CORKSCREW Diaries(米国編)
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2006年05月01日(月) アメリカで暮らすと言うこと(20日目)


寮に引っ越してきてネットの申し込みをしたのに使えない!
そんなことから今週は始まった。
昼間にネットワークのラボに行って事情を再度説明すると、
「直しておいたから繋がるはずだよ」と言われ、
試してみるとようやく繋がった。やれやれ。

そして僕の契約した電話番号は直前まで誰かが使っていたのか、
それともはたまた電話に出た僕のアクセントで外国人とバレたのか、
いたずら電話が一日一回はかかってくる。
ウチのチューター(個人レッスンをしてくれるヒト)が撃退してくれた。
そんで携帯会社にナンバーブロックをしてくれと依頼に行ったのだったが、
番号を変えるか、警察に訴えるかするしかないとのこと。
シャクに障るので番号変更はしない。
が、またかかってきたので日本語で卑猥な言葉を散々言って、電話を切ってやった。
またかかってきたので今度はスピーカーの側で大音量で音楽をかけてやった。
ああ、逆に訴えられたらどうしよう。
何と言うかそれもまたアメリカ。
我々は東洋人でマイノリティなんだなあ、と実感。

それから、
大学の設備であるプールを使用すべく、
プールのある施設に行ってみたのだが、
お金をまずは払えと言われ、
そして払いに行ってからどういうシステムになっているのか聞いてみたら、
それはヘルプデスクに行って聞けと言われ、
ヘルプデスクへ行ったら、
ここに電話しろと言われ、
電話したら速くて何言ってるのか分からなくて、
先方もそれを感じたのか、事務所に直接来てくださいと言われたのだが、
さすがに限界を感じて買い物に行ったのであった。

自転車20分こいでウォルマートに出かけ、
欲しかったラグマットが10ドルなんかで売られているので喜んで購入。
しかし、アメリカのスーパーはでかすぎて何が何処にあるのかよく分からない。
買いたいものが存在しない。
僕が買いたいものはそんなものじゃないんだ。
ってまあ、聞けばいいんだけど、
英語、通じないんだよなあ。はあ。
最後の最後に、自動のレジで支払いを済ませようとして、
そこでどうしてもうまく行かなくって、
結局全てを元に戻して有人レジに行った。
・・・有人レジは激しく進みが遅い。
アメリカ人はレジ打ちのおばちゃんがにこにこして「How are you?」なんて聞きながら、
チャットするのだ。たとえ知り合いじゃなくても客とするのだ。
そんなことはどうでもいい。
早くレジを進めろ。
ソコの客、チェックブックなんて切ってるんじゃねえ。
(※チェックブックってのは銀行の小切手帳のこと。小額の支払いに使用する。)
大体なんだチェックブックって?
そんなん見たことねえぞ俺。
大体俺は今から20分かけて帰らなきゃならないんだよ。
自転車で。。。

とココロの叫びがあったかどうかはともかくとして、
ヨーロッパでも似たようなものであったのだった。
どんだけ人がいても別のレジ開けないし。
まあアメリカは車で買いに来て大量に買っていくから始末が悪いのである。


かくして随分と日が傾いたボーズマンの街を、
どでかいラグを自転車に引っかけ、
マウンテンバイクで荷物を運ぶなんて無茶だなんて思いつつ、
死にかけながら帰ったのであった。
特にリュックに背負ったビール6本が効いたのであった。
自転車なんかで行くもんじゃない、ウォルマート。
やっぱり車が必要だ。


しかし、ブルームーンなるエールビールを飲みながら、
パスタを茹でて食べると、
機嫌なんて直っちゃうから不思議。
なんて現金な僕。
ビールとパスタと来たら次はサンドイッチだ☆





2006年04月30日(日) 今日で人を愛せるのは人生最後だって思って生きれたら(19日目)


きっと優しくなれるから
一生分毎日愛せるから


野田洋次郎の詞は相変わらず時々ココロにグサッと来るよね。
ラッドは元気かな?
聴いている音楽で。このヒトとトモダチになれそうな気がするかどうか、
分かると言っても過言ではないような気がする。
来年こそはカルト宗教学会総決起集会にまた行こう。
ハイネケンを死ぬほど呑もう。
ゴージャス姉妹は一緒に来てくれるかしら。


今日も酒が美味い。
2週間の禁酒生活を明けてウォルマートでスーパーバイザーに頼んで買ってもらった(身分証明書が必要なのである)思い出のハイネケンを呑みつつ記す。
高地ボーズマンは乾燥していて、洗濯物が半日経たずに乾く。
そんな土地だからすぐ喉が渇く。
喉が渇いたらビールが美味い。
悪魔のデフレスパイラルだ。
禁セックスはいつ解けるかは全く以て未定だが。
まあこればっかりは相手の問題があるからなあ。

セメスターの終わりと言うことで、
来週水曜日から5連休と言うことになった。
言うのが遅い!
と思ったりもしたが、
此処は素直に喜んでシアトルに行くことへ。
ふっふっふ。ちょうどマリナーズは、ホームゲームなのだ。
(絶対日本のGWに合わせてるよね)



2006年04月29日(土) あたしのお城へようこそ(18日目)


ようやく寮生活が始まった。
ありえへん! と言うぐらい広い部屋で、
家具が全然無い僕にとってはすごくだだっ広いだけの部屋。
でもとても素敵な僕の城。
これから半年間よろしくね。
短い間だけど何だかとっても嬉しい。
あの家賃1,309円の広さ4.5畳の藤が丘寮を思い出すと雲泥の差だ。

大学で出会ったヘンなアメリカ人、マシューに手伝ってもらって記念撮影。
最初の海外生活は本格的に此処から開始だ。


倉庫にあった物を分配するドラフト会議があったのだけど、
僕はドラフト1位でHPのプリンタ、
2位で掃除機を指名。
プリンタと掃除機は他に無かったと言うのが理由だけど果たしてどうだったかは分からない。

もう少し家具を増やすかどうかは考え中。
後はスピーカが欲しい。
何か買いに行かなければ。



2006年04月28日(金) 宗教論争(17日目)




いよいよ週末から寮生活が始まる。
今まで隣町でホームステイしていたお陰で、
メシは美味だったものの、何かと行動が出来なくて面倒だったが、
これでようやく自由が手に入る。
しかし何もしなければ意味はない。
勝負はこれから。
あんまり逆転裁判ばかりやらないようにしよう。

ウチのホームステイメイトはルームシェアをするらしい。
紹介されたのはインド人の女の子で、
やった! カレーパーティーだ! インドカレーだ! 万歳! 招待して!
と無邪気に喜んだその他大勢であったが。
その帰りの車で、宗教論争は起こった訳である(大袈裟だけど)


うちのおかんのカレンはいい人なんだけど、
どうもキリスト教のことになるとミサカイが無くなるのが玉に瑕で、
帰りの車でインドの宗教の輪廻転生の話になり、
ウチのホームメイトが、
「私は輪廻転生を信じる」って答えたのが気に入らなかったらしく、
そっから延々とキリスト教の話になったのである。
ベラベラ話していたから全然聞き取れなかったのだが、
聞き取れた部分を繋ぎ合わせると、
「ブッダは生まれたときには人で、死んで神になったのだが、
 それはおかしいのではないか。
 (どうやらイエス・キリストは最初から神の子だったと言いたいらしい)」
とかとかとかなんだけど、
全く以て悔しいのだがあまり反論できなかった。
大体キミタチのご先祖様であるローマ帝国だって多神教ではなかったじゃないか。カエサルもアウグゥストゥスも神になったじゃないか。
それはどうなのだとか多少反論したが、
もう少し英語が達者なら本当に論争して叩きのめしたかった、実はちょっと。
ホームメイトは後ろの席で寝ていた。ズルいっ。そっちがフッたネタなのに。


まあ、その後カレンは謝ってくれたしそれは別にいいのだが、
宗教に関しては何も考えていない典型的日本人の僕だけど、
日本人で良かったなあと思う。
宗教だけでなく色んなものに寛容なのが日本人だ。
キリスト教も仏教も神道もイスラム教もゾロアスター教も別に何でも来いだ。
さすがにオウム真理教とかは困るけど。
特定の宗教を非難したりすることは無い。
ま、関心もあまりないんだけど。
僕は別に他国の宗教に対してどうこう言う気は無い。
それぞれに尊重すれば良いと思っている。
別に理解しろとか言うんじゃない。
ただそこに、そういうものがあって、それを尊重しさえすればいいんだ。
人の心の中に神はいる。
それが何であろうと、別にいいじゃないか。


カルチャーショックと言えばカルチャーショックだった。
古き良きアメリカのご婦人って言う感じの女性です。カレンは。
真面目だし、保守的なんだろうな。
そう言えば「ダ・ヴィンチ コード」についても批判していたのを思い出した。
何でもありの日本人たれ。
これがウチの大ボスが言っていたことなんだなあって、
今更ながらに気がついた。
アメリカ生活は、まだ、始まったばかり。




2006年04月27日(木) なんてつらいんだ ひとりぼっちを受け入れて涙が流れた(16日目)


こっちに来てから一番良く聴いているのは木村のアルバムだったりして、
その中でも「YOU」が一番好きだったりする。
サクサクで聴いたときには大して好きじゃなかったんだけどな。
あれ、これって既出だったっけ?
既視感が。。。
それでもまあいいんだ。


僕は自分の身を削ってネタにするタイプの物書きであるから、
自分のやらかした不始末についてネタにすること自体は全く問題はない。
自分の身に起こった出来事について、エッセイを書けと言われたから、
10年前に起こったフィリピン遭難事件のことを書こうと思って、
それを英文に起こしたのだった。
書けば書くほど自分の中のイメージが文になっていくのは面白い。
それをしっかり推敲せずにそのまま使っちゃうのはどうかと思うけど。


折角書いた文章だったけれども、
授業で使わなかったからうちの個人教師に見せたけど、
目茶目茶修正された。。。
ショックと言えばショックだけど、
アメリカ人は簡潔に文章を校正することを由としている。
だからポイントは絞らねばなるまい。
特にプレゼンテーションでは。
長いプレゼンはダレるのだ。
と言うことを肝に銘じなければならない。


だから日記を英文に切り替えるべきだよな、きっと。
とは思うのであるが、
やはり自分が最終的に言いたいことは日本語じゃないと書けない気はするのだ。


まあだけど頑張ります。
とりあえず。


作成した文章はまたアップしますよ。
請うご期待。(誰も期待してなさそうだけど)




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