ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年07月22日(火)
気をつけてね
昨今のニュースで外国人窃盗団やスリの話がにぎやかだが、 鴨が葱背負った状態の日本人にスリに気をつけようとは ちゃんちゃらおかしい。緊張感も恐怖感もない日本人には、 身を守る方法もわからないはず。平和な環境に慣れすぎて 危機感がまったくないのだから。
ミスタードーナツ店内で本を読んでいた高校生の男の子は 「席にいます」の合図のために、財布を置いてトイレに立った。 貴重品を入れたままのバッグを足元に置いておいたり、 椅子に引っ掛けておく光景はあたりまえの光景だし、 そんな時のバッグに誰も気なんか払わない。 電車の中や交差点での信号待ちの気の抜き方にいたっては、 自宅と間違えているのかと疑うほどだ。
危機回避のためには、まず無防備な自分を知ることから。 乱暴な言い方だが、身を守る術を知りたいなら一度お財布なり バッグなりを掏られることをお勧めする。 どれほど自分が隙だらけなのか、よく理解することが出来るだろう。
私もNYで一度だけ、スポーツ・クラブのロッカーから 現金を盗まれたことがある。盗られるという意味は、 苦くて恐くてやるせない怒りと戦うということに等しい。 見えない相手を呪って、後悔にさいなまされる。
危機感と緊張感。 どうか、あなたも気をつけてね。
2003年07月21日(月)
正しい休日の過ごし方
明けない梅雨にもまけず、女性4名で中華街散策に出かけた。 いい年になった女というのは、やることも言うこともおもしろい。
まずは食べて飲んでしゃべる。次には店をひやかしながら買い物。 さんざ好き勝手にふらついて、また食べて飲んでしゃべる。 話が尽きない。箸もお酒も誰にも止められない。 その合間合間に、入った店の客層やコンセプト、 サービスについてまじめに語り合ったり、いちゃもんつけたり。 おべっかも見栄も必要ない。 大人だからこそ出来る、気持ちのいいわがまま加減。
そんな休日を過ごせた翌週は、 「なんか、いいじゃん。なかなかいけてる」と 軽い全開モードで仕事が進んでいったりする。 さて、今週もがんばろう!
2003年07月20日(日)
腑に落ちない十八番(おはこ)
ニラとお豆腐があったので、麻婆豆腐をつくった。 豆板醤とニンニク・生姜で赤い油を作っている間に 思い立って蒸茄子もいれてみた。
ただの自慢だけれど、私の作る麻婆豆腐は おいしい、じゃなくて、うまい。 初めて作ったのは20歳くらいなのだけれど、 つくるたびに進化を続けて、最新バージョンは 自画自賛のきわみまで到達している(笑)。 My麻婆豆腐のテーブルについた幸運な人達にも 絶賛されている本格的な一品なのだ。
ただね・・・・・・・・・・・・ 麻婆豆腐の翌日、私は必ず胃痛に悩まされる。 若い頃と違って多くの油や刺激物を受け付けない身体に なっているようで、なんとも情けない。 自分の作る十八番が身体に合わないというのは、 ものすごく悲しい事実なのよね。
2003年07月19日(土)
個人情報漏洩
電車が停車した。 ホームにいたのは18-9とおぼしき今時のオンナノコ。 彼女は右手に大きな籠を持ち、電話しながら乗り込んできて 私の前の座席に腰掛けた。 適当に込んでいるその電車が発車しても会話は続く。
「あ、キャンセルはいつから発生するんですかぁ?えっと、じゃあ、名前は〇×□子です。漢字は・・・(説明)・・・、電話番号はxxx-xxx-xxxxで、住所はぁ・・・・」
と、自分のものだけでなくバイト先のママと友人の個人情報を よく響く声で車両中に知らせた。 どうやらホノルルへのパック旅行を予約していた様子。 勤め先である店のママにはその後車中から続けて報告、 一緒に出かける友人の苗字がわからず、ママに確認。 折り返し旅行会社にかけて友人の苗字と 69000円のパックを正式に申し込む旨を告げていた。 終わって、ほっとした彼女は売店で買ってきたサンドイッチを 二切れ食べ、午後の紅茶を飲む。その後、プリクラのいっぱい 貼ってある青い大きな鏡に向かって化粧直し。
横浜駅で下車したこの彼女について 今日たまたま同じ車内に乗り合わせた人は たくさんの情報を知らされてしまった。 顔・名前・住所・生年月日・電話番号、友達の名前も バイト先もなにもかも。
いちおう無事は祈ってみるが、なにがおこっても不思議じゃない。
2003年07月18日(金)
友人から聞いた話
けっこうな数の人たちが、小さい頃に芋ホリをしているはず。 私も二度ほど学校の行事として経験した。 芋をうんしょと引き抜くと、ごろんとした芋とともに 巨大ミミズやらナメクジなんぞのうにょ系虫が出て 絶叫した思い出。めずらしいところでは南京豆(落花生) ほりの経験も。
余談:南京豆はナッツではなく地中に育つ豆。 芋のように根の先にぶらぶらと、あの殻ごとなる。
あ、失敬。話がずれた。
今時の子供たちも芋ほり体験はしている。 が、我々の時代とは少々標準仕様が違う。 現代の子供たちは普通の畑の芋づるを抜く力がないらしい。 まずは芋掘り用のさらの畑を用意し、うねだけつくる。 そのやわらかいうねに、掘ったばかりの芋を植え替えて 子供たちに芋堀体験をさせるのだという。
本物を知らなくても、やったことに意義があるのだろうか。 擬似であったとしても、体験になるのだろうか。 偽の体感しかしらない子供たちは、 いったいどんな大人になるのだろう?
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