株式会社JOYWOW
ほうじ茶飲話【JOYWOW】
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2003年03月06日(木)


サクラサク

2/7に登場した件の少年、晴れて志望校に合格したとの連絡が入った。お祝いを何にしようか、時計がいいのか、なんなのかと、悩んでいたら母親である友人からメールがはいった。

なんと、彼のお祝いリクエストは日帰り温泉だった。あの若さでこの発言、へんなヤツだとは思っていたが。らしいといえばらしくって、ほほえましいといえば、ほほえましい(笑)

これでやーーーっと、気兼ねなく春を迎えられそうだ。

 

2003年03月04日(火)
携帯する意味

携帯電話を携帯するという、基本的お約束をよく忘れる。
家の中でも一階と二階、バッグの中、車の中、テーブルの上、コートのポケットと・・・・

 あれぇ?どこいっちゃったのかなぁ?あれぇ?

と、独り言を言いながら探していることがよくある。
ひどい時には、48時間くらい平気で携帯の存在を忘れている。仕事の連絡はほぼ100%メールで済んでしまうし、携帯の優先順位が低い生活なのだ。緊急で電話してきた友人にはあきれられ、何の役にも立たない携帯だと肩を落とされる。笑い事ではないのだが、こういう出来事にはつい笑ってしまう。

ボケているつもりはないのだけれど、携帯を不携帯。確かに何の役にもたたないよなぁ。少しは自分を戒めなくては!

 

2003年03月03日(月)
類友

先だってここに登場させた友人夫婦を、メールを介して、シドニー(オーストラリア)に住む友人に紹介した。もう、向こうに住んで20年ぐらいになったんだろうか。血は繋がっていないが、「同類」とでも言おうか。

こんなエピソードがある。

彼女は年に数回NYに来て(純粋に休暇)、我が家にステイしていた。ある暑い夜。いきつけの"Dew Drop Inn"というレストラン、週末で表のテーブルは満席だった。連れだって飲みに出た私と彼女もテーブルを確保し、おしゃべりもたけなわ。ふと、後ろに座っていたアメリカ人グループの女性が、話し掛けてきた。

相手A「あなたたち、どこの国の人?」
私達「どこだと思う?」
相手B「うーん、絶対中国人じゃないわね。韓国でもないわ」
私達「・・・」
相手C「う〜ん、むずかしい。でも、日本も違うわね」
私達「うふふ(にんまり)」
相手A「わかった!!サモア人でしょ!!あたりよねっ!」

私も彼女も、真っ黒く長い髪だった。
ついでに、ノーメークで、よく日焼けしていた。
アメリカ人には、よくフィリピーノと間違われていたし、英語をしゃべれないスペイン人のおばちゃんにもスペイン語で話し掛けられていたりした。だが。サモアンとは!ついに南の島まできてしまったなと、その夜はふたりでフローズンマルガリータを飲み交わしながら、夜更けまで大笑いをした。

そして、今も彼女はサモアンのまま、だ(笑)

 

2003年03月02日(日)
ささやかだけれど、役にたつこと

いつ頃だったか、はっきり覚えていない。
NYで暮らし始めて数年経った頃。

友人のオフィスに遊びに行った時、たまたま本棚にあったその本が目に付いた。カバーもなくなっていたし、お世辞にも綺麗な体裁ではなかった。レイモンド・カーヴァー著・村上春樹訳『ささやかだけれど、役にたつこと』。この本を、その後私は何度となく読み返すことになる。

文中のパン屋が言う。

「よかったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べて下さい。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなきゃならんのだから。こんなときには、物を食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」

なんどもこのセリフに助けられた。しょぼくれたり、どつぼにはまってしまったり、気弱く帰国を考えたりしたとき。

 そうだ、生きていかなくちゃ。ごはん、食べよう。
 それで、あと一日がんばろう。きっとがんばれるよ。

本読んで、いつも泣くだけ泣いてから、キッチンに向かった。
あの日々が、ほろ苦く、懐かしい。

 

2003年03月01日(土)
理不尽

『戦場のピアニスト』を観た。

想像力を働かせて物事を受け止める。
この癖が身についてしまった精神には、とても重たい一本。

映画館を出てから、頭の芯が痛くなっていることに気がついた。言葉は出なかった。誰がいいとか悪いとかではなく、確かにそういう事が起こっていたという現実。

理不尽という単語が、それからずっと頭にある。
この時代に、日本人として生まれ、存在している。
自分の福分に感謝する。今、それが精一杯。

目を背けず、もっともっと、事実と真実を知らなければならないと思う。

 

Yukari |株式会社JOYWOW