これで動いても針がズレたりして痛いとか外れるとか言う事は無いらしい。
ちなみに容態はさして変化無し、との事ではあるけれど、1日(1食ではないんだけれども)のうち
2〜3口はおかゆを食べる様になった、との事である。
これは回復にちょっとは向かっているのでは?・・・なんてのは素人のぬか喜びなんでしょうかねぇ?
でも、ちょっとづつでも回復に向かってるならいいんだけどなぁ・・・。


2003年10月07日(火) 何気に多忙

明日は甥っ子の誕生日。もう1人の甥っ子も今月中には誕生日なので、毎年まとめてプレゼントを送る。
妹からはくまのプーさんのハローウィンバージョンを頼まれていて、それを買って送る。
そろそろ髪がぼさぼさしてきたので美容院に行く事にする。
膝下のスネ毛(笑)の処理に向かう。
スーツに合う、足の痛くならないパンプスを探しに行く。
・・・一応、礼服を物色しに行く。

なんて思いつつ。
でも、全部はこなせなかった。
美容室には行って、髪の毛を10年以上ぶりかどうかぐらいに黒に近く(光に当たったらちょっと茶色?か
どうかぐらい)してみました。うーん。見なれてないせいか違和感。(笑)

スネ毛の処理は、最初に比べて仕事が丁寧で優しかった。
なーんだ。最初の当たりの人が悪かったのね。最初からこうだったら苦情電話はしなかったのに。
でも、それって当たった人によって効果にえらい差が出るってことよね。
同じ金払うなら上手い人にやって欲しいじゃん。最初の人みたいに散々脅しておいてへたくそってどゆことよ。
って感じですね。
ちなみに隣の個室からは男の人の声が聞こえてたので、その人が帰ってからこっそり聞いてみた。
『何やってたんですか?ヒゲ?』と。
そしたら『身体・・・ですね。上半身』と言うので『胸毛?』と聞いたら、『それも含めて色々と・・・』との
事でした。わき毛とか乳毛とかギャランドゥ(笑)ですかね?よくわかんないけど。
でも、そう言うのしに来る男の人っているんだなぁ。男は別にいいのにな。

プーは買って送れた。小包や宅急便にすると高いので、コンパクトにまとめて郵送で。
240円で済んだぞ。えらい違いだ。

その他はいいのがなかなか無く。
ダイエーで旦那の靴下を買う。そうじゃなくても安かったのに、優勝セールで更に10%引き。
いやぁ、すごいね。

ばあさんに関しては何も連絡がないので回復の兆しはやはり回復なのか?


2003年10月06日(月) こんな時だけど

急な話だけどライブのチケットが当たとメールで届いていた。
気分転換も兼ねて行く事にする。
聞いた事ないバンドばっかなんだけど、新規開拓になるかもしれないし。

ばあさんの容態や薬局との話に関しては何かあり次第連絡くれるとのことだったし。
疲れが溜っていたせいか、何気にだるいけど、ここで気分まで滅入ってても仕方ないのでいい機会かな。
時間的に開始が早かったのもあって、前に一緒にクレイジー・ケン・バンドのライブに行った
前の会社の男の子と行く事にした。
ライブはちょっとだけ名前を聞いた事がある、ってのが1組いて、それがトリだったのだけど
それはなんかイマイチで、一緒に行ったSくんもそう思ったらしく。
元々音楽の趣味が近いので今回のライブも誘ったのだが、やはり出た中での好みも一致していて
一番よかったかな、と思ったのは京都から来たバンドでした。
Sくんは若いので(22才)知らないと思うから話さなかったけど、私はちょっぴり『どんと』を彷佛したよ。
勢いがあるんだけど優しい歌詞。どんとも京都出身だか京都にいたことがあるんだかだったと思ったけど
京都の音楽に携わる人にはこんな人が出てきやすいのかなぁ、なんて思ったりしました。

ライブが終わって飲みながら話をしていると、うちのばあさんの話に。
なんで知ってるんだ?と思ったら、私は金曜日に嬢ちゃん(K様)にばあさんに関してちょっとメールを
送ったのだが、どうやらその時に一緒に飲んでたらしい。
そう言うつながりがありましたか。
ので、就職活動含め、コルセット話やなんや色々と近況報告。(?)
Sくんの近況も聞いたり。
そんでもって私もSくんもこないだまでいた会社の話になった。
ちょっとビックリなんですが、リストラで辞める人が出るらしく。
その人は今週いっぱいで辞めるそうなんですが、もう会社には出て来てない、とかなんとか。
色々聞いてるとその会社自体の存亡はいかに?ってぐらいまで話が行ってしまい。
でもしょうがないのかな?あの体制だと。
年末までにあと2人辞めるみたいだし。結局所長と専務のお気に入りのみが残る事となりそうです。
新しい人入れないのかな?でも入れても大変そうだな。

なんて濃い話をしてたら終電になってしまいました。(まあライブ終わったのも10時だったけど。)
帰ったらさすがに旦那も疲れて爆睡していた。


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