ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年05月08日(木)
目指せ『無理せず水着』
帰国して一年半が経った。 NY時代は歩くだけでなくいつも運動をしていたのに、 こちらでは田舎暮らしゆえの車中心、まるきり米国西海岸状態。 運動が欠落した生活になり、すっかり身体が怠けた。
衣替えをした後、すごくマズイ事態に陥っていることに気がついた。 腰周りが・・・腹周りが・・・腕が・・・っっ もっと早く気づけよっ!と、自分にツッコむが後の祭り(涙)
この一年半の日々を深く反省し、 5月に入ってからはしっかりと生活を改めた。 まずは、身体を動かすことを中心にした日常へシフト。 徒歩一時間圏内は基本的に車は使わず、食生活をやや規制、 毎朝のランニングとストレッチを軽く。
水着の季節まであと二ヶ月半。無理せず、楽しく初志貫徹。 なにをどう言おうが結果次第なのだけれど、 実は、自分を裏切らないために、ここで公言してみた。 さてさて、どうなることやら、乞ご期待!
2003年05月07日(水)
100%の今日
2/27に登場させた友人一家と、渡航前最後の晩餐をした。 少し時期がずれたが、一週間後にはケアンズに発つ。 小学生の子供たちは4/30付けで休学し、毎日が日曜日状態で ダンボールが積み重なった家で大騒ぎ中。 一家は最初の三週間のみ家具付アパートを借りているが、 その後は未定。キャンピングカーを手に入れる算段をしている。
別の友人Tさん。私よりひとつ年上。 ばりばりのキャリアウーマンだったのだが、 思うところあって大学院に入学。今年めでたく卒業し、 昨日、ミクロネシアの某島で暮らすために渡航した。 つてや縁故があったわけではない。 心の声に従って、まずは英会話からと学生ビザを取り、 ひとりですべてを決め、準備し、旅立った。
みんな、いいよね。ほんとうに素敵。 何十年先の老後を考えて生活するより、今を100%生きること。 誰が教えてくれるわけではないけれど、とても大切なこと。 五年後、一週間後、明日。生きている保証は誰にも出来ない。
一番したいことって、なに?
2003年05月06日(火)
思い出
中学二年生の冬、本格的に鉛筆デッサンを始めた。 数種類の鉛筆だけで表現される絵を描く事が、大好きだった。 描いている間は時間も思考もなく、 イーゼルの上の画板に向かい、ただ鉛筆を走らせ続けていた。 右手人差し指の爪が、画用紙にこすれて薄くなるくらいに。
24、5才までは描いていたように思う。 いつのまにか、遊びや仕事での忙しさを理由に 鉛筆を持たなくなった。 今から考えてみると、誰に咎められるわけでもないのに 忙しいなんて言い訳を、なぜ自分にしていたのかわからない。
今でも鉛筆や練り消しゴムを見ると、胸がきゅんとする。 もう一度、始めてみようかな。
2003年05月05日(月)
残念賞くらいのレストラン
めずらしくゆったりとした連休を過ごした。 混雑はイヤなので、車は休ませ、もっぱら足を使った。 世の中ほぼお休み状態にならい、仕事は投げ出した。 体のための運動を適度に行い、深呼吸に勤しんだ日々。 お天気にも恵まれて、いうことなし。
時間もあるしいい機会なので、徒歩圏内にあるおいしいと評判の レストランにランチを食べに行くことにした。 とても楽しみに出かけたのだけれど、評判にはほど遠かった。 きっと地域的には、そこそこのレベルなのだろう。 味は悪くない。工夫もされているし、おいしい部類に入る。
客層・雰囲気・味・値段・サービス。 上の5つがなんともちぐはぐなバランスなのだ。 シェフの経験値が、一定地域のみに通用するレベルなのだろう。
口コミがはずれた時のがっかりって、 けっこう大きかったりするんだな、これが・・・。
2003年05月04日(日)
ああ、勘違い
夕方、表から大きな怒鳴り声が聞こえた。 バイクに乗った青年が、車のドライバーに文句をいっている。 運転手さんは、困っている。
「この道は一通なんですよっ。バックしてくださいよっ!! 標識が立っていたでしょうっ?!とにかく、一通なんですよっ! わかりますかっっっ?!!」
青年の義憤は、見ようによっちゃ美しいかもしれない。 でもね、青年。標識はきちんと認識しよう。 道は狭いけれど、ここは両方向通行路だよ。 一通になるのは、朝の通学時間二時間のみ。 標識にそう記されていたでしょう?
・・・ちょっと、恥ずかしかったね(笑)
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