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スゥイーツつれづれ「エースコイン」「ふくえどぅシュークリーム」
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新垣結衣ちゃんが出演してるポッキーのCMを見ているたび、ポッキーを両手にもって、あんな激しいダンスをしたら、すぐ折れるだろうに・・・おかしいよなぁ・・・などと、どうでもいいことを思っているコバルトです。(笑)さて、きょうはお菓子のお話
エースコイン
たまたま、スーパーで見つけたビスケットなんですけれど、なかなか渋いと思いません?そう、古銭・小判の形のビスケット。きっと、古銭マニア御用達でしょう。これぞ、大人のお菓子。
袋の裏には、全種類の古銭・小判の解説が書かれていて、日清シスコのホームページには、古銭の詳しい解説までUPしています。
「開運なんでも鑑定団」を見てる人たちがターゲットなのだろうか?また、味も、甘さほどほどなのがいい。おいしいので、最近いつも常備している。まぁ、古銭をすべて覚えようとは思わないけれど。
ABCビスケットとか、動物ビスケットならば、子供の教育と、お菓子という美点があるが。このお菓子だけは、子供向けじゃないから、かなり異彩を放ってる気がする。

「ふくえどぅ」のクッキーシュークリーム
以前、熊野町の、ジャズの流れるカフェ「ふくえどぅ」を紹介しましたが、そこの「クッキーシュークリーム」は、午前中に売切れてしまうくらいおいしくて大人気!先日、やっといただくことが出来ました。クッキーのようにカリカリの皮の中に、おいしいクリームがたっぷり。本当に香ばしくておいしい!!それは、午前中に売り切れますねー。130円。こちらもおすすめ。これぞ幻のシュークリームだね。
きょうもおつかれさまでした。
寒かったねー。あたたかくしておやすみください。明日は雨の日曜日。ここのところ、お休みの日を狙って雨が降ってるみたい・・・
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こんばんわ。今週もおつかれさまでした。風邪がはやっていますが、みなさんはいかがでしょうか?
あすは、ドラマ「氷点」がテレビ朝日系で2夜連続放送されます。
この「氷点」については、過去、この日記で、なんどか書いたと思います。僕が高校生のころ、この本に出会って、大きく人生を変えるきっかけとなった一冊。この小説をきっかけに、高校生の自分は、三浦綾子文学にどっぷりはまってしまう、かなりの読書中毒になるわけだが。今回のドラマ化の配役も、なかなかだと思います。(ちょうど高校生のころ、本を読んだ、その同時期に、おなじテレビ朝日で、おなじように2夜連続でドラマ化されました。そのときの出演者のイメージが、そのまま強く残っています。あすのドラマで、一変するだろうか?)
生を受けると同時に追う罪、生きるということ、命を絶つということ・・・そんなことを痛切に考えさせられるストーリー。ぜひ、みんなに見てほしい、いじめで自殺考えてる子には特に。(とはいえ、ドラマはどんな出来かはわからないけれど)
本といえば、先日、斉藤茂太さんが亡くなられました。
斉藤茂吉の息子であり、精神科医でもあるモタ先生の著書・・・ユーモアのあるエッセイと、生き方や対人関係、こころが落ち込んだときには救ってくれ、こころが軽くなる言葉など、たくさんのことを、本の中で、教わった気がします。(モタ先生の著書は、数十冊、書棚にあると思う)亡くなる直前まで、たくさんの新刊を次々出版されていましたし。だからこのニュースを知って、びっくりしました。
三浦綾子さんが亡くなったときも感じたけれど、小説や随筆・エッセイなど、本ではまった作者の方って、特別な存在になっているものです。俳優さんとかと、また違う部分で。
前置きがながくなりました。
ここのことろ、僕の周りでも本当に風邪引きさんが多いのです。ほんとうつさないでーって思うんだけれど、言えないし。僕は幸いここ2年は風邪引いてないし。でも、油断大敵だね。
精神的な起伏がとても激しく、だから、無理に押さえ込んでしまうから、つい悲観的になったりする。あまり身体にはよくないだろうな。この状態は。
さ、僕はもうひとがんばり!
みなさんは、素敵な週末を過ごしてくださいね。(あす夜から雨みたいだけれど・・・)それでは、また!!
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時の流れの速さに、ほんと戸惑うくらいです。
1日、自分に課せられたプログラムをこなしているわけだが、別に機械的に動いているわけではない。でも、仕事でもそのほかのことでも、ふっと我に返ったとき、自分の人間らしさを強く感じる。
冬に近づくと、人のあたたかみを感じる。
街は、こころをあったかくする灯りに出会える
冬という季節は、大好きだから
だからこそ、あっという間に過ぎていく。
だから、1日、いや、1秒を大切にしていかないと。
僕は、集団の中にいることで、安心している部分と、窮屈に感じる部分。その2つがせめぎあっている。仕事でもそうだし、学生時代もそうでした。
なにかの肩書きに属していても、どこかその中で、とんがった存在でいる。人とは違う道を進んでします。ただ、「個」を大切にしたいからの行動というわけではないかもしれない。ただ、しがらみの窮屈さが苦手だったり、自分を見失うのを嫌ったり。
ただ、この社会の一員にいる責任ってあると思う。
だから、とんがってもいられないわけですよね。
ふっと自分を見失っているとき
我に返ったとき
そのときそのときの自分を、しっかり見つめて受け止めて、次の自分へ進んでいかないと、また悪い自分を繰り返してしまう循環を招いてしまうからね