ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2005年09月20日(火)
天保十二年のシェイクスピア
「天保十二年のシェイクスピア」を観る。 井上ひさし作、蜷川幸雄演出、歌って踊って演技した体育会系出演者は(醜悪役の)唐沢寿明、藤原竜也、篠原涼子、夏木マリ(お歯黒顔ド迫力!)、高橋惠子、勝村政信、木場勝己、吉田鋼太郎、壤晴彦・・・等々。劇画タッチなこの舞台、本来8時間かかるものを3時間40分に縮めたらしい。
さて、本編はといえば。 どこにも記載されていなかったが、全編にわたり完全なPG−18(年齢制限−18歳以上)指定舞台。もちろんエンターテインメントとして楽しんだし、なるほどと感じ入りもした。が、女郎屋同士の抗争という設定なので片側から見れば嫉妬、情念、人間の本質と深淵をえぐる、となるが、もう片側からいえば殺人、閨事と邪悪な俗っぽさの極みとなる。えぇっ?そこまでやる?!そんなに人殺しばかりしなくても・・・と、頭の中が「!?!!!??」となったのもホント。
この舞台に凝縮されているけれど、人の世はそういう歴史の積み重ねといえばそのとおり。多くの哲学者や偉人さんが言うように、人って罪深い生き物なんだな、うん。
2005年09月19日(月)
風を感じる
引越しをしたばかりの友人宅にお邪魔する。
今日はたぶん、とても暑い一日だったのだと思う。 昼すぎに東京駅に着いた時、そう感じた記憶がある。 そこからタクシーに乗ってすぐの友人宅は公園のまん前。 歓談していた3時間、部屋のエアコンはOFFのまま。 秋だなぁ〜、エアコンもいらないんだなんて感じていた。
帰宅後数人の友人からメールが入ったのだが、みなが一様に今日の暑さを記述していた。そこで初めて「暑い一日だった」ことを知る。自然の力は偉大だね。公園側窓から玄関に向かって吹き抜ける風があまりに心地よく「暑い」という感覚が皆無だったのだ。
2005年09月17日(土)
食べるマナーは難しい
打ち合わせの休憩中、クライアントと「仕事上の相手と食事すること」についてひとしきり話が盛り上がった。
一緒に仕事をして楽しい相手とは、早晩食事に行く。それが楽しければ、さらに食事や飲む回数が増える。その席では四方山話に混ざって仕事の話もされることになるだろう。踏み込みすぎない適度な近距離関係は仕事の潤滑油となる。逆に、どんなにいい仕事をしてくれる相手でも『百年の恋が冷める』ような食事の癖を見せられてしまうと、関係性が広がらなくなる。
話の中に出てきた「食事中の悪例」を挙げてみよう。
口をあけたまま音をたてて食べる人。 なんでもかんでも器やお茶碗を口につけて、箸でかっこむ人。 机に置いたままの器でこれをやられるとさらに悲しくなる。 ごはんつぶをお茶碗につけたまま食べ終わる人。 下品な話や悪口、陰口で不快感を与える人。 髪の毛が料理についても気にしない人。 スープやパスタで音を立ててしまう人。 お酒や料理の薀蓄を際限なく話し続ける人。 (箸をなめまくる)ねぶり箸をする人。 料理をつついてもてあそぶ人。 食べない人。
・・・・・・・・・枚挙にいとまがない。 食事時の癖は本人が気がついていない場合が多く、同席している者は、よほどの関係性がない限り指摘できない。かつ、同席していることが苦痛になってくる。
こんなことを書いている私だって、幾多の試練と失敗を乗り越えてきた。思い出すと冷や汗が出てしまいそうないたぁ〜いマナー違反も知らないとはいえやってのけた。いまだ修行中、日々自省をこめて、こういうことを伝えていたりするのだ。知って経験することは何にもまして強いわけで、とにかく鍛錬、鍛錬。
2005年09月15日(木)
秋はじめ
夏は過ぎ去る時を迎えたようで、朝からめっきり秋模様。 隣の庭には知らぬ間に秋の花々が開花を始めている。
考えてみると、関東の夏はとても短い。 初夏の気分を味わうやいなや梅雨、一ヵ月半ほど鬱蒼とした日々をやり過ごして夏だ!と思えば、あっという間に秋。 正味一ヶ月強の夏気分でしかないわけだから。
秋もそれなりにいいものだけれど、来年の夏に思いをめぐらせている自分の気の早さに苦笑する。とはいえ、まだ来ぬ夏を夢想ばかりはしていられない。この秋もイベントは盛りだくさん。今週末18日は中秋の名月。まずはお月見から、だね。
2005年09月13日(火)
出会いを待つ
昨夏引越しをした時にダイニングテーブルが壊れた。 壊れたものは仕方ないので廃棄。所詮二人だしそのうち買えばいいと、サブで使っていた小ぶりなローテーブルをリビングダイニングのど真ん中に据えた。来客の折、何度か買おう!と思い立ったのだが、受注生産のため6週間後納品とか売り切れなど、選ぶものがことごとく「すぐ買えない事情」に阻まれ、気がついたら一年経ってしまった。
大人4人が座ると狭いし、我が家の来客はみな地べたに座る生活に慣れていないようで、椅子に座らないことが苦痛な人たちが多いのだ。
本音はいいかげんにもう買いたいと思っている。だが、買えないのだ。長く毎日のように付き合う家具だし、なんといっても部屋の中心物。お気楽に決められないし、なかなか惚れる物に出会うこともない。従って、今日も明日も同じテーブルで甘んじる日々が、やっぱり続くことになる。
そろそろ踏ん切りをつけさせてくれる愛すべき一品に出会いたい!
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