CORKSCREW Diaries(米国編)
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2001年09月18日(火) 003 DRIVER'S HIGH


2001/09/18 Akureyri~Myvatn~Akureyri~Reykjavik

アイスランドに来て二日目。
最初の夜は疲れもあってかぐっすり眠ることが出来た。しかし何と言ってもここアイスランドと日本の間では9時間もの時差がある。六時半ごろには目が覚めてしまった。日本だったらお昼の三時である。まあ当たり前なのかな? 朝が遅い?アイスランドでは、当然こんな時間では誰も起きていない。ううむ、朝食は一体何時からなんだろう? 今日は何せ周辺を見て回った後レイキャヴィークまで戻らねばならないというのに。

・・・朝食は8時過ぎからだった。
昨日は疲れすぎて朝食時間とか聞く気力すらなかったから仕方ないか。
でも案外遅いような気はするな。
朝食は、コンチネンタル・ブレックファスト。
トーストに、ジャムやチーズが並ぶ。
コーヒー、紅茶は、勿論飲み放題だ。

泊まった宿はゲストハウス。
一般のご家庭を旅行客に向けて開放したようなところだった。
だから朝食もなんだか一般家庭の朝食みたい。
お風呂もトイレも共同使用だったけど、清潔に整備されてるいい宿だった。
朝食はとても美味しかった。ヨーロッパの朝食は総じて美味しい。
なんだかコーヒーも紅茶も一味違うのだ。普段はそんなにしっかり朝食をとらない僕だが、今回の旅はたっぷりと朝食を楽しめた。と言うか、今回の旅は常に朝食が一番美味しかったのである。

スケジュールとしては今日が一番ハードな日になりそうだったので、早出をしたかったのだが、なんだかんだで時間はもう9時半ぐらいになってしまっていた。
今日の予定は、ここアークレイリの街から東に100km程の所にあるミンヴァートン湖まで行くこと。風光明媚なところで、近くにはアイスランド有数の地熱地帯ナウマヒヤットルがあるのだ。ミンヴァートン湖まではアークレイリから片道100km近くある。最低でも1時間は見ておいたほうがいい距離だ。

そして荒野を僕らはひた走る。東に東に走る。
外の天気は、残念ながら余り良くはなかった。小雨とは言え雨が降っている。車の移動だからそれ程は気にはならないが、運転にも多少は気を遣うし、降りて周りを歩くのも大変だ。そして、やっぱり天気が悪いと景色がどうしても見えにくい。遠くまで見渡せないのだ。

それでも車を一時間半ぐらいで、ミンヴァートン湖が見えてきた。
美しい湖だ。火山が近くにあるから、これだけの高緯度にありながら、冬でも凍らないと言う。その火山の作り出した地熱地帯、ナウマヒヤットルへ向かう。ミンヴァートン湖のすぐ東側なのだ。

ナウマヒヤットルの遠景はすごかった。もくもくと蒸気を出しているところが何ヶ所もあるのだ。そして地下からぶくぶくと溶岩を吹き上げている姿がありありと分かる。硫黄の匂いが強烈に漂い、そして草一本生えていない。そんな場所だった。とっさに僕は、アニメ「妖怪人間」を思いだしてしまったのだが、まさしくそこは、妖怪人間を生み出したところのような場所だった。世界の果てに来たことを、またしても実感したのだった。

それからミンヴァートン湖を一周して、再びアークレイリへ戻る道のりに入る。実はミンヴァートン湖周辺にはもっともっと見どころがあったらしいのである。2500年前に出来たクレーターとか、アイスランドで最も美しいゴーザフォスの滝とか、今日中にレイキャヴィークまで戻らなければならないのでカットされてしまった。特に滝。川上はんはナウマヒヤットルに夢中で、滝の方は見る価値なし!と歯牙にもかけなかったが、ここは寄っていくべきだった〜。あ〜あ、もうちょっとアイスランドの予定を、人任せにせずに自分も調べておけばよかった〜。とゴーザフォスの滝に関しては思ったのであった。

しかしただでさえ時間が無いのに、間違った道を進んでしまったみたいで、50km分ぐらいロスしてしまう。3・40分はロス。これは痛い。気付いたときにはもう遅く、引き返すことは出来ない状態だったのだ。一体どこで標識を見落としたのか? と後悔しても遅いんだけど、外国ではこれが怖い。ちょっとナビゲーター失格だな。

おかげでアークレイリの街に戻ってきたのは午後2時過ぎになってしまった。でもまあなんとかレイキャヴィークには帰れるだろう。道は昨日と同じだし、日没時間も分かっている。まあ、8時ぐらいに着けばいいのだ。

すっかり遅くなってしまった昼食をとるためアークレイリの街を歩く。まずはインフォメーションで今夜の宿の予約を入れる。レイキャヴィークに辿り着けさえすれば後は何とかなる。昨日のゲストハウスが予想以上に良かったので、今日の晩もユースホステルじゃなくてゲストハウスにすることに。値段的には一人4000円弱程の予算で泊まれるのだ。部屋に風呂やトイレは付いていないが、そんなに不便なものじゃない。しかもとても清潔感溢れていた。下手なホテルより絶対いい。ゲストハウスの清潔さだけでもこの国の生活水準の高さがうかがえた。

時間がとにかく無かったから、アークレイリの街をゆっくり歩くことは出来なかったが、こぢんまりとした素敵な街だった。昼食はちょっと贅沢にレストランで食べる。川上はんはロブスターのグラタン。僕はサーモンのムニエルだ。味はなかなかのものだったっけど、やっぱり鮭は塩ジャケに限る。などと不遜なことを思ってしまった。ここ最近、特に韓国に旅行しているときなんかは、日本料理を食べたいなどと思ったことは一度もなかったのだが、ヨーロッパはさすがに和食が懐かしい。と言うか、米の飯が食べたくてたまらないのである。値段は高い! ちょっとしたものにも関わらず2000円ぐらいする。日本だったら1000円ぐらいだろう。大体マクドナルドが日本よりも高い国は初めてだ。僕は物価水準をビックマックセットの値段で比べてみるんだけど、ここは700円ぐらい! ちなみに・・・
香港では200円
韓国では300円
シンガポールでは350円
オーストラリアでは400円
ロンドンは600円
って感じで〜す。ね、高いでしょう? 
そして帰りにはHOTEL BJORKなるホテルの前で写真撮影。ちなみに歌手のビョークとは全然関係ないと思われる(たぶん)
BJORKって結構アイスランドでは珍しくない姓なのかな?


さてさてそんなんでアークレイリを出たのは、もうすぐで午後三時半になろうかという時間。レイキャヴィークまでは5時間は見ておいたほうがいい。ってことは着くのは8時半頃の予定。まあ日が完全に暮れるのは8時を回ったぐらいだから、何とかなるさって思ってたけど。さあ、ここからは今日初めて僕が運転! 日没前に帰らなきゃ! と気合いが入る。基本的に同じ道だから、注意するべきなのは昨日横滑りに一回転したあのポイントだけだ。後はひたすら、走るだけ。行くぜ〜!!!

・・・僕は案外走り屋さんなのかもしれない。
何もない道を走るのがこんなに楽しいとは思わなかった。道中の平均時速は100km!(トリップメータで調べた) 一旦停止したときの初速も勿論含んでるからこれ、まさにクレイジー。カーブだろうがなんだろうがスピード落とさず、普段は120km/h そして気付いたときにはMAX160km/hを越えていた・・・ 佐々木のボールを越えた! なんて感動。スピードオーバー何キロなんだろう? アイスランドだから出来るこの芸当。まさかネズミ取りなんてやってねえだろうし。DRIVERユS HIGH! ってさすがにこれだけのスピードで走ると怖いんだけどね。日本じゃ、こんなこと出来ないだろうね。すげえ、貴重だった。それにしても一日600kmも走ってる外国人って一体・・・ まあ道中信号が一個も無かったから良かったんだけど。

ひたすら走りまくったおかげで(道中写真を撮りながら)400kmをなんと4時間半で走破に成功! レイキャヴィーク市内に8時前に辿り着けてしまった。400kmって直線距離で京都-東京ぐらいでねえの? またアホな伝説を作ってしまった。

今宵の宿はGuesthouse Svala アイスランド最大の教会であるハルグリムス教会のすぐ側にあるゲストハウスだ。白い建物の、これまた清潔な宿だった。アイスランドって国は駐車違反に甘い国らしく、自動車はほとんど路上に置いてある。僕らの車も宿の側の路上に置いておくようにご主人に言われた。まあ確かに、本州の半分ぐらいの大きさに、人口27万人しか住んでいないんだもんね。人口密度は低いよね〜。羨ましいの一言に尽きる。

夕食はレイキャヴィーク市内で。
昼間にちょっといいものを食べてしまったので、多少は軽いものをと思っていたがあんまり無い。たまたま入った店で鴨入りヌードルスープを食べたのだけど、なんか麺って言うより春雨みたいなもんだったし、でどっちかって言うと結構和風な味付け。温まったし、美味だったけど、なんとなく??? という感じ。この日は珍しく夕食でビールを飲み、そして宿に帰って寝たのでありました。

・・・書くの忘れてた! 
そうそう、レイキャヴィーク市内では普通のご家庭でもお湯の方の蛇口をひねったら温泉のお湯が出るのだ。そして硫黄の匂いがぷ〜んって漂うんだよ〜。だからこの街の人は毎日温泉に入っているって訳。羨ましい! 世界第二位の長寿国を保っている秘訣は、こういうところがあるんだろうな。
やっぱりアイスランド最高!
それでは、おやすみなさい。







2001年09月17日(月) 002 HIGHWAY 01


 少し遅れて飛行機はアイスランドに到着した。日本を発ってから丸24時間。僕らは移動にそれだけ費やしたことになる。いよいよ、世界の果てまで僕らはやって来たのだ。

 ケフラヴィーク国際空港は予想以上に小さい空港だった。名古屋空港の方が余程大きい。レイキャヴィークからして人口10万人しか無いのだから仕方ないのかもしれないが。

当然、日本人の姿は見当たらない。日本人どころか東洋人の姿すら見当たらない。そんな中、黒髪の(多少染めてはいるが)我々の姿は異様に目立つ。さすがにじろじろ見られたりすることは無かったと思うが。
そして入国審査はあっさりと終了した。コペンハーゲンで厳重に審査されてるからまあこんなもんなのだろうか。税関(らしきもの)でパスポートを見せるように言われ、見せたら、もうOKだった。「君たちは何処から来たのかね?」 と聞かれ、「日本だ」と答えたら、「うーん、そうかそうか」と頷いていたけど、日本って何処か分かってんのかな〜? ちょっと疑問だ。
 
空港でしなければならないことは、まずはインフォメーションにて地図を入手することだった。なんせアイスランドに関する情報は非常に少ないのだ。情報を得ることが先決だった。今日の一応の目的は、車をレンタルして北方の街アークレイリに向かうこと。距離は400km。片道5時間かかる。ただこの日のうちにアークレイリに辿り着きさえすれば、明日以降の予定が大分楽になるのだ。
インフォメーションの人の話によると、
「アークレイリ? 5・6時間はかかるぞ、君たち正気かね?」
長旅だが混み混みの飛行機であんまり寝られていない。それに、そんなに簡単に車が借りられるかも分からなかったので、一度引き下がり、まずはレンタカーをあたってみることに。

が、・・・車はあっさり借りられた。
とにかく一番安いやつで、遠くまで行くから距離の制限の無いやつで!
(向こうの国は基本的には距離に応じて値段が加算されるらしい)って注文を出したところ、三日間で19800isk-25000yenってところで借りられた。
思ったよりも安い! アイスランドは物価が超高いと聞いていたのでこれはラッキーだった。
ちなみに、車種はトヨタのYARIS、そう、ヴィッツの欧州ブランド名だ。
アイスランドまで来てトヨタかよ〜なんて思うはずも無い。
だってヴィッツの基本性能の良さは重々承知しているからね。
ちなみに、アイスランドでは、割合が半分以上を占めるぐらいじゃないかって言うぐらい日本車が多かった。トヨタ、日産、本田、三菱、スバル。ディーラーも日本メーカーのものが一杯あった。ロンドンではそれ程でもなかったけど、アイスランドは多かったな〜。あと現代の車も結構見たな〜。やっぱり過酷な環境だからね、基本性能の良い日本車が好まれるのだろうか。

無事に車を借りることに成功したので、思いきってアークレイリまで行くことに。 ということで今夜泊まる宿の予約だけはインフォメーションで入れておく。アークレイリに着くのは早くても7時。勿論その時間帯にはあちらの街のインフォメーションはすでに閉まっているだろうから。宿のあてなんて勿論無い。BOOKING FEEが500ISKかかるが、今晩の宿さえ確保しておけばとりあえず安心だ。勿論、無事に着けるかどうかは分からないんだけど。

と、ここまではとんとん拍子にはコトが進んでいる。
車は借りたし、宿も確保した。宿はともかく車が無事に借りられるか、借りられたとして安く上げられるのかは僕らにとって一番の懸念されていたことで、この問題がクリアーされた時点で僕らの旅の成功はもう約束されたようなもんだ!
そして僕らはレイキャヴィークの街に向かう。
眼下に広がるのは火山岩におおわれた荒涼たる大地。生えているものは苔のみだ。草や木も全く見られない。遠くに見える海岸に波が激しく打ち寄せている。まさしく世界の果て!!!! しかし凄いところに来てしまった。 


だがしかし物事はそこまで順調に進まなかったのである。
道に迷ってしまったのだ。
時間に余裕がなかったこともあり、地図の確認はおおまかなところでしか出来なかった。とりあえずは、国道1号線に入らなければならなかったんだけれども、どうも曲がる標識を見落としていたらしい。結局、レイキャヴィーク市内で迷い混んでしまう。現在位置が何処なのか、さっぱり分からない。後から考えると、レイキャヴィークは小さな街なんだから、間違えようが無かったんだけれども、やっぱり初めての土地は、ね。途中で2回ぐらい道を聞いて、やっとのことで正しい道に入ることが出来た。アイスランドの人は、英語は全然問題なく話せるみたいで良かった〜。 とても礼儀正しく親切に教えてくれました。しかし僕らがアークレイリまで今から行くと言うと、「本当かね君、あそこは滅茶滅茶遠いんだよ、大丈夫かね」と不思議そうにこのcrazy JAPANESEをみつめたのでした。そんで結構不安になってしまったのです。でも宿の予約は取ってしまったし、もう道を間違えるのは許されないぞ、と。言う感じ。


そうそう、アイスランドは車は右側通行。
ということで、当然、左ハンドル! ついでに言うと、オートマなんてものは無いのであります。僕は日本でもミッションなんて車はここ2年ばかり運転していない。まあ当然のごとく、まずは川上はんが運転していくのであった。だけど途中からもう、じぶんでたまんなく運転してみたくなるんだよね。
だって道はHIGHWAY。レイキャヴィークを出てから、信号なんてものは一個も無いのだもの。地平線の彼方まで延々と続いていく道を、僕らは進んでいくのだ。高い山の間をすり抜けて、いくつもの湖を河を越えていく。小さな街も越えていく。アイスランドの大地に森は無い。あるのは大地だ。びっしりと苔の生えた大地。不毛の大地。どれだけぼーっと見つめても全く飽きることが無い。こんな体験、初めてだった。そしてその感動は、アイスランドを去るまで続くのだった。運転を交代した僕は、HIGHWAYを突き進む。さすがはベストセラーVITZ、ものすごく運転はしやすい。しかも燃費は抜群だった。おまけにCDが標準装備されていた。でも、掛ける音楽はなぜかJAPANESE。洋楽も持っていったけど圧倒的に数は少なかったので。




遠く遠く彼方へ道は いつまでも ただ伸びているよ
oh その先へ向けて
KEYを片手に飛び乗った車はいつでも発進OK!
さぁ飛び出して行こう

遠くへまた遠くへとずっと
進んではそして超えていって
僕らは何か見つけるんだな

from「HIGHWAY 98」




快調に進んでいたそんな僕らを襲ったのは、運転を再び川上はんに返した直後のことだった。急に砂利道に変わった道路でのことだった。それまで100km/hで飛ばしていた車が、砂利道に入った瞬間、コントロール不能! 砂利道に足を取られてしまったらしい。水平に一回転した後、やっとのことで車は停止した。コースアウトする寸前だった。心臓、止まるかと思った。幸いにして、道からはみ出さずにすんだ上、車のダメージはそれ程無かった(様に見えた)ため、なんとか元通りの道に戻ることは出来たんだけど、荒野のど真ん中で車が故障して動かなってしまっていたら・・・考えただけでも心が寒くなる一瞬だった。
どうやら、速度減の標識は出ていたらしいが、砂利道になる標識を見落としていたらしい。僕は助手席で速度減の標識には気付いていたものの、ドライバーに告げられなかった。どちらにしろ痛恨の見落としだった。まあ何事もなかったから良かったんだけど。

肝を冷やした僕らは、その後は、安全運転を心がける。目的地のアークレイリには後僅かだ。時刻は午後7時を回っていたが、外はまだまだ明るい。空港から5時間、無謀といえば無謀だけ。
ああCRAZY JAPANESEふたり。
極東の国日本からよくぞここまでやって来たもんだ。

午後八時過ぎ、やっとのことでアークレイリの街が見えてきた。
外はまだ明るかった。予約を入れていたゲストハウスも無事に見つかった。そして、晩ご飯、食べる様な余力もなく、ベッドで就寝。ひょっとしたらこの日はオーロラが見えたのかもしれない。だけど飛行機で24時間、車で6時間。もう僕にはオーロラを見るような体力なんて全く残されていなかった。その後、アイスランドの天候は今一つで、オーロラを見られるような条件は結局揃わなかったから、ちょっと惜しいことしたかもしれない。でもこの日僕らに必要なのは休息だった。僕は泥のように眠った。そう、夢を見ることもなく、僕はこの日はぐっすり眠ったのである。とてつもなく長かった一日は、こうして終わったのだった。





2001年09月16日(日) 001 WORLD END


001 WORLD END

アイスランドに行こう。そう言ったのは川上はんだった。
夏休みは欧州に行こうぜという話になっていたが、なかなか候補地が決定しなかった。
折角9日間も取れるのだから遠くに行かなければ勿体無い。
二人とも欧州は初めてだから、まあ最初は無難にロンドンとパリにでも・・・
と言うのはどうも無難すぎて面白味に欠けるような気がした。
そんな時に出てきたのが、「アイスランド」だった。
北極圏に近い国。火山と氷河の国。
日本で得られる情報はほとんど無い。
「地球の歩き方」でもアイスランドに割かれているページはごく僅かだ。
まさしく、世界の果て。しかしアイスランドはとても豊かな国だと言う。
素晴らしい。
本当に素晴らしい。
と僕は思った。
僕にはアイスランドに行くなんていう発想は全く出てこなかった。
ちょっとひねって、北欧なんて言う選択枝は見つかっていたものの、
アイスランドだけは無かった。
アイスランドに行こうと言った川上はんは凄い奴だ。
本気で僕は彼を尊敬する。
まさしくコペルニクス的発想の転換。
そう、アイスランドこそ、この僕が求めていたものだったのだ。

旅行はやっぱり個人旅行に限るって僕は思っている。
パックツアーは確かに楽だ。
それなりの効用は得られると思う。そう、8割ぐらいは。
個人旅行は違う。失敗したら大失敗に終わる。
けれども、上手く行ったらそれこそ150%のそんな効用が得られるのだ。
自分ですべて考え、決めて、行動するからそれだけのものを得られるのだ。
アイスランド紀行は、近年希に見るほどの大成功だった。
途中でさまざまな細かいミスとかも有ったけれども、
これほどすばらしい旅行が出来るとは思わなかった。
それは、ホテルも、レンタカーも、その日の行動もすべて自分たちで決めた。
お仕着せなんかではなく、自分で全て決めた。
少ない資料から、導き出した答えだ。
まあ細かいところは大体僕がやってたんだけど、
川上はんはアイスランドに行こうと言い出しただけで今回のMVPは決定。
それだけ、彼の発想は素晴らしかった。
僕の役目はその発想を具体的に実行することだ。
それも、旅のしやすい先進国と言うこともあってか、ほとんどすべてうまく行った。
自分で全て行動したから、かなり自信になった。
そう、それだけでも、今度の旅は良い経験だったと言える。


バンコク行きのタイ航空に乗るところから僕らの旅は始まった。
バンコク経由でまずはコペンハーゲンに行き、そしてそこからレイキャヴィークに向かうのだ。
なぜコペンハーゲンなんかでトランジットかと言えば、
コペンハーゲンで乗り継ぐのが一番効率よくアイスランドに到着が出来るから。
アイスランドは元デンマーク領だった、ってのはあるかもしれない。
長い長い飛行機の旅。世界の果てまで行くのだから、仕方が無いか。

バンコク行きのタイ航空は、日本航空との共同運航便と言うことで、毎日日替わりでJALとタイ航空の機体が交互で運行している。今回の行きは、運がいいことに、JALだった。
JAL! JALなんてもう二度と乗れないと思っていたが、まさかここでJALに乗れるとは・・・
ただ、機体は古かった。DC−10だもん。あんまり広くは無かったし。
まあ、さすがはJALだね。至れり尽くせり。当然の如く日本語は通じる。
バンコクまでは5時間。
テロの影響か、飛行機は空いていた。横になって寝ようとしたんだけど、やっぱり興奮してるからかな、あまりよくは寝られなかった。機内食は、鶏の唐揚げ。ご飯ものはもう欧州行ってしまったら食べられないだろうから、今ここで味わっておこうと思ったのだった。

そしてバンコクに到着。
ここまで5時間。5時間って言うのも長い! こんなに長い間飛行機に乗ったのも久しぶりだ。
しかしここからコペンハーゲンまではここまでの倍以上もあるのだ。
と思うと結構暗澹たる気分になった。長すぎる・・・

そして乗り換えだ。欧州行きのターミナルでは深夜と言うのに人でごった返していた。
隣のローマ行きには結構日本人が並んでいるが、こっちのコペンハーゲン行きには日本人はほとんどいない。大体バンコク−コペンハーゲンなんて言うマイナーな(あくまでイメージ)路線誰が乗るんじゃ!
と僕らはたかを括っていたのだった・・・

・・・が、それは甘かった! 飛行機はすし詰め状態でほぼ満席だったのだ。
空いた飛行機で横になって寝ながら行く! と言う僕の野望? はあっさり崩れ去った。
間抜けだ、あまりにも間抜けすぎる。
バンコク−コペンハーゲンなんてマイナーっぽいのにぃー!!!
と言う考えは実際に甘いみたいで、コペンハーゲンは北欧の玄関口として、結構重要な地位を占めているらしい。タイ航空とSAS(スカンジナビア航空)はスターアライアンスで業務提携もしているみたいで、バンコク−コペンハーゲン−北欧諸国と言うルートは結構あちらではメジャーなのかもしれない。
おそるべしコペンハーゲン。カールスバーグだけじゃなかったのね・・・

行きとは打って変わって今度は最新鋭の大きな飛行機だった。
が、搭乗時点で日本時間午前二時。もうかなりグロッキーになっていた。
早速夕食? が始まるが、当然そんなもの食べる気力など無い!
スチュワート(スチュワートなんてカンタス・オーストラリア航空以来久しぶりだわ)が
「おまえ本当に夕食食べないのかよ?」なんて聞いてきたけど。
ごめん、食べる気力なんて全く無かったわ。頭痛くて。
食欲魔神の僕がこんなんなるとは珍しい・・・それぐらいこのときはグロッキーだった。

しかし寝られない。
昔からスキーツアーのバスとかでも寝られなかった。
育ちがいいのさ、なんて嘘ぶいたりしてるけど、実際、横になんないと寝られないのだ。
今回は飛行機空いていないか期待したのはそのせい。
しかし飛行機はほぼ満席。しかも3つ並んだ席の窓側って言う身動きがきかないところに座ってしまった。辛い。結局数時間まどろむことしか出来なかった。どうしても座ったまま眠るって言うことって出来ないなって思う。

そうは言っても多少眠ることは出来た。
目を覚ましたとき、機体はイランかトルコの上空辺りを飛んでいるぐらいだったのだろうか。
空はまだ暗かった。
そして、星がとても綺麗に瞬いていた。
あんな綺麗な星空を見たのは、初めてかもしれない。
北斗七星・カシオペア・北極星 
遥か下の陸地では街の灯りがぼんやりと見える。
飛行機の翼の先では星が輝いている。
機内は数箇所のランプが点灯しているのを除いて静まり返っている。
アイスランドまでの道程は、まだまだ長いのだけれども、
この幻想的な光景を、僕は忘れることはないだろう。
それほどまでの綺麗な星空だった。


それから僕らは、機内で夜明けを迎えた。日本時間ではもうお昼過ぎだ。
なんだかとても不思議な感じがする。雲の上から見る朝焼け。
欧州は、もう目と鼻の先だ。


そして飛行機はコペンハーゲンに降りた。午前7時頃だ。天気は悪かった。外は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。欧州って、なんか曇りって言うイメージがある。まさにそんな感じだった。乗り換え時間が一番短い便を選んだものの、ここでの待ち時間は4時間近くある。
勿論、4時間ではコペンハーゲンの町に出るには短すぎる。
で、アイスランド航空のカウンターがどうもよく分からなかったため、
ひょっとしたら必要なかったのかもしれなかったのだが、デンマークに入国することに。
デンマークの入国審査官のおばさんは厳しかった。あれやこれやと聞かれた。こっちはたった3時間の滞在だって言うのに〜。ついでに言えば入国しなくても多分乗り換え自体は出来たんだよね〜。今思うとだけど。なんせ違う航空会社乗り継ぐの初めてだったもので・・・

でもコペンハーゲンの空港はなかなか素敵な空港だった。
造りがお洒落な感じで。なんかとてもモダンな空港だった。
ちょこっと空港の外に出てみたり、空港に直結している鉄道の駅に行ってみたり。
空港と鉄道が直結しているのは非常に便利だ。
アジアの空港は基本的にエアポートバスを使わなければならないのが不便。
渋滞とかに巻き込まれるとえらいことになるし、空港から市内に出るときどの辺で降りたらいいのかが非常に分かりにくい。鉄道が一番だね。って思う。
まあもっとも関空みたいに遠くにありすぎても困るが。

そしていよいよアイスランド行きの飛行機に乗り込む。
アイスランドに行くためにはアイスランド・エアーに乗るしかない。
独占企業だね。
だからかどうか分からないが、いきなり飛行機は出発が遅れた。おいおいおい。
やっぱり競争がないとダメなのかな〜。
だけどアイスランド航空、日本じゃマイナーだけど、北米や欧州各国から結構飛んでいるんだよね。言うほどマイナーではないのかもしれない。
だけどアイスランドに行く人ってどんな用事で行くんだろう?

コペンハーゲンからアイスランドまでは約3時間。
大阪からソウルに行くよりも遥かに遠い。さすが世界の果て!
日本を出発してから一体どれだけ時間が経ったんだろう。
そして眼下にアイスランドの大地が見えた! 遂にここまで僕らはやってきたのだ。
長旅の疲れはもう限界に達しようとしていたが、僕の頭の中では期待でいっぱいだった。
今回の旅は、どんな旅になるのだろうか。
丸一日かかってここまでやって来たけど、だけど、まだ旅は、始まったばかりなのだ。










2001年09月15日(土) この音楽を道標に


二日間のライブは無事に終わった。
詳しくはまたレポートに書くが、
感動した。
久しぶりに最初から最後まで力を抜かずに見た。
それだけのことをさせてくれるだけ、素晴らしかった。

忘れかけていたものを僕は思いだした。

例え飛行機が撃墜されようとも、悔いは決して無し。
マグマに飲み込まれようとも、悔いは無し。
昨日今日のメロディは、
道標として僕の中に刻み込まれた。

さあ始めようか天体観測。
オーロラを見に、行ってきます。
今度の旅は、僕に何を刻みつけてくれるんだろうか。




2001年09月13日(木) 日記で遺言


明日を終えたら遂に夏休み。
ライブ×ライブ×旅行と盛りだくさんな日々が僕を待ってる。
明日は、ライブ。
待ちに待ったライブ。
ずっと待ってた。
会いたかった。
まあ、8月に幸運にも行ってしまったので、
それ程のことはないんだけど。
でも、また会えるのは嬉しい。
年内にもう一度見られたらいいな。
なんて僕は思ってる。

そしてオーロラツアー。
待ちに待った旅行。
初の欧州行き。
飛行機飛ぶかちょっと心配だけど。
たぶん、大丈夫。
撃ち落とされたっていいさ。
旅の空で死ぬなら本望。
僕が死んで泣くような恋人がいるわけでもないし。



・・・もし帰ってこれなかったときの遺言。
この日記を読んでそうな人に送ります。


両親へ

今まで大変お世話になりました。
本当にお世話になりました。
今僕がこうして生きているのも、
無事暮らしているのも、
お父さんお母さんのおかげです。
生まれてきた悲劇を憎んだときもありましたが、
今は、感謝しています。


ロビン様
最近連絡しておらずごめんなさい。
うちのプレステ調子悪いけど使ってくんろ。

生臭坊主様
色々大変お世話になりました。
あんまり目茶ないで下さいね。

ゆみっぺさま
あんまり悩まないで下さいね。
幸せをお祈りしております。

Kセンパイ
アホやこいつと思って読んでんだろうな・・・
がしかし大マジ・・・いやあやっぱり冗談で書いております。


・・・何書いてんだかよく分からなくなってきました。
この遺言がどうか役に立ちませんように。


って日記はまだまだ続きます(たぶん)
とりあえずはライブのレポ書かないと。







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