株式会社JOYWOW
ほうじ茶飲話【JOYWOW】
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2003年07月07日(月)


今日の朝日新聞夕刊から

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『新しい日本の社交術−肩書き抜きで 親しく淡く−』

・・・・・・・
財団に特段の役職はない。それでもどうしても肩書きが
欲しいという人は好みの役職名を使っていいことにした。
すると、なぜか「部長代理」を選ぶ人が多いのだった。
「肩書きで順番をつけないと落ち着かない。日本人が
自分を語る言葉は、序列作りの材料ばかりだった」
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以上、今日の夕刊の記事の一部引用。
この肩書き問題については、阪本塾キャリアコースでも
話をすることがある。自己紹介するときに、会社名と役職を
使わずにとお願いすると名前や年齢のあとは、ほとんど
話が続かずに終わってしまう。

日本人の多くは、自分の所属する団体をひとつでも多く
持っていることに安心感を覚える。会社名や役職はその人
本人の実力ではないのだが、混同してしまったあげくに
人はそこから離れることが出来なくなる。

以下、記事の結びを引用する。

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人々が帰属のくびきを離れ、柔らかな人間関係を思い描く。
・・・・・・・・・・・ただそれだけでは不十分だとも。
「自分が夢中になれるものを見つける。すると自分を
雄弁に語りたくなる」そこに自立した個と個の、
より濃密な関係が生まれるのではないか、と。
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諸手を挙げて賛成。

 

2003年07月06日(日)
駅前のドトール

先日、そのドトールでのこと。
何周年だかのキャンペーンで、
豆などの高額商品を購入した客に、
もれなくマグカップをプレゼントするという。
マグカップには駅名とドトールという文字が、
細いゴシック体ではいっているだけ。町なら100均で、
問屋なら5個100円で売られているごくふつうのマグカップ。
誰が欲しがるのか、喜ぶのか、不思議な商品。

店員さんは、てきぱきした手さばきと笑顔で
「マグカップをいれておきますので!」と、
こちらの気持ちはお構いなしに、
注文した豆と一緒に袋づめしてくれた。
「いりません」の一言がいえなかった。
持ち帰って捨てるわけにもいかず、流しの下で
「菜ばし立て」として活躍してもらうことにした。

その10日後にまた豆を買いに行った。
キャンペーンは終わっていた。店員さんが
「サービスでマグカップを入れておきますので
お使いください!」と、袋づめを終えて笑顔を向けた。
また言えなかった。使う場所もなく、捨てられもしない、
そういう小物とみんなどうやって付き合っているんだろう?

でも、予算だけでノベルティグッズを決められると、
もらう側はたまったもんじゃない。
これならティッシュのほうがいいと思うのは、
私だけじゃないはずだよね。

 

2003年07月05日(土)
直筆手紙

この春から海外暮らしを始めた友人から葉書が届いた。
絵葉書ではなく、紙面一杯に広がる、細かい几帳面な文字で、
近況を伝えてくれた。

彼女は、ワールドワイドなプロバイダーと契約しているので、
アクセスには問題ないはずなのだが、
なぜか二ヶ月近くたった今も接続できず、
仕方なくアナログ手法でコンタクトしたとのこと。
普段はメールが主なコミュニケーション手段だったもので
非常に新鮮な気持ちでその葉書を受け取ったのだ。
うん、確かに。

ところが、返事が書けない。書けないのだ。
礼状などであればまだしも、あんなことや、こんなことを
つらつら書くべきコミュニケーション手段としての
直筆手紙には、すっかりと身構えてしまっている。
メールが発達する以前、私は本当に筆まめだった。
そんなことは忘却の彼方状態の現在、彼女の葉書を見ては
返事書かなきゃ・・・とため息し、ペンを持っては、
やっぱり明日にしようとあきらめ・・・。
元来、几帳面なほうなので、書き直したり誤字脱字を訂正したり
ということが、いやでたまらない。おかげで直筆手紙は
苦手な部類に入ってしまったのだ。

情けない日々が続いているが、きっと明日こそは返事書くぞ!
あ、そうか!ワードかなんかで作成して、
封書で送ればいいわけだ。
なんとしてでも手書きから逃げようとする自分にあきれつつも、
実は、これに気付いた瞬間に肩の荷がすとーんとおりたのだった。

 

2003年07月04日(金)
浜千鳥

海辺を散歩していて、小さな鳥たちを見かけた。
かわいいけれど、あまり馴染みのないかたちだったもので、
きっと浜千鳥だと、勝手に解釈した。
帰宅後、思い立って検索をかけてみたが、
千鳥紋様でしかヒットしない。

それではと「千鳥」を調べてみた。
千鳥とは、多数で群れをなして飛ぶチドリ科の鳥の総称。
足指は三本、全長15-20センチ程度。水辺の小動物を捕食。
実際に言い回しとして使われる場合は、
多くの小鳥が群れている様を表しているだけで、
種別を限定していない。
浜だけでなく、磯・川・夕・小夜・群・友・・・と
頭につく言葉は無数にある。

結局のところ浜千鳥とは、
造語というか、歳時記に載せられるべき季語(それも冬)
のひとつということで決着がついた。
が、すこしわびしい。
浜千鳥、という種類の夏の鳥がいるのだと信じていた気持ちが
少しばかり、ちょっとばかり、しくしく痛んでいる。

 * * *

まったく関係ない話だが、今日は米国独立記念日。
アメリカじゃ、あちこちで花火だ酒だBBQだと、
お祭り騒ぎの一日だったりする。

 

2003年07月03日(木)
夏の音

夏になると聴きたくなる音楽。
何人かのミュージシャンがあげられるけれど、
日本に帰ってきてまた一人増えた。山下達郎。
NYにいた頃は、夏だからといって特別じゃなかったのに。

初めて彼の曲を聴いたのは、鉛筆デッサンを習いに行っていた
アトリエでだった。先生は、油絵を描いている個性的な女性。
先生の知合いがフォーライフレコードにいて、
試聴版をどんどん送りつけてくるのだといっていた。
なかでも先生のお気に入りは山下達郎のLPで、
私のレッスン時間には、いつも彼のLPをかけてくれていた。
当時彼の「潮騒」という甘々な曲が流行っており、
まだ高校生の私には衝撃的なラブ・ソングで、
思わず赤面したどころか手が震えてしまって困った覚えがある(笑)
大学に合格して、その教室は辞めることにしたのだけれど、
先生からの合格祝いは、山下達郎のコンサートチケットだった。

あの頃から、声も曲調も変わらず、それでも古さを感じさせない。
外国や南の島で、彼の曲を聴きたいとは思わない。
日本の夏の湿度や匂いの中だからこそ、
無性に聞きたくなるのかもしれない。

 

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