ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年02月27日(木)
また、いつか
友人一家(夫婦+小学生の子供×2)が、念願の海外暮らしに踏み切ることになった。子供たちは現地の学校に通わせる予定。ここまで来るために、数え切れない夫婦喧嘩と、意見の食い違いがあった。が、最終、ご主人の会社は人に任せ、マンションの荷物も実家に押し込み、ぜーんぶほっぽって4月末にケアンズ(オーストラリア)に向かう。
『家族は大事だよ、ほんと。仕事は嫌いじゃないし、守るためにも働かなきゃと思う。でもさ、このまま仕事続けてたら、オレ、マジに死んじゃうよ。10年もたねぇよ』それが、ここ数年のご主人の主張だった。最初は本気にしていなかった奥さんも、真剣に考えざるをえないほど、ご主人は疲れていた。彼女があれほど嫌がった、住み慣れた街を離れる決意を固めるほど。
* * *
ひとが何かを望んで動こうとするとき、実行出来ない理由から思いつく。出来ない・やらない言い訳が次々浮かぶ。その言い訳、自分以外の人のためのもの。他人に説明して納得してもらえると、安心するから。宝物箱にいれてしまっておこう。二度と来ない「また、いつか」の日まで。
2003年02月26日(水)
旬
沈丁花の赤いつぼみが、ずいぶん膨らんできている。春の香りに包まれるのも、もうすぐ。
この時期になると、最後の林檎を買いためる事になる。王林は既に終わってしまったようだし、もうしばらくすれば、自然食品店の軒先には、加熱調理用の傷ありフジくらいしか出てこなくなる。林檎どころか、白菜やカブ、山芋もあと少しだけか。ということは、新たまねぎ、新にんじん、春きゃべつ、絹さやなんぞのぴかぴか野菜が出てくるってことになる。
春の野菜は、出始めの頃がいちばんおいしい。蒸したり、生のままで食べると、香りが違うことを発見して、第一幸せがやってくる。口に入れ、甘さにとろけて第二幸せ。のどごしもおいしさの余韻で、第三幸せ。
2月が終わる頃になると、がぜん元気が出てくる。春も野菜も、すぐそこ。
けど、虫がウェイティングしてるってことも事実なわけで・・・・・
2003年02月25日(火)
苦手意識
妹分から、グチ&泣きの報告が届いた。仕事で一緒に組んだ、かなりな上役 = Cに多くの客の前でキレられ、嫌味を言われ、あげく無視された、と。彼女の信頼していた先輩が、今夏に退職するのだが、その理由はこのCの横暴さだという。
よくある話だ。彼女のグチもわかるし、多分、Cもいけすかない頑固者なのだろう。客の前で切れたことも、大きなマイナスだ。だがCだって、仕事をぶち壊したくてキレたわけではないし、ましてや部下をいじめるために存在しているわけじゃない。物事には必ず複数の視点が存在する。彼女の側から見ればCは大悪党だが、会社や、C本人の視点から物事をみれば、違う事実や思考が浮き上がってくる。彼女にも、なにがしかの落ち度が合ったはずだ。
このままいけば、これから彼女がCと組むとき、彼女の「イヤダ、キライ、ニガテ」光線は、サービスする現場や顧客に対しても、必ず「気」として含まれる。それは、今回客の前で切れたCが振り撒いた気以上に、顧客に冷水を浴びせるものとなる。
幸いなことに、彼女は「顧客に最高のサービスを提供する」という今の仕事をとても愛しているし、誇りにも感じている。先輩のように、上役が理由で退職ということはないだろう。私は彼女に『想像力を働かせて、C / 会社 / 同僚 / 顧客、それぞれの視点で素直に今回のことを考えてごらん』とアドバイスした。
なにより仕事が大好き!と大声でいう彼女は、きっとこの難関をクリアするだろうと、楽観している。
昔の私に、こんなこと言ってくれる人がいたら、違う人生歩いていたかも(苦笑)
2003年02月24日(月)
日記
毎日書くから日記だということは、理解している。 努力を続けている今回の私は、かなりエライと自分で褒め称えている。今のところ一日抜けただけだし。なんたって、生涯ただの一度も「毎日書く日記」をつけたことがない。習慣にしてしまうと、だれるのが恐いからなんとか続けようとするのだけれど、逆にそのプレッシャーに負けてしまう時がある。
で、今夜はそんな一日にとても近いわけで、寒いから寝てしまうことにしました。 みなさん、オヤスミナサイ。
2003年02月23日(日)
苦い思い出
イレギュラーではあるのだが、中国との仕事が入ることになりそうだ。そう決まって、最初に考えたのは「中国語やらなきゃ」だった。母国語以外のことばをひとつなんとか操れるようになると、他の外国語に対してもハードルが低くなる。しかしながら、英語と中国語、違いすぎ。ま、なんとかなるかと楽観的になっている。
語学といえば、今でこそ問題ない英語だが、ひとつエピソードを。
11年前。その頃の英語レベルは、旅先で使う決められたフレーズ+カタコトがせいぜいだった。知り合いの紹介で、日本にきて間もないニュージランド人の女性と友人になった。ある日、彼女と初めて待ち合わせをすることになった。場所は広尾明治屋近く、当時の三菱銀行の前で6時。言葉が不自由なものだから、間違えてはいけないと、FAXで地図と時間を送った。彼女が困惑しないようにと、極薄デイリーコンサイスを引き引き、懸命に書いたのだが。
今も鮮明に覚えている。私は「三菱銀行の前」という一節を、frontと迷いに迷って、"Before Bank of Mitsubishi"と書いて送信した。彼女とはもちろん会えたし、その後、彼女からこの件についていわれたことはない。が、私の脳みそが、ありありとこの一件を記憶してるのだ。
おそるべし、記憶。忘れさせてもらえないのだ。
※もし、真剣に英語を身に付けたいと思っているのなら、自信がつくまでは、分厚い辞書の使用をお勧めします。かつ、和英で調べた英単語は英和で逆引きすると、より深く理解できます。
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