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2009年10月12日(月)
日曜劇場「JIN-仁-」

TBS日曜劇場「JIN-仁-」
初回・時空を超えた愛と命の感動物語〜現代の脳外科医が激動の幕末へ…
歴史の針が今、動き出す! 人は人でしか救えない!!


最近ね、TBSのドラマをあまり見なくなった私だったので、
まったく期待せずに、初回2時間スペシャルを見たのです。

正直、大変面白かった!!
まるで、大河ドラマみてる感覚に陥ってしまった。


脳外科医である、南方仁(大沢たかお)は、恋人(中谷美紀)を手術で植物状態にしてしまう。そんな、こころに影のある仁は、病院であることがきっかけで、階段から転落、そして幕末の江戸にタイムスリップしてしまう・・・

仁が人を救うことで、日本の歴史をまったく変えてしまうということ。
それとともに、波乱のストーリーが進んでいくのだろう。


仁は、いっしょに持っていた救急医療セットで、幕末の人々を治療していく。坂本龍馬や勝海舟らと出会い、歴史の渦に巻き込まれていく。

そして、仁の恋人とうりふたつの、花魁・野風や、仁が命を救った武士の妹である咲(綾瀬はるか)との出会いという恋の関係へも。

激動の日本の幕末の歴史に翻弄される仁の運命はいかに。日本の歴史が変わってしまうのか、守られるのか・・・そして、仁は現代にもどることができるのか、なぜ、幕末にタイムトリップしたのかという謎などなど

これからストーリー上で見どころが多い。


注目したのは、花魁役の中谷美紀さんが、妖艶で美しい。
すごく花街や花魁のディティールが細かく作られていて、びっくりした。CGで作られた花街だろうけれど、すごく違和感なかった。

そして、坂本龍馬役の内野聖陽さん。
この役者さんのドラマは、必ず見てる。一昨年の大河ドラマ以来・・・
この人が出演するのだから、おもしろくないことはないだろうなっていう安心感がある。

正直、内野さんの演じる龍馬が、またすばらしいはまり役!
龍馬らしさが非常に出ていて、ぴったり。


大沢たかおさんは、8年ぶりの連ドラ出演だとか。(中谷さんは7年ぶり)
よほど、本人が納得するような作品じゃないと、連続ドラマ主演は引き受けないだろうから・・・その点でも、安心して見れるドラマだと感じた。


初回2時間を見た分には、本当におもしろかった。あっという間の2時間でした。ラストのMISIAの曲も、壮大でドラマに合っていた。


なんだかね、来年の大河ドラマへの先制パンチのような作品になるかもって思った。このドラマにはまってしまうと、新春からの大河ドラマ「龍馬伝」に感覚を切り替えるのが大変かもしれない。


日曜劇場の前作「官僚たちの夏」も、豪華なキャストだったものの、どうもドラマのストーリーにあれこれ詰め込みすぎて、たくさんの豪華なキャストもじっくり存在感を出せていなかったキライがあったのが気になったので。

日曜劇場の今作も、なかなかキャストがいいので、それぞれにきちんと存在感を与えて、ストーリーの重厚さに結び付けられるかが、鍵かなって思ったりします。

おそらく、最終回で仁は、現代に戻ってしまうのだろう。
こういう結末・・・いままでいろいろ類似のドラマ・映画ってあったけれど、そうした作品と、一線を画するような、歴史的、医療的な内容を、突き詰めた、しっかりしたストーリーとなっていけばいいなぁって想います。


2009年10月11日(日)
秋まつり・あれこれ








































土曜日から、日曜日にかけて、
地元の多くの神社では秋祭り(秋季大祭)が繰り広げられた。

西条酒まつりも堪能した上に、
地元のお祭りもはしごしてみた

私は、お祭りは好きなので・・・

神社によって、催される行事・頂戴やお神輿なども、まったく違う

とても大きな頂戴を、たくさんの担ぎ手によって、道路を蛇行しながらゆっくり街中を進んでいくお祭りがあるとおもえば、

違う町の神社では、激しく頂戴を地面に叩き落して、担ぎ手の男たちが頂戴に乗り、左右に大きく揺らすような、非常に激しいものもあったり(漁港のある街だから、波にただよう船のイメージだろうか)

獅子舞やら、鬼やら、おかめひょっとこなどなど、その神社によって、出てくるものも違っていたり。

神楽奉納を夜遅くまでやっているところや、終日、出し物を舞台でやって盛り上がっているところとか。

まぁ、本当にいろんなお祭りのやり方があるものです。


とにかく、地域の人たちが、お祭りに賭けている、その熱気が伝わります。

かつての同級生にも出会いました。(もちろん、みな子連れでしたが)

自分に子供がいたら、なおさら楽しかっただろうな。きっと。
親子そろって、子供のようにはしゃいじゃうでしょうね。


きのうの夜、祭りも終わりになって、街も屋台の撤収がはじまり、静寂に包まれるとき、すごく、僕は淋しくなってしまう。なきそうなくらい(笑)


2009年10月10日(土)
西条酒まつり

































東広島市西条で行われている、「酒まつり」へ行ってきました。
今年も!!

西条って街が大好きだし、酒まつりも大好き。
かつて、2年間ほど住んだこともあるから、なじみも深い。


酒まつり、街中みんなが酔っ払って、とにかくしあわせそうですから。

天気も最高。お祭り日和・・・

ちょうど1年前の日記とまったく同じ文章になると想います(笑)
同じように楽しみました。

ただ、ひとつだけ違うこと
それは、自分としては、半端なく日本酒を飲んだこと

さすがに過去の教訓から、「銘酒ひろば」へは行かないまでも
無料・有料試飲を数多く梯子して、ゴクゴクゴク。

昼間からの日本酒でフーラフラフラ。
ほんとうにここちよい時間を過ごしましたよ。


酒蔵通りを歩いていると、友達にバッタリ逢いました。
夫婦で来られていて、ほろ酔い同士、あれこれお話して。
こんなところで逢うとはね。

酒まつり、もう一つの目的は、
「全国酔書かき大会」というのを、福美人酒造でされていて、
昨年、わたしも1枚書いたのです。

1年後、その書は、きちんと表装されて、再び訪れた人に渡される。
きちんと、1年後、その書をいただきに参りました。

たくさんの書の束のなかから、僕の書を探してもらって。
1年前、どんなことをかいていたのか
正直忘れていた。

「優酒」ってかいてたんですね。

そうそう、相手にもやさしい、自分にもやさしい
そんなお酒の飲み方が一番って想ったからだわ。
お酒は、人のこころをそのとき和ませ、やさしくするってこと。


と、いうことで・・・

今年は、2枚書かせてもらいました。

そのうち、1枚は

「想酒」

僕は、「思う」ではなく、「想う」という漢字をよく使う
相手を想う。おもいやりって意味になる感じだから。

でね、人を想う。
相手を想うこころをもって酒をいただく

それが一番だと想ったから


もう1枚は、自分の信念っぽい言葉を書きました。


来年、取りにいけたら、その表装された書は、大切に飾っておこうかな(笑)


その福美人にて、販売されていた原酒を2杯いただいた。
原酒には、甘口と辛口があって、
辛口が、黄金色。甘口は透明色。
私は甘口が大好きなので。これが非常美味しい!
調子にのると、いくらでも飲んでしまいそう。


白牡丹酒造での、にごり酒も、楽しみにしている
大きな甕から、白いお酒をカップになみなみと注いでくださる
本当に甘い!これも、いくらでもいってしまう。


お土産を買って、街のにぎやかな雰囲気も味わって。


今年も、酒まつりはすごい人。
お神輿とパレードも、とても、盛り上がっていました。
訪れた時間がちょっぴり遅かったのもあって、
あっというまに中りは暗くなりましたが、人の波は、酒蔵通りから中央公園方面へと流れていました。


西条って街は、なじみある街だからこそ、いつ訪れても、不思議と
居心地がいいのかもしれない。

きょうは、ほろ酔い気分でいい1日でした。


2009年10月09日(金)
愛とはなにか








ここのところ、精神的に落ちているので、
なるべくひとりでいるときは、静かな場所を求めて
ゆるやかな音楽を身体に聞かせて。
だれかに愚痴を言ったりするのはしないので、
ひとりで悩むだけ悩んで、あるラインまで自分を持ってきてしまうわけですが

秋という季節のせい。いや、いろいろなことに迷いが生じているから。
自分の弱さや、脆さを、改めて思い知らされるというか。


人はひとりじゃ生きていけない
孤独を好むものの、孤独は人にとって、最大のストレスとなる。
それを和らげるのも、強くなるのも、
自分次第であり、自分が選び進んだ上で作られた環境でもあるから。
しっかりと、進んできたつもりでも、まだまだ。

もっと自分を律して、努力しなくちゃいけません。

写真は、きょうの帰り道。友人と約束があって、となりの区へ寄り道したんですよ。軽く食事しました。



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私は愛とういものを信じない。

もちろん、愛というものは存在するはずだし、
すごく強くて、とてもすばらしいものであることはたしか。
愛があるから恋愛も、結婚も、子育てもできるわけですから。

でも、私に至っては、愛を信じることができなくなっている。
いろいろな要因があるわけですが。
こればかりは、どうしても、簡単に解決するものではないようだ
誰にも理解されないでしょうし。
理解されようとも思わない


愛とはなにか・・・
そんな質問をしたことがあったが、
「そんなことを聴くほうがどうかしてる、そんな質問は理解できない・・・」そんなことを言った人もいました。

そういう考え方は、強い人の考え方?いや、むしろ本当は「弱い人」の考え方のように思えたりする。そのときは、「なんだか淋しい人だな」と思ったものですが、何も言わなかった。

でも、愛って、なんでしょう?
そのときそのときで、定義は変わるとおもうけれど、誰しも「愛とは」って定義づけでするものがあるべきだと、僕はおもう


強い人だからこそ、愛を感じられる
愛とはなにかを、わかっている。
言葉にできるはずです。
両親や家族、周りの人から、本当のしなやかな愛情が注がれてそだった子供は、大人になっても強い子に育つという、とある研究結果がある(いつしか、新聞に載っていた)。どんな困難なことがあっても、「この人がいてくれる」「この人のために」ということが強くこころに刻まれているからかもしれない。決して甘やかすというのではなくて、本当の愛情というものが実在したかしないかの差。


私は、愛はうつろいやすい。人が心変わりしたり、裏切ったり、妬んだりするように、愛も、完全で確固たるものではないと、いまの私は思ったりします。どう変化するかわからない、とても怖いもののようにおもえてならない

昔は、もっと純粋でね、愛があれば、どんな困難も乗り越えられる、この人のためなら、私は犠牲になっても・・・そう思っていたものです。

でもね、愛があるから、伴侶を捨てて、他の人に走るとかっていうこともあるし、愛が重荷になって、逃げてしまうとか、自分を傷つけるとか、愛が一瞬にして冷めるとか。愛が色褪せてしまうとか。


人のこころが移ろいやすくて、変わりやすいのだから
愛なんて、これほど不確かなものはない。でも、愛によって、人は時として麻酔をかけられたようになるし、愛に狂う人もいらっしゃる。
僕は、そんな不確かな愛に翻弄されて、傷つくだけ傷つくのはもうしんどい
人の甘い言葉、約束も、常に疑心暗鬼に陥る状態。


どうしてこう屈折したのか?
振り返ってみると、気が重くなるけれど。でも、愛がわからなくなって、信じられなくなった自分である以上、これから先、どう一人で生きていくかを、もっと真剣に考えていかなくちゃいけないことを、最近すごく思ってしまって、不安感とかも相まって、こころが重たくなっているんでしょうね。


過去にあれこれ、自分のこと、批判されたこともあったし、「ダメだ」といわれたり。トラウマになっていることは、消えることはないですし。100%頑張っても、相手は200パーセントを求めていたとすれば、もうこれ以上もありません。疲れてしまいます。だから、これが限界だってことをわかると、無理なものは無理ということになります。でも、精一杯やったことだけは事実で。それが伝わらない、評価されないこともありますし。




結婚されている人は、本当にすごいことだとこころから思うのです。
尊敬に値する
だからこそ、結婚式に参加させていただくと、いつも精一杯祝福したいって思うし、思わずもらい泣きするくらいになる。

そこには、嘘偽りない、「愛」が存在するから。
とても尊い、強い絆の上に。


私は、人間関係の行き着くところ、行き着く愛は「慈愛」だと思っている。
慈しむ愛。無償の愛。
特別な人にのみ生まれる愛。強く、強く、強い愛。
でも、それを感じて生きている人が、果たしてどれだけいるかな?
そういないと思う。
ただ、存在を失ったとき、その人の存在の大きさに気づくとき、「慈愛」というものを、意識するのかもしれない。


恋をして、それが愛に変わる。
そのプロセスは、あまりに当たり前のようで、あまりに難しいことで、あまりに不確かなもの。

ただ、いまの僕が思うのは、愛する人に裏切られたりしても、それを受け入れる、許せるこころ、大きな覚悟ができるか。それが出来る人が、本当の愛を知っている人なのかもしれない。愛は完全じゃないってことを悟っていることって、なかなかできることじゃないけれど。



愛というものは、何なのか。
その答えは、果たして出るのでしょうか?
でないでしょうね。これからも。なかなか。
まぁ、こらからも、この調子ですね・・・

いや、「そんなことを聴くほうがどうかしてる」ってことなのかな?(笑)



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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