ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年09月08日(月)
本当に行きたい?
このごろ巷では生前葬をテーマにした コンセプトレストランが流行っているらしい。 これはジェネレーションの違いで済むことでなく 人間としての尊厳にまで及ぶ話だと思うのだが、 そんなところで食事をしたいという人々の気が知れない。 世間をあっといわせて成功したらそれでいいってのは、 なんともおそまつな話だ。 未来への想像力がとことん欠如している。
人の死を体験すること。 ゲームなどのバーチャルではあたりまえだし、映画もニュースも そんな話題ばかりなので情報としては事欠かない。 でも、それは体験や経験と呼べる代物じゃない。 感情を伴わない「人の死」が存在するわけがない。 人の命を軽んじ葬儀を遊びにしてしまうのは 受け継がれてきた日本の文化だけでなく、 続いていく未来にも泥を塗りたくっているに等しい。
おもしろければ、儲かれば、それでいい。 本当にそう思っている人たちが増殖していくことが なによりいちばん恐ろしい。
2003年09月07日(日)
大人の証拠
一度も見たことがない、と思っていたので 『ニューシネマパラダイス』を借りてきて見た。 見ているうちにNYのケーブルTVで見たことを思い出した。 実際に多くの友人がこの映画をベタ誉めしているし、 いい感想しか耳にしたことがないのだが 記憶に残っていないのはなぜか。
三時間のノーカットヴァージョンを、 涙もろい私がほとんど素面で見通した。 「えーと、いい映画だけど、それで?」 この映画は男性の視点100%で描かれていて、男性が 求めてやまないファンタジーや憧れが芯となっている。 劇中の恋人も母親も仕事も環境も男性の欲する言葉で綴られる。 いってしまえば、大地に足をつけて生活をしている いい年をした女である私には甘すぎて感動できないのだ。
『ニューシネマパラダイス』 自分がとってもオトナになってしまったことを 実感させられた一本となった。
2003年09月05日(金)
残されていくもの
亡母が毎夏のように着ていた白いレース編みの カーディガンがある。もともと物持ちのよい人だったが 25年程前のものになるのだろうか。 昨夏から私が着ているのだが、メーカータグがついているのに 手編み製品なのだ。当時の商売人は、いい商品を作って手堅い 商売をしていた。やはり30年前に母がよく着ていたセーター、 当時から私の憧れの一枚でそのセーターを着ている母が とても好きだった。今私が着ているが、型崩れもせず デザインの古さも感じさせない。
今世に出ている商品のいったいどのくらいが こうして後世に残っていくのだろうか。
2003年09月04日(木)
夏の成果記録2003
いまだ赤くならない時期はずれのプチトマトが満開中。 ミントはレースになりながら日々陣地拡張中。 マーガレットは相変わらず絶好調。 ユリオプスデイジー、マツバギク亀の歩みのごとく成長中。 梅ジュース・糖分50%OFF梅酒床下で熟成中。 カスピ海ヨーグルト、毎日元気に発酵中。
が、なによりの成長は。 一日5匹程度の虫なら対処できるようになった私だ。 これはすごい!庭で割り箸とジョウロ片手に うにょ系(2センチ以下限定)とも果敢に闘うし、 かたつむりは隣家の木陰まで移動させる。 蜘蛛の糸切り+蜘蛛の強制引越しも気が向けばする。
なににせよ目に見える成果は不可欠。 自己満足とは承知でも、ご満悦な夏の成果である!
2003年09月03日(水)
自己主張
タクシーに乗って閑静な住宅街を走っていた。 行き交う車もなく、ぼーっと豪勢な家並みを見ていたら 横道から黒い車:旧型キューブ:が左折して前に入ってきた。 その車が前方を走り出したとたん、頭を拳固で殴られたような 感覚を覚える。「うそっ。これ、すごい!」 それまで寡黙だった運転手さんまでもが 「いやー、すごいですよねぇ・・・」と同調。
前を行く黒いキューブのリアウィンドウのすぐ右下に A4サイズの白いプレートが横向きに貼られている。 そこにはプレートいっぱいの大きさで
92才
と、書かれていた。
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