きまぐれがき
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2005年01月17日(月) 病院は憂鬱だ

義母が外科病棟に入院する日。
パジャマや洗面道具などを入れたバッグを何個も提げて、ツーツー
病院内を元気よく歩いて行く義母の後ろから、病院の建物を見ただ
けで滅入ってしまった私は元気なくぼんやりついて行く。

途中、泌尿器科なんていう文字が目に入っただけで、条件反射の
ようにトイレに行きたくなったりするのは、相も変らずのことだ。

以前、体調を崩して通っていた○○医大の第○内科の教授は、カ
ルテばかりを見て患者の顔をみようとしない人だった。
ある日その教授が突如バチッ!と私の顔をみるや「ちょっと眼が出
てる?」と言ったものだ。
訂正を迫る勢いで「うそ!」と言った私も私だが、この教授とは相性
が悪くて、診察室を出る時の私はいつも怒っていた。

他の医師の日に変えてしまおうかと密かに考えていた頃に、驚きの
出来事が。教授が収賄罪で逮捕されてしまったのだ。
TVのニュースも新聞も写真つきで報じている。
「この人!この人!私に眼が出てる?って言った人!」と家族に教え
ながら、私はイヒヒーーと不敵に笑ってみせた。おい!






2005年01月08日(土) 波乱含み?

お酌する手がすべり、徳利は勢いよくテーブル上の料理の上で
ぶち割れた。
飛び散ったお酒が、これから檀家まわりをするという友人のお坊
さんの着物を濡らしても、坊さんはすでに酔いがまわって、目なん
かトロ〜ンとして同じ話ばかり繰り返してご機嫌の様子で、まった
く気にならないようだった。

「着物までお酒臭にまみれて、生臭坊主にぴったりだ〜」なんて
言っちゃった私も、そうとう酔っていたのかしら。ごめんなさい。



波乱含みの1年を予感させる出来事かもと、ふと思ったところ、
ついにこの予感的中の事態が。

義母の手術入院。ボケが始まった義父。
母はほとんどがベットでの生活。
この3人の介護をどうするかが、日頃呑気にしている私の上にも
重くのしかかってきそうだ。

「家族同時多発介護」なる本をAmazonのカートに入れたり出した
りを1年も繰り返していたことを思い出し、ついに本気で読む時期
がやって来たなと佐々木小次郎のような心境になったところだ。


藤原竜也の「ロミオとジュリエット」のチケを、ヤフオクで売り飛ば
す辛さ。
この作品に、「タイタス・アンドロニカス」から注目している文学座
の横田栄司も出ているのだよぉ〜〜
そういえば、ジョナサン・ケント演出の「ハムレット」のホレイシオは
この方だった。
ずっと後になって人から言われてハッ!記憶の巻き戻し。
そうそう私、客席でジリジリしながらホレイシオの登場ばかりを待
っていたのだった。


2005年01月01日(土) 新年!

あけましておめでとうございます。
皆さまにとりまして、よいお年でありますように。

また今年も、読みかえすのも恥ずかしいような駄文を書き散らして
しまうのかと思うだけで赤面してしまうのですが、お付き合い戴け
ましたら嬉しいです。



忙しい大晦日だというのに、だいぶ前に録った内野聖陽「モンテ・
クリスト伯」の舞台中継のビデオをDVDに落とそうと、整理ができ
ず家中のあちこちに散乱しているビデオの中を、必死に探してい
たのだが。。
ここ数年のビデオには、タイトルも書いてやしない。
手当たり次第に再生してみて、やっと見つかったと思ったら、もの
の10秒も経たないうちに「朝まで生テレビ」の映像に切り替わって
しまった。

誰が上からかぶせちゃったのよぉ!!
ショックで立ち直れないじゃないか!

茫然と、映し出されている「朝ナマ」を見ていると、なんだか変。
「朝ナマ」は「朝ナマ」でも、ご丁寧に姜尚中の発言だけを抜き出し
て編集しているのだ。
ヤダね。犯人は私だ。
私はなんだって、手間隙かけて姜尚中の発言ばかりを寄せ集め
たりしたのだろうか。ちょっと好きだった?
まぁそんなところだろうが、北に対する意見が決定的となって、今は
決別ね。

かくして、'04年は、私のエドモンが、私のモンテが。。との嘆き声
で幕。




かろうじてここだけは整理整頓がなされております。。というか
ほとんど忘れ去られて、処分待ちのビデオばかり。。


2004年12月27日(月) 卵を割る時

いつものスーパーのいつもの棚から、いつものようにカートに
入れた1パック10コ入りパッケージの卵!
わってもわっても殻からポトリと滑り落ちるのはふたごばかり。



あれ、知らなかっただけで、ふたごの卵だけの棚があったのかな?
ふたごの卵だけを買いたい人が、きっといるのかもしれないと、
日曜日の混雑しているスーパーの卵棚の前に立ち、隅々まで調べ
つくしてきたけれど、そんな棚はなかった。

以前、キャンプに行く途中に通りかかった村の道端にある卵の
自動販売機で、「産みたて」と書いてある卵を買ったことがあった。
キャンプ場に着いて、調理をしようと卵の殻を割ったところ、
干乾びた胎児のような茶色い塊が出てきたので、その場から
一目散に走って逃げた。
遠くから様子をみていると、仲間の一人が木の根本に埋葬して
やっているようだったので戻って調理を続けたが、この時から
何年も、卵は気持ち悪くて食べることができなかった。
卵の殻を割るのも恐怖になったのだ。



blogだけでは飽き足らず、こちらにも書いてしまうのが、本日
はじめて買った「男優倶楽部」という雑誌のこと。

この懐古的なタイトル、小林旭あたりの時代っぽくないかと見て
みると、舞台で活躍している男優を揃えているらしい。

舞台情報は、頑なに「シアターガイド」一冊のみで間に合わせて
いるので、内野聖陽をトートで魅せられてしまっていなかったら
、絶対に手にすることのなかった雑誌だ。
書店に入りびたっているたぷろうさんでさえ、多分この雑誌の
ことを知らないのではないかしら?
そう「小栗旬報」なんて記事があって連載6回目なのですよ!
知っていたら飛びついていたはずだものね(笑)>たぷろうさん。

内野はゆくゆくは、文学座の先輩の江守のように、演出や脚本を
手がけていくのだろうなんて、勝手に思い込んでいたけれど、
「ないない」とか「そういうエネルギーがあったら役者に注ぎ込ん
でいきたいタイプ」と言い切ってますね〜
「サイドビジネスというか、保険を用意するってことはない」だって。
ますます惚!だ。



2004年12月22日(水) 雑談

ある席で、カトリック系の学校の理事長をされている知人と話を
している折に、私の友人でもあるシスターのことを「あの尼さんは
頑固で頑固で」と、もうとっても苦手だというようなお顔でぼやかれ
たので、可笑しくて声をたてて笑ってしまった。

察するに、お受験関係についてはなかなか融通が利かないという
ことを、暗に仄めかしていらしたのかもしれない。別に私はお頼み
になんか伺うつもりはないのに、予防線を張られたのかな。

この理事長は、かつて私が勤めていた企業の役員でもいらして、
小まめの小学校を探している時に「ここはどうか」と、ご自分が
理事長をされている学校を薦めてくださったのだ。
若い頃には、叔母との縁談話などもあったと漏れ聞いていたので、
ちょこっとその叔母の話などもすると、「○○の葬儀の時にお姿を
拝見しましたよ」とおっしゃった。
○○の葬儀とは、ついこの間のことではないか。。
へ〜えと思ってしまった。


2004年12月17日(金) 聖劇

降誕祭を間近にして思い出したのが、幼稚園で聖劇をした時のことだ。
聖劇というと、女の子は圧倒的にマリアさまや大天使ガブリエルを、演
じたいのだと思う。
私だってマリアさまは無理でも、百合の花を手に持ってマリアさまに
お告げをする大天使ガブリエルの役をしてみたかった。



ところが振り当てられたのは、宿屋の女将であった。
部屋を請うヨゼフとマリアを「部屋はひとつも空いてないよ」と、冷たく
突き放すのである。
が、身重のマリアをチラリと見て、今度は「馬小屋なら空いているよ」と
情けをかけてやるのだから、小意地が悪いのか多少は親切なのかはっ
きりしないけれど、やりがいのある役だと自覚したのかもしれない。
まさかぁ。このお稽古中は休まずに通ったと思う。

シスターはおっしゃるのだ。
「馬小屋なら空いているよ」の台詞を言い終わったら、後ろの方に身体
を向けて馬小屋がある方向を指で示せと。
これができなかった。
後ろを向くのが早すぎるとか、指している指の方向が違うとか(「ハムレ
ット」でのフォーティンブラスの小栗旬が指し示した指先が、曖昧に下を
むいていて笑える。。なんて言って悪かったかしら)、身体がロボットの
ようでぎこちないとか、シスターのダメだしは、くどくて真剣だった。

台詞を言いながら動作をするという行為が、こんなにも不自然になって
しまうものかと、5歳で思い知ったのである。まさかぁ。
思い知るもなにも、ただ自分自身に焦れてしまったことを覚えている。

それよりも、東方の博士役のマー君が着ていた衣装のマントが長すぎて、
裾をズルズル引きずって歩いているのを見ては「なんか違うなあ」と、感
じていた。
人のことは冷静に観察してしまういやらしさ。

そのうちマー君が、マントを自分の足で踏みつけたものだから、思いっき
り肩からずれて身動きできないでいるので「もうだらしないんだから」と
世話女房気取りで、顎下の紐をしっかり結んであげたりした。
するとマー君は「あっ!蝶々結びだ!」と、何故か感動してくれて、それ
からというもの、私はマー君の女王さまとして君臨することになったので
ある(笑)

このマー君、中学から米国に行ってしまったのだが、新進気鋭の建築家
として、あちらの雑誌に紹介されているのを見た時には、ヨヨッ!と驚い
てしまった。

小学校の時の聖劇では、その他大勢の天使の役だった。





2004年12月13日(月) 内野聖陽!トートよ!!

6日だった。足の上にこたつ板を落とし、あまりの痛さにだんご虫の
ように丸まって、しばらくうめいていたのは。
見事に骨折して倍に膨らみ疼いている指を、ギブスで固定しては
もらったが、これでは困るのだ。
内野トート詣でに行くのにヒールの靴が履けない。スニーカーも履け
ない。最近のつま先が細くなっている靴などどれも履けないのだ。

毎夜毎夜、ヤフオクを睨んでは落札して、手に入れた大事なチケット
数回分を無駄にするのは、命を絶てというのと同じことよ、などと
ぼやいている私に、家人が言った。

「一本ぐらいどうにでもなるだろ」

そう指の一本ぐらい。。なんだか非情なお言葉だけれど、えぇえぇ
そのとおりだ。
ギブスをはずして、己が足を靴先に何が何でも押し込めるまで、骨折
した指と隣の指との2本をテープでギュウギュウに締めあげて、あとは
痛みに堪えさえすればいいだけだ!

こんな状態で劇場に通い、ついに迎えた内野聖陽の楽日。
阪急インターナショナルの車寄せで、足を庇いながら車から降りると、
あら〜前を行くのは、またまた横浜気圧(11/7、11/21、12/5付日記
参照)ではないか。。
もう二人で笑いながらずっこけ合うしかなかった。
出演者でもないのに、開演の2時間前から呼吸を整えなくてはと、例
のごとくナイト&ディで食事をとった後ゆっくりくつろいで、いざ出陣っ
て、観るほうも気合が入ってしまうのだった。

今は、内野トートの表情を思い出しては、ドラゴンが火を噴く時のよう
だったなとニンマリ。
スポットに照らされた手の指を思い出しては、妖しくて艶かしくて困っ
ちゃうなとニンマリ。
前髪ハラハラを思い浮かべては、あんな犬がいたっけとまたニンマリ。
さらに、馬車に両手をついて左足を後ろに蹴り上げ、くるっと回って
馬車に飛び乗る動作を私もしてみたくて、テーブルを馬車に仕立てて
内野トートの真似をしては、家の者達に見せてあげているのだ。

私ちょっと歩き方が内野トートに似てきてない?と、小まめに訊いた
りしては、あきれられている。



'04版のCDなども買って。。
心がグラグラに湧き上がり煮えたぎっちゃっている。



2004年12月08日(水) さやかへ

発信先は出会い系あたりだろうが、最近の迷惑メールって、
こんなのばかりですね。


☆☆
翔太くん、あの夜の事覚えてますか?
あれから全然連絡とかくれないから心配になってメール
したんだけど…
私たち、またあの頃の関係に戻れないかな?
お返事ください。待ってます。   
 
さやかより
☆☆

さやかみたいな女は嫌いだ。
連絡のない翔太に未練がましく「戻れないかな」とか
「お返事下さい」だなんて。
あの夜は、翔太にとって悪夢でしかなかったのだよ。

こんなさやかに騙されてフラフラ〜と返信してしまう人だって
いるのだろう?
返信すると、どんな事態になるのだろうか。。





2004年12月05日(日) なぜなの。。内野聖陽トートに

それまで浴びていたスポットが消えても、闇の中に感じる後姿と
息づかいは、黄泉の帝王その人のものだ。
初演の時も再演の時も、私の中にこれといった変化は起こらなかっ
たのに、なぜかこの三たび目の公演で、とうとうネバネバのねちっ
こい糸に絡み取られてしまった、私のはぁ〜と。

公演後半のチケットは、楽以外まったく用意していなかったので、
もっぱらオークションで定価の2倍、3倍、。。う〜ん、せめてここまで
で落札できたチケットでの内野トート詣だなんて、どうした私。
横浜気圧を笑っている場合ではなくなった。。(11月7日付日記参照)

ええっ!2列目の座席でオペラグラスを覗いてしまうのって、どうなの
だろう。私にはそんな勇気はないけれど、みんなあの視線に舐めて
もらいたいのだな。


と、ふわふわと黄泉の世界を漂い気分で乗った帰りの近鉄電車で、
母娘とお祖母ちゃんの三人連れを見た途端、あっけに取られて現実
に引き戻されてしまった。
娘は小学生だったが、この三人、座席に座るやいなや、母親が抱え
ていたケーキの箱からシュークリームを取り出し、娘と祖母に渡して、
自分も他の乗客の視線を気にするふうもなく、当たり前のように大口
を開けて食べ始めたのだ。
そして、他人が見ているところでクリームにまみれた親指、人差し指、
中指を、順番に堂々と口にくわえて舐めるという丁寧さ。

この間は、メロンパンを食べている母娘がいた。
この娘達が親になった時には、もちろん自分の子供にもためらうこと
なく、電車の中で物を食べさすだろう。

子供にマナーを教えたくない母親がいるということが、不思議でなら
ない。それ以前の問題か。親にも、さらにその親にとっても、マナー
など知ったこっちゃ無いのだろう。




2004年12月03日(金) blog デビューのご挨拶。

blogをスタートさせました。
なんだか、流行り物を取り敢えずは手にとってみたけれど、
使い道をまったく考えていなかったので、もっか思案中と
でもいったところでしょうか。
それに、blogの目玉であるトラックバックもコメントも、
はずしてあります。
しばらくは試行錯誤が続くと思いますが、よろしくお願い
いたします。

http://blog.drecom.jp/enishida/


ユキちゃんは二個のテニスボールのうち、一個はお口にくわえ
もう一個は片手で転がしたりして(それも自分でわざと遠くの方
へ転がしてみて、急いで捕らえに行ったりする。一人サッカー
のつもりらしい)巧みに操り、飽きることなく遊んでいる。



ためしに、ボールをもう一個渡してみたら、本人は二個を同時に、
口にくわえたい気力まんまんだったが、どうしてもうまくいかず、
とうとう癇癪をおこして、ボールに向かってキャン!ギャン!
わめいていた。

私としては、ビリヤードのようにこちらのボールを手で突いて転がし
、向こうにあるボールにあててごらんと教えたいのだ。
さらには、はじかれたボールがコロコロと転がって、もう一個のボール
にあたれば最高!
これができたら、京大の霊長類研究所にいるチンパンジーのアイちゃ
ん並の頭脳だ、と私一人が燃えているだけで、ユキちゃんてば頭の中
がコンガラガッテしまったのか、キョトンとしているのだった。

アイちゃんのHP
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/


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