ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年04月05日(土)
風雨の温泉
件の少年の合格祝いで、総勢4人(少年、その母、その姉+私)で 小田原日帰り温泉小旅行に出かけた。
少年はけして貧相な体格ではないのだが、受付で小学生と間違われた。もちろん高校生である旨を告げて、所定の料金を払って入館した。が、少年は不服そうだ。なにかと尋ねてみれば
「せっかくだから、小学生で通せばいいのに。 そしたらさー、千円安くあがったじゃん」
というので、嘘はつくものではないのだとこたえた。
「え、だって、嘘はついて通ったもん勝ちじゃん」
少年の遊び仲間理論である。道徳的に語っているわけではない ことは百も承知だが、一瞬コトバに詰まる。
「違うの、ダメなの。 嘘はね、ついただけ自分に跳ね返ってくるんだよっ」
一呼吸置いてぴしゃりと跳ね返したが、ちょっとあせりぎみな自分に苦笑い。こういうどうでもいいような会話の中で、大人がどう対応するのか。そんな積み重ねで、子供は経験値を増やしていくものなのかもしれないと、温泉につかりながら考えていた。
お座敷でだらだらしているときに、 私と同じ携帯を持つ彼から、使い方で質問を受けた。 その質問に答えるばかりか、若者に裏ワザも教えることができた 自分を、すごく誇らしく思ったのだが・・・ちょいまち。 よく考えたら、彼はアナログ少年なのだった。
2003年04月04日(金)
残すべきもの
昔は確かに日常であったはずなのに、すたれてしまって、 人々の記憶の中にしか存在しない文化がある。 その文化は五感と様々に結びついているものの、 形にしてこれだと示すことができない。
私の中にも、そんな遺文化がたまり始めてきている。 兄弟姉妹もなければ子孫もない。 記憶にあるそれを、あ・うんで理解する他人(ひと)はいない。
たとえそうだとしても、 ついえてしまいかねない遺文化を、 なんとか、未来に向けて残していかねばならぬのだ。
だから私は、言葉を使って、残す努力をしていこう。 ほんの少しでも、記憶に収められた古き美しき日常を。
2003年04月02日(水)
己を知ること、許すこと
「できない・知らない・能力がない・意気地なし・卑怯者・弱虫etc.」
誰もが持っている自分の「〇〇」な欠点を知ることは、 とてもとても痛いことです。その現実を受け入れることは、 居心地のいい逃げ場所を失うことです。
どんなに苦しくて辛い作業であっても、 そんな自分から目をそらさないでください。 欠点や短所は、隠すから痛い腫れものになるんです。
隠す代わりに、認めて受け入れて許してください。 きっと、愛すべき個性になるから。 人と付き合うことが楽になるから。 誰からも傷つけられない、等身大のあなたになれるから。
ぶあつい壁で何重に防御をしても、 あなたの脆弱さは透けて見えてしまうのです。
2003年04月01日(火)
今日の報告
治療用椅子に案内された。深呼吸をし、ぐるりと見回す。 壁紙がとれかかっているコーナーを二箇所発見。 治療用器具は、かなり乱雑目に置かれている。
・・・ふ・・・ ・・・・・・・あ・・・・・・ ・・ん・・
占いじゃないが、当たるも八卦当たらぬも八卦と 腹をくくって訪ねたはずの歯医者。胸騒ぎが静まらず。
結論、うまかった。 麻酔はNYのチェン先生のほうが格段に上手だったけれど、 なんだか、よかった。助手の年配のおねーさん達も手際がいい。 日本でかかった歯医者さんで、初めてまともに 治療やかかる日数、他の方法なんぞもいちいち説明してくれた。 質問にしどろもどろせずに答えてくれたDr.だった。
私の歯は虫歯とかそういうものでなく、ちょっとしたアクシデントで 根元から折れてしまっていたのだが、根を抜かずに治療し、 あとニ回の通院でOKらしい。
神様に見捨てられたかと思った一瞬を乗り越え、見事生還。 かみさま、ありがとう!
2003年03月31日(月)
気分は仏滅
実は昨夜、日記を更新するつもりでいたのだが、 どうもうつうつとして、気が乗らずに寝てしまった。
夜半に、身体の一部の異変に気付いた。 ブリッジを支えている歯が、ぐらついていた・・・・
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ショックで、朝は起きることができなかった。 とうとう歯医者に行かなければならない日が、 ・・・やってきてしまった・・・
午前中はあらゆるワザを駆使して、 通院可能半径の歯科医検索。 評判を比較し電話で会話、 これと思う医院を二箇所に絞った。
今日は仕事で行くことはできないが(ほっ) 状況は一刻を争うもので油断は禁物。 明日は、歯医者だ・・・(涙)
続報を待て!
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