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2009年08月10日(月)
私旅する、カメラをもって、呉へ。追記















三条銀座商店街で見つけた看板の一部。懐かしくもありカラフルでもあり。
こういうお店がずーっと続いているのが三条銀座の特徴かもしれないね。ふっと、ドリフターズが昔やっていたコントの長屋の商店街のイメージ、昭和の雰囲気が色濃く残っている。











呉駅前の様子。まぁ、久々に訪れたけれど、ほとんど変わりない。そごうも、クレストも、まったく変わらず。あるものがそのままあるって感じだわ。ただ、呉駅の南口は、いろんな商業施設やら、大和ミュージアムやら出来て、劇的に変わったけれど。街の賑わいは、南口に移ってしまったようだ。

大和ミュージアムの傍の芝生広場に、ビーコンというかっこいいカフェが出来てた。土曜日ということで、たくさんのお客さんがいました。店内から港を見ることができますよ。










青山町とか幸町、昭和町、宮原のあたりって、独特の街並みですよね。造船所の無機質な世界、自衛隊の赤レンガの世界、青山町の落ち着いた街並み、(東京の青山とイメージが混同してしまう。小さいときからね。)宮原の寂れた坂道の住宅街・・・他の街ではお目にかかれない世界がいっしょに同居している。この、造船所や自衛隊を突っ切って、音戸に向う非常に大きな道路も、呉だからこそ見れる光景。

メロンパン、どうしても利便性のよさから、こちらの中通の方へ行ってしまうのだが、本当は、創業地である本通の本店に行くのがいいのかもしれないな。この付近は、B級グルメの密集地。呉らしい食べ物が楽しめる。


2009年08月09日(日)
盆踊り










お盆が近づくと、どこの街でも、盆踊り・夏祭りが行われます。
ただ、昨今は、お盆の3日間に行わず、その前後1〜2週間離れた土曜日だとか、場合によっては7月中に行ったりとか。どうしても、お盆休みのころは、家族で旅行へ行ったりとか、帰省したりとか。地元に子供も親も居ない場合が多くなったというのはあるのかもしれません。逆に、帰省でお盆の頃にやってきた子も、知らない子ばかりいる盆踊りとか夏祭りへは、行きたがらないのかもしれないしね。


この写真のお祭り、昨夜、地元のある公園で行われてたものですが、小さいからこそ、なんどなく静かで落ち着いてて、風情を感じたりするもの。夏の終わりの寂しさも、どこか感じるものです。

小さい公園なのに、こうして踊りのやぐらが立っているし、これをこしらえる地元の人たちがいらっしゃるってことが、すてきなことだなぁって。

このごろの夏祭りって、することはするけれど、ただ、夜店があって、ステージで発表があるくらい。祭りの最後にくじ引きやって・・・盆踊りをきちんと習って踊る人も少なくなったからかもしれませんけれど、盆踊りって、やらなくなったなぁ。

僕も、一度くらい、ゆかたきて、盆踊りをやってみたい!
なんて、こころの片隅で、思っていたりして(笑)


私の地元のとなり街で、毎年恒例だった花火大会が、2つも、ことし中止になったそうです。一つは、打ち上げていた場所の周辺にマンションなどたくさん建って、キケンになったとのこと。今年から、光のビームによるショーに切り替わる。もう一つは、不景気で、協賛金が地元の企業から集まらなかったということ。このご時世、花火を打ち上げるのも、難しくなってきてるんだなぁって考えさせられる。


みなさん、ぜひお盆休み、お祭り・盆踊りで楽しんでみません??


2009年08月08日(土)
私旅する、カメラをもって、呉へ

カメラを持って、呉の町を散策する旅に出かけた。

少し前、ある雑誌に、「呉・地図のない散歩旅〜自分時間を過ごすために、呉の路地裏へ迷い込む」なる記事を読んで以来、一度、じっくり歩いてみたいと思っていた。おもいがけず、時間が空いたので、カメラを片手に、出かけてみたのです。とにかく歩いた。坂道のノスタルジックな写真を・・・


呉という街。
時代に取り残された、昭和40年代の雰囲気が中心部に残っている。
山に囲まれた、少々狭いイメージの強い。若い人は少ないイメージ。

私にとって、いくぶん苦手な街。
本当に所用な無い限り、訪れることはまず無かった。無意識に避けてきた街でもある。今回、街の中心部に訪れるのは2年ぶり。たかだか車・電車で30分くらいで行ける街なのにね。ちなみに、呉の中心部以外は、この1〜2年でたびたび訪れてるのに。江田島とか、広とか、焼山とか。なのに、呉の中心部だけは、なぜか避けてたとしか思えないな。意識してなかったんだけれど、ほんとに不思議だわ。


苦手なところがあって、なぜか避けてた街だけれど、その記事や写真を見るうちに、いろいろ訪れたくなった。



















まず訪れたのが、一番の目的である、両城・三津田の迷路のような坂道の街。地図のない散歩旅をしてきました。映画「海猿」のロケをされた、二百階段を登る。びっくりするくらい急で、ある意味怖い!でも、生活道として、みんな登ってるのですよね。この階段から路地がたくさん延びていて、民家が片寄せあって斜面に並んでいる。二百階段は観光化されていて、看板もいくつか設置されていた。手すりもついている。


思うがまま、巨大な迷路を迷い込み、細い路地を歩く歩く。
そして、今度は百階段へ。こちらは、二百階段とは違い、一直線に天に向って伸びている。頂上の手前では、松の木が階段の頭上に伸びている。ちょうど、初老の女性が日傘を差して登ってきた。毎日、暮らしの中でこの階段を昇り降りしているのですよね。ここで僕がへこたれるわけにはいけない。










この街、迷路のような坂道をすすむ楽しみと、ここでしか出会えない、日常のなにげない光景が、たくさん見つかる。坂道の水のみ場、手押しポンプ、段ごとに置かれた鉢の花、ほうき、ベンチ、掲示版の裏にかけられたたくさんの傘、坂の石積み壁にそって、整然と並んでいる自転車・・・人が生活している、その息吹を感じるなにげない光景が、妙に被写体としていい味をだしている。









ふもとの三条銀座商店街も、昭和30〜40年代の雰囲気のまま。建物も、人も、看板も。すべてが。タオル店とか、天ぷら屋とか、文具店とか、金物やとか・・・独特の下町らしいラインナップのお店が並んでいる。

谷商店というお店で、たこ焼きをいただく。
写真の串に3つ刺されたたこ焼き、なんと50円です!まさに下町らしい。
元気なおばちゃんが、たくさんソースをかけてくれた。店先の通りに、1個だけ背もたれのある1人用の椅子が置いてあるのがなかなかいい。

坂道の風情、人々の生活、商店街の雰囲気・・・懐かしいさを感じる。
カメラでそんな坂道の光景をおさめた。残念だったのは、この暑さのためだろうか・・・猫ちゃんにまったく出会わなかった。尾道も、呉も、坂道の街には、猫が必ずいるし、風景の一つになってるはずなのだが。残念。










それから、大和ミュージアム・てつのくじら館周辺へ。この付近は、新しいスポットなので、綺麗です。観光客がほんとに多かった。ここのカフェもすごい人でしたよ。芝生の広場から、大和の甲板をイメージしたエリアへ。

呉駅前へ行って、ひさびさにそごう(以前、働いていた)へ。その後、呉の駅ビルたちよったけれども、こちらも、あまり変わっていない。










歴史の見える丘へ。ここから、造船所をぐるりと。その眺望は圧巻です。ぜひ、夜来てみたい!!宮原の街をすすんで、和庄から、本通・中通へ。大きなアーケード街・商店街だったのだが・・・ここに来るたびに、どんどん寂れてきてるのがよーくわかる。きっと、買物客も、にぎわいも、どんどん呉駅周辺に取って代わられているのだろう。ポポロとか、クレアルとか、シティパルクとか・・・このエリアの大型商業施設も、なんだか以前より寂しくなったような。それだけ、人気のテナントは、呉駅周辺に移っちゃったってことでしょうね。










ただ、ポポロにタリーズがオープンしていた。のども渇いたから、立ち寄って、アイスコーヒーをいただいた。ちょうど、れんが通りのアーケード側の大きなガラスの傍のソファー席。ぼんやりと、人の流れを見ながら。

呉はB級グルメの宝庫。メロンパン、フライケーキ、屋台、アイスもなかなどなど。それも楽しみのひとつです。メロンパン、もちろん買いました。








中央公園から蔵本通りへ。
初めて歩いたけれど、ちょっとした遊園地のような施設もあって、新たな発見ができた。電気カートとか、野鳥園、売店まであって。街中にこんな施設があるなんて!小さいけれど、懐かしい雰囲気。








海猿の撮影のロケ地になった、とあるバス停も行ってみた。
確かに、なんだか独特の雰囲気のある、映画のワンシーンに使われるのもわかるバス停だった。ただ、映画の時とは違い、バックにうっそうとなっていた草木は、綺麗に刈られてて、さっぱりしていたのは、少し残念。

と、いった感じが大まかな散策コース。
さすがに日焼けしました(笑)

歩いてみないとわからないものです。
この街、まだまだ深く知るためには、時間が必要ですね。宮原とか、入船山記念館、そして警固屋、音戸まで、今度行くときは、そちらをじっくり訪れてみたい。あの日本一短い渡船「音戸渡船」も、ぜひ乗ってみたいもの。


いい写真、たくさん撮れたと思うので、
また、ブログにて、UPしていきますね。
この日記では、ほんの一部しか写真UPできなかったし。


2009年08月07日(金)
これからを、将来をイメージする想像力

「現在」をしっかり生きること、考えることは大切ですが、
いまがよければそれでいい・・・っていうのも、わかりますが、

僕はこう考える。

「これから先、将来を、きちんとイメージできる想像力・柔軟性があるかどうか」


僕が以前から言ってるけれど、
人として、必ず誰しもが平等に守らなくちゃいけないルールやマナー、
常識ってあるはずです。人間として、最低限の。


突発的なこと、突発的な不幸の場合は、ある意味仕方ない。
大切なのは、その時の自分の対応。
その時に、冷静に、先のことをきちんと考えて、どう対処すればいいか、
人間として守らなくちゃいけないルール、
人間として、基本的なまっとうで冷静な行動ができるかが求められる。
突発的なときって、ついどうしても、いまの自分を守るってことになりがちですが。



一方、人って「弱い」からこそ
ときにきちんと先のこと、これからを想像できないことで、そのままルールから外れたままになって、罪を犯し続けたり、恒常的に惰性に陥ったりして、いずれ不幸になってしまうこともある。いまがよければ・・・では済まされない

人のやさしさや、人のいってくれていたことが、その時は受け入れられず、のちにその意味がわかって、後悔することだってある。



将来のことをイメージ・想像できるかできないかで、大きな差が出来てしまうことが、とても多い気がします。それが人としての強さに繋がる。


なんとか、いまの自分、強くなくちゃいけないからって、自分を保つために、ルールを侵したり、人を不幸にしたりするのは、なんだか違うと思います。


いま、自分の言ったこと、行動が、先で人を傷つけたりしないか、この先、自分を不幸に追いやることにならないか、ルールを侵していたら、いつか罰を与えられることにならないか、いまの自分は間違っていないか・・・って、自分の中で、先のことまで常にイメージして、考えて、判断することは、多少なりとも必要なんじゃないでしょうか?



話はちと変わるけれど
きのう、原爆の日の夜に、広島都心で、田母神氏の講演会「ヒロシマの平和を疑う」が、予定通り行われました。
言論の自由ってあるし、いろんな考え方があるのは当然だと思いますが。この日を狙って行うというのは、ちとしっくりこない部分は否めません。

僕は単純に・・・核を持たないのが一番。
そう思うし、それが人類の基本・スタンダードだと思う。人間として、必ず誰しもが平等に守らなくちゃいけないルールやマナー、常識だと思ってる。まずそこからはじめないことには・・・

もちろん、田母神氏の主張(自国も核など武力を持つことで、平和を守るという感じの)、テレビや雑誌で拝見して、「理想と現実」の「現実」の考え方だといわれれば、完全にそれを否定することはしません。だけれど、上で述べた僕の単純な考え方が、まずは人としての常識だと思うからこそ、きのうという日に、ヒロシマで講演会を行ったって事については、その考え方とは、やはりかけ離れているんじゃって思います

僕たちも、「言論の自由もあるから、そういう考え方もあるんだね・・・」
くらいの程度で思ってればいいのかなって。

田母神さん、慰霊碑に訪れたのだろうかな?


これから、将来を、きちんと想像して、広くイメージして、いま、これでいいのか、悪いのかをしっかり判断して、行動することは大切ですが、平和とか、核問題とかも、いろんな考え方があるのせよ、基本的に平和であるために、人間としての常識を、これからも世界を憂いつつ、きちんとイメージする想像力を、みんなが持って、行動していかなくっちゃね



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
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