ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年12月28日(日)
こんな夜もある
ビデオにとったままになっていたNHKのドラマを見た。 たまたま、以前から亡母に似ていると思っていた女優さんが 出ていた。ただ、その女優さんのドラマ内の役柄設定が まるで母そのもので、脚本家は母を知っていたのかとさえ 疑うほどだった。私は呆然とドラマの筋を追いながらも まるで母がそこにいるかのような錯覚に囚われて、 ぼうぼうと泣きじゃくった。悲しい、寂しいというより もう会えない筈の母に遭えて嬉しかったのだと思う。 泣きすぎて本当に疲れたのだけれど、泣くって 癒しなんだよなぁと、再認識。
たまーに、いわゆる偶然(必然なのかも)のいたずらで、 自分がこんなにも母を大好きなことを思い知らされる 出来事が起こる。一度は大嫌いだとさえ思ったはずなのに。 こんな偶然と、自分の心の成長に、ふいっと感謝する夜。
2003年12月26日(金)
幸せの共有
若い女性の憧れの店。横浜元町スタージュエリー本店。 毎年、12/25当日の売上すべてを国連児童基金(ユニセフ)に 寄付していることを、今年初めて知った。 幸せな気持ちの共有をするために、92年から始めたという。 消費扇動するための形式的行事になっているクリスマスだけれど なかなか悪くないものだね。 このニュースで、私も幸せをおすそわけしてもらった気がする。
2003年12月25日(木)
大事なものだからこそ
午前中、クリスマス当日であるにもかかわらず 妹分が仕事前に墓参りに来てくれた。 まだ二十代なのだが、なかなかよくできた娘である。
少し遅れたがその時に誕生日の贈り物を渡した。 毎年ではないが、彼女には私が若い頃に身に付けていた 指輪をあげることが多い。今年は、プラチナ台に大きな ハート型の水晶と小さなダイヤがついているもの。 私くらいの年になれば、こういうものはきっと 自分の子供に渡すものなのだろう。 私の場合、子供がいないからというわけだけではない。 物や道具は使われ愛されて、はじめて本来の魅力を発揮する。 であれば、後生大事にお蔵にしまっておくよりも、 道具を生かしてくれる相手に譲り使ってもらうことこそが 物への愛情だと信じているからなのだ。
なんて、かっこよさげなことを書いているが 単純にかわいい妹だからというだけの理由かもしれない。笑。
2003年12月24日(水)
予定変更
なにもない普通の日、のはずだった。 朝から発熱して病院。一日ぼーーーーっとしてしまった。 まだ、年内の仕事は終わっていない。 今夜は早く寝て、とっとと治そう。
2003年12月23日(火)
私のクリスマス
明日はイヴで明後日はクリスマス。であるが、私には普通の日。 日本に戻ってきてからはなおさら、街を飾る電飾もないし、 宗教色も目につかないし、パーティーの招待状もこないし。 いわば、新年へと続くたんなる通過点になってしまっている。
ある女友達は、小学校6年生までサンタクロースを信じていて 実在するしないで、同級生と大喧嘩までしたという。 毎年彼女のお父さんと、友人のお父さんとがサンタに扮して 持ち回りで相手の家にプレゼントを届けていたらしい。 なんともほほえましいやら、努力の賜物というか パパたちはすごい。
さて、私はサンタクロースを信じたことは一度もない。 両親に尋ねたことはあるかもしれないが、多分きっぱりと そんなものはいない、と真実を告げられたのだと推測する。 おかげでロマンチックな想像も出来ないし、イメージもない。 明日も普通に晩ご飯を食べて過ぎていく。 若い頃には便乗イベントをしていた気もするが、まったく そんなことをしなくなった自分が、けっこう好きだったりするのだ。
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