● おさるのひとりごと ●


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2003年10月05日(日) 回復のきざし?

今日も病院に行く。
近くに住む親戚が朝早くに行ったら、今までになく具合が悪そうだ、と言う事で、市内だけど
ちょっと遠くに住む親戚にも連絡したみたいだ。
私が行ってしばらくすると、近くに住む親戚2名、市内だけどちょっと遠くに住む親戚2名、そして私の旦那、
母さん、私、と総勢7名がベッドサイドに付く。
でも、私が行った時は昨日よりは全然よくなった様には見えた。
目の開きも昨日よりはある。
相変わらず私の事は▲▲(外孫の名前)と呼ぶけど。

近くに住む親戚は老人福祉施設の様なところに勤めていて、医療に付いてやその他、今回の様な事例を
いくらか聞いているらしく、ばあさんが倒れた事でいっぱいいっぱいなうちの母さんや、そのサポートと
雑務に懸命な父さんに変わって薬局との今後に付いて動いてくれるとの話しだった。
話し合いは明日の夜らしい。
今回初めて聞いた話としては、薬局は薬局の保険に入っているので、もし賠償だなんだとなってもお金は
保険から出ると言う事。でも受け答えのマニュアルがあって、例えば『過剰投与』は事実として曲げられない
事なので認めるけど、『それによる副作用』とか言う話に持って行こうとすると猛然と否定するらしい。
私が前にいた会社で集団で牡蠣にあたった時の牡蠣業者みたいな感じらしい。
牡蠣業者も牡蠣業者の保険に入ってるから、その保険からお金は出るんだけど、出す、ってことは
非が自分にあると認める事で、それは牡蠣ならブランド名に傷をつけるだとかイメージが悪くなるとか
信用問題に関わって来るのでありとあらゆる証拠がそろわなければ認めたがらないと言う事だった。
単純に考えると、会社の人間が共通で食べたものがそれしかないにも関わらず、である。
そんなこんなで色んな細かい話の持って行き方ってのがあるらしい。
それは素人にはわからないので、私からもお願いする事にした。

ばあさんはと言うと、市内のちょっと遠くに住む親戚が『あらぁ。調子いいでばの』と言うぐらい昨日に比べると
元気で、市内のちょっと遠くに住む親戚と昔話に華を咲かせていた。
昔はよく踊った、とか踊りが好きだ、とか言う話をしている時は手首を動かすぐらいの感じで踊りの手付きを
していたし、人が沢山来ていて嬉しそうだった。
でも、それでもやっぱり私の事は▲▲(外孫の名前)で呼び、親戚に『あらぁ、●●(私の名前)だでばのー』と
言われていたけれども。
一瞬、それですごくはっきりと我に帰ったのか『んだおん。こいだばじさまさそっくりでのー。
◎◎(うちの苗字)家の顔だぉん』とみんなに言った。
私は小さい頃から『じいさんに似てる』とか『じいさんの母さんに似てる』とか言われていたので
『あ。思い出したんだ』と嬉しかったけど、またしばらくすると▲▲(外孫の名前)と呼んでいたので
その時だけでも元に戻ってくれたのかなぁ。
私は小さい頃はじいさんばあさんに育てられたのだけど、それでも覚えててくれないと言うか忘れてしまう
ものなのかと少し悲しい気分だった。

夜、一連を妹にメールしたら『どうせ昔からうちらより外孫の方が気に要ってたんだよ』とか返事が来た。
その他、今回の事に関して色々来たのだが、親に『○○(妹の名前)と連絡は取れてるか』と聞かれても
取れてるとは言えても後は『仕事忙しいみたい』とかしか言えない。
妹からはもっと色々返事は来たが。
ばあさんの事とは直接関係はない話だけど、男親ってのは息子より娘がかわいいとか言うけど
それもそうは実感するけど、『自分に似た方がかわいい』んだなぁ、と昔から実感させられてきた。
よく男は子供が生まれてもすぐに父親になるなるわけではなくて、徐々になって行くものなんだ、って
聞くけれども、それは育児の手伝い等も去る事ながら、自分から生まれたわけでもない生き物がどうやって
自分と繋がってるとかを実感するのはやはり『自分に似ている事』なんだなぁ、とうちの父さんを見ていると
実感させられる。知り合いとか男友達の話を聞いても、もう子供がいる人は『自分に似てるとかわいい』と
言うし、まだいないけど欲しい人は『自分に似て欲しい』と思う人が多いのを見てもそうなのかもな。

・・・と話は少し(?)逸れたが。
ちょっとだけばあさんの意識的な回復の兆しを見た様な気をしつつ、明日出社な旦那と深夜バスにて帰路についた。


2003年10月04日(土) 回想

早朝、青森に着く。始発は2分前に行ったばかり。
次の電車は・・・約2時間半後!?(^^;
うろつき、バスを調べる。バスは1時間ちょっと後にあった。これで行く事にする。
でも、乗り場が変わっててちょっとわかんなかった。
ほんと、田舎の何が不便って交通よね。住んでた時は車持ってたから気にしなかったけど。

家に着く。朝御飯を食べながら詳しい事情を聞く。
薬局との話し合いは延期になってるみたいだ。
母さんが先に病院に行って、父さんは留守番。
私と旦那は朝御飯の片づけをしてから出発。
聞いたように病室に行く。ある意味勝手知ったる病院だ。
私自身も小さい頃はよく入院してたし、じいさんの入院もここだったし、ばあさんが癌で入院したときも
みんなここ。田舎のちょっと大きい病院なんてそんなもんか。

さて、病室に行く。
正直、どうしようかと思った。
じいさんを最後に見舞いに行った時と同じ印象を受けた。
年寄りがモノ食えないってのはみんなこうなるのか。
警察の鑑識で見る、頭骸骨に粘土で肉付けしていったらこんな顔でした、みたいなぐらいに肉がない。
必要最小限の肉。
小さい。
うーむ。
身体にも水分が足りてない。
口や目がくっついて開きづらい。
そして『あらぁ。誰だぁ?▲▲(外孫の名前)だがぁ?』なんて言う。
うーむ。

まだ幼稚園の頃、ばあさんとばあさんのお母さん(ひいばあさん)の見舞いに行った事がある。
ばあさんが病室に私と妹を先に入れ、ひいばあさんが『●●(私の名前)と○○(妹の名前)だがー』と言う。
続いてばあさんが入る。ひいばあさんの娘である。
『あんだ、誰でしたっけ・・・』
ばあさんが苦笑して言う。『わいはぁ。自分の娘忘れだんだがー。』
そしてうちらに小声で『自分の娘忘れでも曾孫は覚えでるもんだんだっきゃの』と言った。
そんなもんなのかなぁ、と思った。
でも、ばあさん私の事忘れてるね。

母さんが『わいはぁ。●●(私の名前)だでばのー』と教えてあげる。
『ああ、●●(私の名前)だが。よぐ来たのー』と言う。
でも、ちょっとするとまた『あらぁ?あんだ誰だっけがぁ?▲▲(外孫の名前)だがぁ?』と言う。
結局、病室にいる間、そのくり返しだった。
酷い時は私をじーっと見て『△△(外孫の旦那の名前)だがぁ?』と言う。
『違うって。(^^;それに男じゃん。』と言うと『そうかそうか。』と。
ちなみに▲▲(外孫)はもう50才で、△△(外孫の旦那)は53〜4才ぐらい。
年令とか性別の判断も付かないのか・・・なんて。
それでも極々まれに本当の私の名前も呼ぶ事もあって・・・。意識が混濁してるんだろうなぁ。


2003年10月03日(金) ヘバりぎみ

夕べあれこれ寝床で考えた。
じいさんの魔法ももう切れたかな?と。
10年前、じいさんはばあさんが2度目の癌に犯された時、願掛けをした。
『俺の命はいいから、ばあさんを生かしてやってくれ!』と。
その願掛けがかなったのか、ばあさんは助かり、年が明けてじいさんは亡くなった。
その後もばあさんは3度目の癌にかかるも無事復活。
じいさんの願掛けがずーっと続いてると思った。
で、今回。ヤバいなんて事になって、記が付いたら10年目。
魔法は10年間だけだったのか、なんて思ったり。

朝になって、バスチケットセンターの営業してる時間になって、電話する。
でも、ほんとの地元行きのは満席で、弘前行きのも満席。
青森行きはJRバスなので、JRバスはみどりの窓口でなければ手に入れられない。電話じゃ駄目なのだ。
てなわけで支度をして、携帯片手にバッグを肩にかけ、さあでかけるぞ、バスの時間も迫っている
・・・なんて思って玄関に向かって歩いていると、父さんから電話が。

事態は急転(?)。
今朝になって気付いたらしいけど、どうやらばあさんの常備薬の量が倍に間違われていたらしい。
お医者さんの処方せんはちゃんとなってたらしいんだけど、薬局が見間違えて倍の指示を出していた、と。
それで9月頭に貰ったらしいんだけど、前の薬が残っていたのでしばらくは飲まなくて、
新しい薬になってから3週間程?
蓄積されたダメージが一気に出たのだ。
80の老人に毎日倍の薬・・・自殺行為である。
そんなの素人にはわからない。言われた通りに薬を飲むのである。毎日毎食。
とりあえず、こういうわけだから、薬はしばらく止めると言う事で、様子を見て、これで回復して
くれるのかどうか・・・。
今晩、医者と薬剤師がうちに来て話をするそうだけど・・・。
ほんと、これでどうにかなっちゃったらやり切れないよ。
医療ミスだ、薬餌ミスだ、なんて言うけど、こんな身近で起こるとはね。

青森行きのチケットは無事取れ、とりあえず今夜出発するけれど。
重い頭をかかえて一旦家に戻るべくバスに乗る。と、電話が。
げっ!こんな時に限って履歴書出したところから電話だよぉ。(ーー;
かけ直してくれると言うので30分後、と言っておいたけど、1時間以上経った未だにかかって来ず。
あああああ・・・。(T_T)


2003年10月02日(木) まるほちんちに行く

久々にまるほちんちに行く。
今日は初めて猫のうぃちゃんに男の勲章(傷)を付けられてしまった。
(ちなみにうぃちゃんはメスだし、まるほちんも女。私も一応女。)(笑)
バリ記を見せてもらう。
すんばらすぃ〜。これをそのままHPにしたり、本を発行してしまわないのが勿体無いぐらいだ。
絶対売れるぞ、これ。
いっぺんどっかで公開してみ?って感じです。是非是非。(⌒-⌒)

なんて楽しいひとときを過ごし、家に帰る。
留守電入ってる。
父さんから。
父さんかぁ?普通は母さんなのに。
父さんからの電話って深刻な話が多い。
おそるおそる電話してみるとやっぱり深刻な話。
ばあさんがヤバいらしい。
ばあさんは3度の癌を克服し、それ以前の若い頃にもかなりの大病をしたらしいが
今までなんとか元気にやってきたのだ。
今年83歳。
そんだけ大病を何度も繰り替えし、この年ってのはある意味天寿に近いのかもしれない。
本人には教えてないらしいので、そんな人は見てないとは思うが、もしここでそれを知って
ばあさんに告げられる距離の人がいたとしても、この事は言わないで欲しい。
って、ネットに書いたってことは可能性が0ではないのはわかるけど。
そんな悪意のある人はここを見ていないと信じている。
それより母さんはこの話を聞いてやはりかなり動揺しまくってるらしいし、頼りになるのは
父さんだけだな。精神的要として頑張ってくれい。
そんなわけで、取りあえず明日の晩の深夜バスで実家に帰るつもりだ。
勝手な予感としては、うちのばあさんがそんなにすぐ逝くわけがない。
私が行っても元気に迎えてくれるであろう。(入院先の病院で、だけど。)

そんな折、ふと先日占っていただいた事を思い出す。
『3週間後ぐらいに何か劇的な変化がおとづれる』・・・と。
あれはいつ聞いたんだっけ?3週間後っていつだったっけ?
願わくば、この事で、しかも悪い方向じゃないように・・・。


2003年10月01日(水) 人生SASUKE

ふと、テレビを見るとSASUKEがやっていた。
ほんと、SASUKEの為にみんな会社辞めたり、休職したり、転職したり、身体壊したり、ほんと馬鹿だよなぁ。
でも、ここまで馬鹿になれるっていいよなぁ、なんて思いつつ。
うらやましいなぁ、とかいいなぁ、の意味を込めて『ほんと馬鹿ばっかし』と言いたい。(⌒-⌒)
毎度の事ながら、予想も付かないところで予想も付かない人が落ちたり、大丈夫だろ!?ってところで
大丈夫じゃなかったり、見てるこっちも身体に力が入ってしまうのだが。(笑)
みな、SASUKEは完全攻略したい気持ちと、そうじゃない気持ちが複雑にからみあってそう。
(まあ、最終的には完全攻略したいとは思うけど。)
人生狂わすSASUKE。たかだかテレビ番組じゃん。
だけど、その魅力に取り憑かれたものは数知れず。
なんでそこまでして?と思いつつ、世の中、こんだけ人がいて、こうまでして自分の夢に打ち込める人間って
何人いる?みんなそれなりのリスクを担ってもやりたいことなんだから、それはそれでいいじゃない。
・・・なんて、毎度の事ながらこの馬鹿共を見ていると微笑ましくも清々しい気持ちになるのであった。


2003年09月30日(火) 変な夢三昧

キャスト
私:おさる
犯人の女:上戸彩
和菓子屋のおっさん:三谷作品によく出てる人で踊る大捜査線ではスリーアミーゴスのうちの一人。
『王様のレストラン』ではギャルソンだった人(名前わからん)
レジのおばさん:赤木春子
シフトが終わって帰るところだった同僚:U(前の会社の同僚。)

男女2人組の強盗がデパ地下に入って、レジのおばちゃんに包丁を突きつけてるんだけど夕方で客も多くて
よく見えていない。私はシフトの切り替えで帰るところでたまたまその現場を見てしまったんだけど、
なんか見ても誰も騒いでないし、ほんとかなあ?って思って斜め前の和菓子店のおっさんに聞いてみた。
そしたら『もうずーっとああしている。ほんとだけど余りに非日常的なのでみんな気付いてるのに
気付かないふりをしているか、もしくは冗談か何かだと思っているみたいだ。今のところはあのまま
大人しくしてくれてるので手も出せない。』って言うのです。
そんなこと言ってないでなんとかしなきゃ、と思いおっさんに目配せして突撃。
倒れた時に犯人の女がどっか押さえて苦しがってる。
『ひょっとして包丁でどっか切った?』って聞くと脂汗かきながら何も言わずに頭を縦に振るから
私はとっさに救急車に電話したのです。『早く来て下さい!』と。
それを同じくシフトが終わって帰る同僚が気が付いて『どうしたんですか?』と言うので
かくかくしかじかと説明をし、なかなか来ない救急車を外まで見に行ったりしてうろうろしていたら
犯人の女が和菓子屋のおっさんやレジのおばさんに包丁でおどして命令してトラックに家具を積んでいた。
『あれ?何やってんの?あんた怪我は?』と聞くと『そんなの嘘に決まってんじゃん』と言う。
『その家具は?』と聞くとあっけらかんと『盗むの。』と言う。
私はブチ切れて『あんたね!人がどんだけ心配したと思ってんの?』と怒鳴ったら
『そんなの勝手にあんたがしてるだけじゃん。』と言われ『それにその家具いくらだかわかって盗んでんの?』と言うと『わかんない。5000円ぐらいでしょ?
それとも1200円ぐらい?あははは』と悪びれずに笑うので『それは21000円だよ!
そんなに家具としては高い方じゃないけど、そんな家具だって一生懸命働いてやっと買う人達だっているんだよ。
それをあんたみたいな現実感のないやつに、大して欲しくもないくせに簡単に盗んで欲しくないね!』と
怒鳴り力任せに家具をトラックから引きずり出した。

・・・なんてところでいきなり目が覚めて終わり。(^_^;)
この夢って一体・・・。

なんて夢を見たのは、実はその前に変な夢を見たのでつい仕切り直しに、とばかり二度寝したから
なんですね。(^^;
ちなみにその前に見た夢と言うのは↓こちら。

寺脇なんとか(王様のブランチの司会)と黒木瞳がドレスアップしてディナーを楽しんでるのを
(なぜか)幼稚園児の優香が目撃してショック受ける。
終わり。(笑)

これを某人にメールしてみたら『お前、なんか変な事でもした?』と。
『夕べ、こんなシーズン外れになってから今年最初の冷やし中華を食べた。』と言うと
『・・・関係ないと思う。』って言われた。私もそう思う。(笑)


2003年09月29日(月) 勝手にしやがれライブ

先日スカウトメールが来ていた会社に『是非受けさせてくれ』とメールをしたら『じゃあ履歴書を送ってくれ』と
レスが来たのでせっせと書く。
でも、いつも(いつも、って(ーー;)履歴書を書くよりもなぜか間違う間違う。
思ったよりも時間と用紙がかかってしまった。(^^;
例によって『特技』の欄で手が止まる・・・あれは書けない。(謎)(笑)
とかなんとかしているうちに渋谷にれっつごーの時間になった。
今日は会場も初めて行く場所である。
渋谷って人いっぱいで嫌いだから、ライブの時しか行ってないなぁ。(^^;
しかも、何か食べるにしても駅とライブ会場の間でしか食べてないなぁ。
ほんと、どこに行っても人が多くてあんまりうろうろしたくないのだ。

それはまあ、ともかく、今日は『勝手にしやがれ』のライブに行く。
なんか前座みたいのがいて、曲調も私的にあまり好みじゃない。
それよりもボーカルの人の顔が地元の友達にそっくりで、演奏よりも心の中ではずっと
『かっちゃん!なんでこんなところに。(笑)』って気分だった。
さて、肝心の『勝手にしやがれ』のライブですが、思ったよりは結構よかったです。
やっぱ、ホーンセッションはかっこいいやね。
あと、ダレたボーカル。好きです。
でも、鳥肌とかそんなんじゃないんだよなぁ。なんだろ?悪くはないのだが。
やっぱメインがインストのせいか?
実はライブに行ってみて初めて『あ。ボーカルってドラムの人だったんだ。CCB?(古っ)(笑)』なんて
思ったのでした。勝手にホーンの中の誰かが歌ってるんだと思ってたけど(バービーボーイズの
コンタくんの様に、歌う時は吹かないのかと)単純に考えたら吹きながらは歌えないよね。(^^;
結構内容的には濃かったと思うんだけど、どうもメンバー的にはあんまり乗ってなかったみたいで
アンコールもせずに終わってしまった。
お客は割と残っていて、いつまでも手拍子(?)してたりしたのだが。

ライブが終わって会場を出ると旦那が『どうだった?』と一言。
なんか自分が演奏した感想を聞く様な感じだったのでなんか変。(^^;
まあ、感想を述べてみると、旦那の感想は結構細かく・・・と言うか技術的な話で細かく、曲やなんかの
印象とかそんな話じゃなかった。ドラムの人のたたき方がどうとか、そんな感じで。
・・・やったことあるのか?なんて思ったけど、やらなくてもわかる人もいるだろうし、その辺は
聞いた事ないので本当にわかって話しているのかイマイチ怪しいけど敢えて突っ込まない事にして。
ちなみに旦那曰く『俺はもっとホーンがバーっと大人数いた方がいい』だの『もっと音程が安定してる
方がいい』だの言うので、『それはスカパラでは?んじゃ今度スカパラ聞きに行く?』と聞いたら
『スカパラは好きじゃない。』と。
『んじゃどんなのが好きなの?誰のだったら聞きに行きたいと思うの?』と言うと、昔聞いた知り合いの
ライブみたいのが聞きたい、と言うのだが、それは私とつき合う前の話なのでそれを引き合いに出されても
わかんないんだけど・・・。(^^;
と言うわけで、これが切っ掛けになるかと思いきや、やはり旦那とはこれからも滅多に一緒にライブには
行かない事になりそうである。


2003年09月28日(日) 花水川

前々から車で通過するだけの花水川が気になっていた。
河口なのに砂が狭まっていて不思議な場所なのだ。
そんなわけでバドの講習会に行く旦那とは別行動で、ひとり平塚に向かってみた。
事前に調べてあるように南口からバスで170円。(距離と比較すると戸塚辺りより安いな。)
そこからちょっと歩いたらもう花水川。
思ったよりも水は綺麗で、そして思ったよりも1mぐらい行くともう深そうで、そして思ったよりも
川幅の狭いところは流れがびっくりするぐらい急だった。
実は『歩いて渉れちゃうかも♪』なんて思ってわざわざスカートで行き、タオルも持参したのだが
これは・・・入ったら流されますな。(^^;
でも、サーファーの人とかは慣れているのか腰辺りまで浸かりながらパワフルに一歩一歩歩いてましたけど。
深いじゃん。(^^;スカートまくったぐらいじゃどうしようもない。
そんなわけで浸かるのは断念。
そんな海の景色にふさわしくない営業さぼった様な若いサラリーマンがぽつんといたり、ボーダーコリーと
波際を戯れる長靴姿のおっちゃんがいたり、他にも沢山のサーファー、バーベキューする人、
ボバリング(?)の練習する人、チャリを漕いでる人、休憩中のライダーなど、色んな人がいました。
堤防に座っているとサビ柄の猫が来てなつく。ごろごろすりすりして一緒にぼーっとする。
猫はその他、茶トラ2匹、キジトラ1匹を見る。
そして、このサビ柄の猫はどうやら妊娠してるっぽく、お腹もお乳も張っていた。
しばらく共にくつろぎ、解散。のどかな日だ。
途中、トイレの為にパチンコ屋に入ったり。そのすぐ前の側溝には白鷺が。
帰りは駅までのんびり歩き、そしてオリンピックに行ってみる。
シェイクが飲みたかったのに、ミスドにもモスにもない。ちくしょー、なんでないんだ。(^^;
なんだか色々浄化と言うか昇天しちまった気がする。
帰りは放出しきって貧血起こしちゃった。(^^;
程よく疲れていい日だった。


2003年09月27日(土) 元ちとせライブ

行って参りました。NHKホールまで。
今回も代々木体育館ではなにやらビシュアル系なライブがやっていたみたいで、『いかにも』な
ロリゴシ系の衣装を着たお嬢様方がうようよしてましたが、一体誰のライブだったのやら。(見てない。)
久々に見る元ちとせは痩せていた。まあ、デビュー当時は間違った風に太ってたらしけど。
(なんかのインタビューによる。)
衣装と振り付け(?)がちょっとUAとかぶってて、それがちょっと気になったけど、一旦歌を聞いてしまうと
やっぱり鳥肌立ちまくりで凄かったです。
登場の時もすでにシルエットだけでオーラ出まくってたしね。
でも歌は己を解放して歌ってる時とそうじゃない時とがちょっとギャップあったかな?
隣の人は気付いてないだろうけど、密かに『ひかるかいがら』でうるうるしてしまったのは内緒だ。
(誰ぞの日記風な書き方。)(笑)
まあ、回数を重ねて行けば全体的にきっともっとよろしくなるのでしょう。(⌒-⌒)
アンコールでは自らサンシン(漢字忘れた)を取って歌ったり、内容的には満足でした。
最後の最後でスポンサー様の歌を歌ったのはちょっとやり過ぎな感じもいたしましたが。(^^;
年齢層は比較的高い気がしました。男女比も同じぐらい。
なんかこういう客層はいつぞや見た角松敏生みたいな感じやな。
メンバー紹介でキーボードを『DR.KYON』と言ったのは聞き間違いか?
そうじゃないなら凄いぞ!!KYONも久しぶりやなぁ。
ライブ帰りは久しぶりに飲んで来ました。ハーフ&ハーフ1杯だけだけど。
ここんとこライブが終わる時間が遅くなってたり、体調不良やらでせっかくライブに行った帰りも
大人しく家に帰る事が多かったのですが、いい音楽の後の美味しいお酒はやはりとても嬉しい。(⌒-⌒)
今度は月曜日(すぐ)の『勝手にしやがれ』ライブだ。
めずらしく旦那と行く予定なのだが、旦那に出張が入って行けるかどうか不明だと言う。(^^;
さて、どうしますかね?


2003年09月26日(金) 地震

朝、テレビを付けると、いつかどこかで見た様な錯角を。
・・・あれ?なんだ?これ。どこの番組?
なんて思っていると大地震だったりするんだな。
阪神大震災の時もそうだったっけ。
てなわけで今朝、地震がありました。
私は地元が青森だし、第二の故郷が北海道の人なので、その方面に友達や家族が多いです。
早速メールしまくり。
友達的にはほとんど被害はなく、『テレビの上の小物が落ちた程度』とか、中には全く気がつかずに
寝ていた人まで。(^^;それはそれで幸せだ。
でも、友達の田舎は結構すごかったみたい。
震源地に近い人もいたしね。某所では夜の8時まで電話が繋がらなかったとか。
家族の安否が心配だったと思います。
なんてことはあれ、とりあえずみな元気。
私の青森の友達は北海道の友達の心配をしてくれ、北海道の友達は青森の友達の心配をしてくれ、
私はどっちの友達もよく会わせたりしてみんなで遊んだ事もあるんですけど、どっちの友達も
お互いを気づかってくれているのにはつくづく有り難く感じました。
やっぱ、私の友達達っていい人ばっかだなぁ。
なんて、こんな大変な事態だからこそ身に染みたり。(本当はそんな大変な事態がないのが一番だけど。)
まあ、そんなこんなでみんな元気なのが一番よかったです。
なんつーか、大変だけど嬉しい事でした。


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