■日々コレ精進ナリ■

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ニュージーランド旅行記、合計180KB。
それを全部PCに打ちこんだおばかさんの戯れ言。
その一覧はトップページにあり。

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2002年04月25日(木) 指輪物語鑑賞物語

 朝8時起床。体調はかなり回復したけどまだ無理は出来ない感じだな。ただで配られるパンを余分にもらい(本当はダメだけど)、それに加え、ごはんを炊いて腹を満たす。最近は食べる量を朝>昼>夜にするように心がけてる。食事を作る時間の余裕がある分それが可能なのよね。日本だと相当難しそうだけど。

 食料がまた尽きかけてきたのでスーパーへ。あら??閉まってる。でも係員が倉庫にいるので聞いてみると、今日はAnzac Day(アンザック・デー)という祝日だから昼からしか開かない、と言うのだ。

 なぬっ!!また祝日というワナに引っかかってしまった(ちなみに前回はちょうど1ヶ月前のEaster Holiday)。旅する前にもこんなことあったし、これで何度目だ!?

 仕方がないので22日にも寄ったYHAに行き、そこで再び古いVisitor's Bookをじーっくり拝見する。いやあスゴイもんだ。俺が産まれる頃の書き込みはもちろん、1960年代のものまであった。当時から日本人は旅をしてたんだなぁ。

 その後B.P.に戻ってfish'n'chipsを食らい、開いたスーパーで買い物もして、夕方からは2度目の『Lord of the Rings-The Fellowship Of The Ring-』を見に映画館へ。以前書いたかもしれないけど、こちらの映画代はたいてい10$前後。小さい町でも結構映画館はある。安さゆえに2度目を見ることに抵抗は無い。あらすじもわかるから今回は英語聞き取れるかな?とは思ったけど、前回わからんところは今回もやっぱりわからん。しかも3時間くらいあるしな。同じところで突然の音にビビってるし…。

 今日でこのバックパッカーズも5泊目で家のようになっちゃってる。完全にスタッフに顔を覚えられてしまい、なんか複雑な気分だ。さて明日はGreymouthのYHAに移動かな。ってどれだけここGreymouth好きやねん…。



−−−−−−−−−−−−−−−−
今日も今日とて日本語の書けない日記を。↓


==I cannot write Japanese recently.==
--しばらく日本語書けないっす--

sore ni sitemo,
(それにしても、)
ore no English ha zettai hen dato omou.
(俺の英語は絶対変だと思う。)

kedo,sirigomi siteitatte sinpo ha nai.
(けど、尻込みしていたって進歩はない…。)

kochira no BACKPACKERS nado no yado niha
(こちらのバックパッカーズなどの宿には)
taitei VISITOR'S BOOK to iu mono ga okareteite,
(たいていビジターズブックというものが置かれていて、)
VISITOR no kansou wo kaku koto ga dekirundesu.
(訪問者の感想を書くことが出来るのです。)

demo dekiru kagiri ENGLISH de kakou to doryoku sitemasu.
(でも、出来る限り英語で書こうと努力してます。)

datte...nihonjin mo NIHONGO machigaeterusi...
(だって…日本人も日本語間違えてるし…)

ENGLISH machigaeru yori JAPANESE machigaeru hou ga
(英語間違えるより日本語間違えるほうが)
yoppodo hazukashii yo!!
(よっぽど恥ずかしいよ!)


2002年04月26日(金) 水場に漂う空中生物

 久々に晴れ間が見える。さて、5泊したこのGlobal Villageを10時に去り一日だけでも泊まっておきたかったGreymouth YHAへと移動。13:30まで受付が開かないらしいので一旦荷物だけを大広間に置いて外を散歩。あくまでNew Zealandだから出来ること。そんな、誰でも入れるようなところに荷物置いてたら普通盗まれるって…。

 少し海へ突き出した半島のようなところがあってそこまで歩く、時間にしておよそ30分。完璧な晴れではないから眺望はそれほど良くなかったけど雲間から雪をかぶったSouthern Alpsが見えたので充分だ。宿に戻ったら13:40、受付を済ませる。一昨日も書いたけど今の時期は観光のピークも過ぎて大人気の宿でもない限り、当日行って寝床を確保しても全然問題ない状態なのだ。

 その後再びYHAを出て40分ほど歩き、別の海岸へ向かう。ここではGreenstoneグリーンストーンという綺麗な石が干潮時に限って取ることが出来るらしいので行ってみるが、それらしい石は見当たらない。

 それよりも!半端でない量のsandflyサンドフライが飛んでいるのだ!これには参った。石を探している場合ではないくらい虫に襲われてしまったのであえなく退散。あの小さい虫はホント勘弁してくれ。まあその分、蚊がいないのが救いなんだけどね。

 その後、町の中心にあるちいさな図書室に行ってみる。小さいわりにはちゃんとインターネットの設備もついてて(機種は古いが)、環境はいい。いろいろな本をながめていると、突然

「んな゛〜〜」

という不気味な声がきこえてきてびっくりしてしまった。何の音かと思ったら、そこに太めの猫がいたのだ。どうやらそいつはこの図書室に住みついているらしい。近寄っただけで低い声あげるな!心臓バクバクしたぞクソ。

 YHAに戻ると、アジア系のとてもきれいな人がいる。キッチンにいたので話を聞いてみると、Vietnamベトナムの人だった。こういうタイプって日本にもいるよなーと思っていると、彼女の喋りがまーあ流暢なこと!!ペースの速さについていけず圧倒されてしまった。「日本人ってこんなモンなのかしら…」なんて印象を与えてしまったかもな、やっちまった。それにしてもきれいな人だったなぁ…俺はやっぱりアジア系の顔が好きらしい。

 YHAに来た理由の一つであるVisitor's Bookをひたすら見て、一日終了。


2002年04月27日(土) 旅人は同じわだちを進む

 6日間いたGreymouthをついに離れる。いやー長かった。昼にバスが出発するので朝のうちはまたvisitor's Bookを読む。これ読むだけで数日間は過ごせそうだ、本当に…。出発前、久々に買ったインスタントくじが当たった。5$だけど。

 昼13:50に発ち、途中PunakaikiプナカイキでPancake Rockパンケーキロックを見に行く。道路沿いから10分程度で行ける距離なので、休憩時間の40分で簡単に行くことが出来た。ここは岩が面白いギザギザ模様をしている(インターネットのどこかで写真公開してる人がいるはずなのでそっち(google経由)で調べてくださいな)。

 そして16:10Westportウェストポート到着。"Trip Inn"という15$の宿を1日分とる。で、この宿でExchange(エクスチェンジ・宿を掃除するかわりに宿代が免除になる)をしているという日本人がいて、その人に会ってみたら以前Mt.Cookマウントクックで会ったことのある人でビックリする。まあ、泊まる宿なんて限られてるし再会する可能性なんて決して低くないとは頭ではわかってても、いざ実際にそういう人に会ってみると、やっぱり人間の行動範囲なんて狭いな、と思い知らされる。

 今はこの宿を1日分しか取ってないので、明日はここでくつろぐか、早速次の目的地であるSt.Arnaudセントアーナウドに行くべきか迷う。迷っていると、これから俺が行くであろうトランピングルートを歩いてきたという同じ部屋に泊まったオーストラリア人が今日戻ってきたそうで、これからの天気を聞く。で、火曜・水曜と天気がいいらしいという話を聞き、明日移動することに即決(ちなみに今日は土曜日)。こっちの天気予報なんか全然アテにならんというのに…まあいい。

 最近また肉と野菜が不足しているな…気をつけないと。やっぱり栄養不足(偏り)が一番まずい。


2002年04月28日(日) 俺は映画センスがないのさ

 出発から丸1ヶ月が過ぎた。今日はWestportからSt.Arnaudまで移動、休憩も含めて3時間。3週間前に行ったStewart Is.のように着いたその当日にいきなり山小屋まで移動しようかと考える。宿代を1日分浮かせようという考えだ。しかしあいにくの悪天候、やはり昨日会ったオーストラリア人の彼の言う通り明日出発するほうが良さそうだ。

 ともあれD.O.C.に情報を仕入れに行くと、天気は明日の月曜日から回復・火曜日は晴れという予報だ。改めて、今日出発を断念する。

 近くの宿に行って部屋を確保、19$。うーむ、昨日の宿を考えると少し高めだなあ。 ひたすら雨が降り続けているので何もすることがない。昼間から寝てて、起きたら20時になっていた。

 今日は日曜日『映画タイム』だ。俺が見てみたいなと思ったのは『Wild Wild West』。それを見ようとラウンジへ行くと沢山の人が集まっている。話を聞くと、同じ時間に2つ映画があるようだ。

 「俺はこれが見たいんだ」と言ってみると「あの映画はクソ面白くないよ、silly movieだ」と言う。うぉーい!そりゃねえだろ!結局名前も聞いたことのない俺にとってはサッパリわからない別の映画を見せられてしまった。つまらなくていいんだよ!とりあえずわかりやすければ…って思ったけどそれを言えなかった自分が悔しい、あぁ…。

 さて、天気が良くなることを願って明日から歩くぞ!おやすみ。


2002年04月29日(月) 受け入れてくださいよ、これ俺流

 みどりの日?そんなん知らんよ。今日から3日か4日間のトランピングスタートである。予報の通り朝は曇り空。次第に良くなるようなので宿には山歩き中一切使わない荷物を預けて10時出発。

 今日の予定している小屋はLakehead Hut。スタートから2時間程度、湖沿いを歩くだけで高低差もなく着いてしまった。ここから1時間半ほどで行けるところにswing bridge(吊り橋)があるのでそこまで行く。もし体力がもつようなら明日の目的地であるAngelus Hutまで行ってしまえ!!と思ってしまうが、その分岐点に辿り着いて道しるべを見ると4〜5時間かかると書かれている。大抵この表示時間より早く着いてしまえるけれど“急いては事を仕損じる”ということわざを思い出し、そこへは行かないことにする。

 Lakehead HutからAngelus Hutへの分岐まで行く道は2通りあって、一つは遠回りのトラックを行くコース(途中に吊り橋もある)、もう一つは"Route(ルート)"を通って近道をする。NZでは山道のrouteというのはtrackより難しいとされている。で、俺は遠回りの前者のコースを歩いてきたからその近道のrouteを通ってHutに戻ろうと思ったら…"There is NO bridge(橋は掛かってません)"という標識が…!!ここを通れば20分で元のHutに帰れる。でも、川を渡ってしまう(river crossing)から靴は当然ずぶ濡れになる。それはイヤだ!しかし今から遠回りのコースを引き返すとしたら、さらに2時間の追加で到着は17時くらい、疲労度もかなり上がる。究極の選択を迫られる。ここで地図をみると別の選択肢が現れる、Coldwater Hut(6人宿泊可)の登場だ。ここからは歩いて20分、川渡りも必要ない。が、Lakehead Hutと比べると設備はかなり劣る。

 さあ、この3つの選択肢の中から俺が選んだのは──3番目、Coldwater Hutへの移動だった。動くのイヤ、濡れるのイヤ、寝る場所がイマイチなくらいはガマンする!ということだ。

(かなり位置関係がわかりにくいと思うので秋場研氏が公開している
こちらにある地図を見てもらえばわかりやすいと思います)

 んで、そのColdwater Hutに着く。ここの設備の概要は…まず内部には小さめのテーブルに6人分のマットレス、扉を開けるとそれなりに雨風をしのげる屋根のついたところに6人は座れるテーブル、そして横に暖炉がついている。なんで外に暖炉やねん…。一通り荷物を置いて外に出ると先に到着していた人が2人いて、彼らに「今から(暖炉用の)木を集めに行くけど、一緒に来るかい?」と誘われ、断る理由もないのでついていく。彼らはドイツ人(女性)とオランダ人(男性)らしい。出来るだけ乾燥している太いのも細いのもなんでも落ちてる木を拾う(ちなみに、勝手に枝を折るのはマナー違反)。小屋に戻ってから暖炉にもうまく火がつき、「なんでこれ部屋の中じゃないんだろう」と話したことか!

 その後もう一人ニュージーランドの60歳くらいと思われるおじさんも集まり、今日は4人でこの小屋を使うことになった。3人+3人が向かい合って座るテーブルの片方(暖炉に近い側)に4人が座る。夕暮れ時からずっと話し続けていたけど俺は大半わかってなかったように思う。たまに俺の話になると「大学では何をしたのか」と聞かれて、なんで俺は大卒なのに英語もろくすっぽ出来ないんだろう…と少々落ち込んだ。

 作ったコーヒーをすすっていると何やらおじさんに言われた。ん?なんだ?quickly(すばやく)?もう一度聞きなおすと

"Please drink quietly(静かに飲んでください)"

だったのだ!!これには参った。今まで何の気なくやっていた行動が他人を不快にさせていたとは!!コーヒーに限らず、ラーメンなんかでも思いっきり音立てて食ってた。今まで誰も注意しなかったってことは「日本人はコレだから困る」とか思われてたのかな…ショックだった。苦しまぎれに俺が「これは習慣なんです」と言ったら、「わかるよ。けどここは日本じゃないから気をつけて」という感じで返された。気をつけます。

 18時前から3時間以上も暖炉の炎を見続けて、「火って不思議だなー」とか思いつつ、暖房のない部屋に戻り寝に入る。この時21:30。


2002年04月30日(火) 日常ではありえない世界

 寒い!!

 今まで寒くて目覚めることなんてなかったのに!時計についてる温度計をみるとなんと5度。いくら寝袋で寝てても起きてしまうはずだ(俺の寝袋は冬以外の3シーズン用でイマイチ)。深夜2時に目が覚めてしまい、小便をしに外へ出ると深夜だというのにとても明るい。その原因は“月光”。月がこんなに明るいものだなんて思ってもみなかった…。月光のおかげで星はほとんど見えなかった。そして震えながら再び眠る。

 目覚めると朝7:30。目の前には湖があり、そこに朝もやがかかっていて非常に美しい。今朝は野菜ラーメンを作る。すすり音を立てないように気をつけて…と。なんかイマイチだっ!!味気ねえよ!

 日差しを背に浴びて、8:20小屋を発つ。途中までは昨日通った同じ道をたどり1時間後分岐点に着き、ここから650m→1700mの高低差およそ1,000mの山歩きが始まる。ひたすら森の中だ。あまりに森の中なのでときどき道がわからなくなるし、思いのほか高さを稼げない。1時間半進んでわずか300m登っただけだ。さらに1時間後川沿いで小休止する。やっぱり純粋な水とおやつがうまーい♪

 休憩を終え、森林点を越えるとここから本格的な登りに入る。と同時にかなりのガレ場に入り、崩さないように、崩れないように気をつける。1,300mラインを超えると(およそ700m上昇)、水の流れる場所が凍っている。昼の12時だというのに温度計を見ると1.7度!この辺の水はすごくきれいで、薄く張った氷が完全な透明。これをばりぼりかじって吐き捨てる。たぶん大丈夫だろうけど、さすがに食べはしなかった。

 氷の張った川をいくつも越え14時にAngelus Hutに到着。4時間40分の行程か、まずまずかな(ちなみに一般的には5〜6時間)。小屋の周りを散策すると、山のピークがいくつもある。けれどどれも少し遠いので行くのはやめる。辛くはないけど気が進まなかった。事故になるという予感があったのか?よくわからんが。

 今日小屋に集まったのは総勢16人、そのうち10人がグループでいるのが大きい。Christchurchの山登り集団みたいで、俺の逆コースをたどっているらしい。夕食時、スープやコーヒーの音の話を思い出し他の人の飲む様子を観察すると、確かに皆まったく音を立てていない。日本が例外なんだな、お箸文化だし。

 10人グループがトランプをしていたので見ているとまた“大富豪”だ。またローカルルールを発見する。名前はよくわからないけれど、“7”の数字を出すとそれ以下の数字しか出せなくなる。例えば、普通にゲームを進めていって、“7”を出すとその次の人は“3”から“6”までのカードしか出してはいけない。そこでその人が“5”とか出せたらあとはいつも通りに進むんだけどね。まあそういうルールもありってことで。

 明日も晴れてくれることを願う。21時就寝。


2002年05月01日(水) もっとも長かった1日

 関係ないがMay Dayである。朝起きると

「うわぁ・・・」

雨だ。とりあえず朝食をとりながら今後の予定を考える。

1.ここにもう一泊して天気が良くなるのを待つ。
2.無理矢理予定のコースを突き進む。
3.来た道を引き返す。

 俺の性格からして2は有り得ないので、1と3で迷うものの結局「1.もう一泊」を選択。あー今日はヒマだなあ。山小屋には必ず置いてある訪問者名簿を見て思った。国別ランキングでもしてみるか、と。(結果は5月3日の日記(下部)を見てくらはい)

 集中して調べていると、いつの間にか外の雨が雪に変わっていた!9時くらいからずっと降り続き、1時間も経つとあたりはすっかり一面真っ白になってしまった。これから行こうとしているコースはただでさえ危険性が高いというのに、雪となっては…。昨日の少し凍った路面のことを思い出す。雪がとけてきて翌日それが凍ってしまったら、景色を見るなどと悠長なことは言ってられない。

 泊まっていた10人グループも俺と同じようにどうするか待っている様子で、彼らが進むようであれば俺も彼らと同じコースを進もうと思う。どうやら麓に下りるつもりらしく、俺が昨日歩いてきた道を逆に進むようだ。うーん…安全性を求めたらこれが一番の策かも。とりあえず雪もやんだし天気も良くなってきてるしな。結局先の選択肢の3番を選ぶことになる。

 ということで、なんと12:30から今日のコース開始、ずいぶん遅い出発だ。一気に下り、川沿いの分岐点には4時間のところを2時間40分で到着。この時15:10。「ここまで来たからには一気に町まで戻っちまうか!」と思い軽く休憩を終えたあと行動再開。ちなみに、ここから別の道を行けば2日前に泊まれなかったLakehead Hutに2時間で着けるが…ここからおよそ4時間の道のりを3時間で歩けばちょうど日が沈む頃に宿に戻れる、と考えた。それプラス最後の1時間ほどは車道だからなんとかなる、と。


 が、この“町に戻る”という選択は結果的に失敗だといえよう。雨が再び降り出したからだ。


 雨具をまた着てひたすら歩く、歩き続ける。雨が降ってきて1時間後のおよそ16時、2日前泊まったColdwater Hutに着くが誰もいない。暗くなっていくのが18時前後なのでここで立ち止まるのも手だけど、この時間で誰もいないということはこの先誰かが来ることもなさそうで、俺一人ではあまりにも寂しすぎる。


小屋を離れ、目指すは今日の宿のみ!こうなると町まで立ち止まれるような場所はない。


 ひたすら雨の中を突き進む。俺は過去の経験上雨音を聞くのが嫌いになっていて、フードをかぶると雨音がポツポツ聞こえてしまうので、かぶらずに歩く。もちろん頭はびしょびしょ、そのしずくが服の中に入ってきたりして、もうメチャクチャな状態。たぶん発狂していたと思う。「クソー!頼むから雨やんでくれーぇぇえぇ」とか誰に向かってでもなく言ってたし。


歩けども同じ道、そして雨。もはや半泣き状態で歩いていた。


 かなり暗くなってきた頃、なんとかして車道に出てこられた。しかしここは本車線からスキー場へ行くための道なので車は一台たりとも通らない…この間が異常に長かった。時計を見るほどの余裕もなかったけど、1時間は余裕で歩いていたんじゃないかな。そうしているうちに日もほとんど暮れてしまって、懐中電灯を取り出す。


街灯ひとつない暗がりの道を一人歩く男、この状況は非常につらい。


 そして、ついに明かりが見えた!本車線の分かれ道だ!!ここまで辿り着けたなら、あと3kmほどあるけどなんとかなるか…。けれどそれでも車が通らない。初めて来た車は反対方向からやってきた。懐中電灯をブンブン振り回し、その車を無理矢理止める。その車はトラックで、「反対方向だけどSt.Arnaudの町に行きたい、お願い!」と懇願すると運転手からOKの返事をもらい(やった!)、荷台に乗り込んだ。数分後の18:40、あっさりと宿に到着。この時ほど車の速さに感激したことはないかもしれない…!!運転手は「宿はちゃんととれてるかい?」と満室だったときの心配までしてくれて本当に嬉しかった。幸い宿は空きがあって無事に泊まれた。今までのズタボロの恰好から別人のようにリラックス。

 途中で「俺は生きて帰れるのだろうか」と本気で思ったけれど、なんとかなるもんで。でももう二度としたくねえよ!

 あとで計算したら、4時間+1時間+2時間+1時間で8時間の行程を6時間で歩いたことになるみたいだ。よくがんばったなー俺。心の中の最も長かった一日、ここに完結。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
無事に戻り、落ちついた時に書いた日記。↓


==My plan has changed.==
予定は変わった。

Now,I'm in St.Arnaud.
今俺はSt.Arnaudセント・アーナウドにいます。

Huh!?Where is that!!?
はー?どこだそれ?
Here is very very local town.
ここはものすごい辺境地。
I cannot meet any other Japanese people.
俺は他の日本人を見つけられてません。

Next,I'm going Nelson.
次は、いよいよNelsonネルソンへ向かいます。
Wow! I can see "road signal"!! ;-)
わー、やっと信号が見られる!!(笑)




Japanese...(日本語にて)

Yotei wo henkou shite,futatabi kita he mukaimashita.
(予定を変更して、再び北へ向かいました。)
Yotte, CHRISTCHURCH ni kaeru noha sarani saki no koto ni narimasu(^^;)
(よって、クライストチャーチに帰るのはさらに先のことになります…)
Hagaki okutte kureta hito gomen!!!
(ハガキなど送ってくれた人、ゴメン!)
osokutomo,saraisyuu niha CHECK dekiru to omou kara...
(遅くとも、再来週にはチェックできると思うから…)

Hisabisa ni "TONKATSU TEISHOKU" ga tabetai zo.
(久々にトンカツ定食が食べたいぞ。)


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