株式会社JOYWOW
ほうじ茶飲話【JOYWOW】
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2003年06月05日(木)


憧れの美筆

尊敬するHさんからお便りを頂いた。
あいかわらずの達筆で、返事を書くことに躊躇する。

美しい書体の手紙類を頂くといつも自問自答する。
そろそろペン習字でもやるべきなのではないのか?と。
そういうサイトを検索してみたりもして、
年間に相当回数逡巡(しゅんじゅん)するのだが、
いぜん実行されていない。

ペンを取って、自分の名を紙に書いてみる。
まさにどこからみても「私」という字体だ。
もしこれが達筆になったとしたら、人は私の印象を
どのように受け取るのだろう?
考えれば考えるほど、有り得ない話のように思えてならない。

このままでは来年も再来年も、
私らしい字体のままで過ごしてしまうにちがいない。
それはそれで、ちょっとさみしいのだが。

ま、いっか!
と、毎度のパターンで今日も終わるのだった。

 

2003年06月04日(水)
結婚とは

少なくとも、今の時代に嫌でする人はいないと信じている。

だが。

昨年末に結婚したMくんは、する前から結婚を嫌がっていた。
結婚式も旅行も嫌だし、お給料明細を見せるのも嫌、
週一日しかない休みを煩わされるのも嫌。
自分の稼いだお金なのに、パチンコひとつ満足にいけない。
雑誌にあるような恰好いいマンションに住みたいのに
貯金するから築12年のマンションで十分といわれる。
でも、29才になる彼女とは10年付き合ってきたし、
キライじゃない。責任も取るべきと思う。
年取ったときに誰も傍にいなかったらすごいさみしそうだし。
だから、結婚した。新しい関係はそう悪くないという。

今年から来年に結婚を控えている男性が、周囲に4名いる。
誰も嬉しそうじゃないし、幸せ光線も発していない。
それどころか、なぜ結婚するのかわからずに悩んでいる人も。
揃いも揃って4人とも、不思議な雰囲気で結婚に向かっている。

これって、今の時代の流行なの?
とてもとても不思議で、まさにお手上げ状態です。

 

2003年06月02日(月)
気分転換

Sandiiの" TIKI TIKI "というCDを聴いている。
タイトルからもわかるように、ハワイ色の強い一枚。
寒い間は眼の隅にさえ入らないのだが、
太陽が近くなってくると、知らずに知らずに手が伸びている。

どうにもこうにも南の島が恋しい。
ビール、フローズンマルガリータ、ピナコラーダ!!
木陰に寝そべり、青い空と白い雲の対比を指の隙間に覗く。
コパトーンと潮の香り、身体にまとわりつく日差し。
うぅー、い・き・た・いっ

精神衛生上、聴くとよさそうな気がしたからかけたのだが、
結果、あまりよろしくなかった。
気分転換に、美空ひばりでもかけるとするか。はぁ・・・

 

2003年06月01日(日)
おこりん坊

「Yukariさん、ストレス溜まっているんじゃないの?
なんかさー、いっつも怒ってる感じがするんだけどさ、
だいじょうぶ?」

NYでフリーランスのコーディネーターをしていた頃、
仕事仲間のカメラマンに、よくそんなことを言われていた。
本人にその自覚はなかったし、
よもや怒っているはずもなかったのだけれど。

振り返ってみれば、あの頃は確かにストレスフルな状況だった。VISA保持のために在籍していた別会社のボスのことが大嫌いだったし、プライベートでも解決しなければならない問題を抱えていた。これからどうやって歩いていくのかということも含め、
なにひとつ前に進ませることが出来ずにいた。
いくつもの問題が大きな壁となって立ちはだかり、
自分の力じゃびくともしない気がしていた。
そんな状況が、私の表情を知らず険しくしていたのだろうと思う。

ボスには、それはそれで本当にお世話になったし、
プライベートな問題も、自分可愛さゆえに
考える事を後まわしにしていただけのこと。
過ぎてしまえばなにもかも、
思い込みでがんじがらめになっていただけで、
どの状況ひとつとっても壁ではなかったことが理解出来る。

逃げることから抜け出せたのは、多分なにかのきっかけで
自分の内面と対峙することができたからだろう。
すると、立ちはだかっていた壁に足がかりがみえ、
からまっただけの毛糸玉になり、やがては水のように流れていく。
すべては、心の一歩から始まることでしかなかったことさえ見えてくる。

険しい顔の私は、誰に対して怒っていたのだろう。
自分の無力さとか、頑固さ、そして運命とか、
そういう怒り甲斐のないものに対して
無性に腹を立てていたに違いないけれど。

 

2003年05月31日(土)
施しと正義

NYに住み始めてからしばらくの間、
アメリカ人のホームレスがうらやましくて仕方がなかった。
当然ながら英語が母国語、グリーンカードも必要ないし、
五体満足な彼らが、なぜ物乞いをするのかわからなかった。
私が同じ状況なら、マクドナルドの$3.75の時給だろうが
なんだろうが、どこでだってバイトするのに。
あの頃は気持ちの上で完全なマイノリティで、
守られぬ国で生き抜いていくため、必死になることが日常だった。

初老のアメリカ人女性の友人から、
ホームレスをそんな風に思ってはいけないと諭された。
彼女は、教会の炊き出しボランティアに参加していて
よければ一緒にやらないかとも誘われた。
二十代前半のスイス人の女性たちは、ホームレスに出会うたび、
かわいそうだからお金を恵んでいると語っていた。

私はボランティア参加もしなかったし、意見も変えなかった。
命を支えるお金を、誰彼かまわずに恵む気にもなれなかった。
ただ、その思いを口に出すことを止めただけだった。

今はうらやましいなどとは思っていないが、
いまだ欧米人女性達にありがちな、
あのボランティア意識に素直に賛同できずにいる。
なぜなのか、今日やっと言語化できた。

彼女たちのスタンスが、
大上段から見下す「施す」意識だから、なのだ。
食べ散らかしたパーティー・フードの残り物を、
もったいないからホームレスにあげる。
この「もったいないから」もさることながら、
「〜してあげる」にはいつも階級意識がつきまとっている。
それが、どうしても嫌だったんだ。

ホームレスである彼らが働く意志を持って、
ドアの開閉をしてくれた時や、
パフォーマンスが心に響く時。
わずかながらでもお金を渡していた。
私が受け取ったものへの対価として。
それが、日常から学んだ$1の重さに対する
私の正義だった。

 

Yukari |株式会社JOYWOW