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2002年08月27日(火) 知床巡りとカムイワッカ

チャリダーと原チャリライダーとJRの旅人といっしょに知床巡りをしました。
今日は、宿の人たちは、観光船に乗るとのことで、客同士で出かけました。
足は、私の車です。

まずはオシンコシンの滝。
意外と壮大な滝にかなり感動。デジカメの電池を宿に忘れてきていたので、写真は撮れず。残念。
気を取り直して、乙女の涙を見に行きました。鹿にも遭遇。
う〜ん、やはりここは北海道です。

それから、今日のメインイベント。
カムイワッカの湯の滝に行きました。
河が温泉になっていて、上のほうに登れば登るほどいい湯になります。
河のなかを登ります。
スニーカーで登った私は、つるつると滑ってかなり危険。
それでも、いちばん近い滝壺までは行き着くことができました。
酸の湯なので、傷口がぴりりとしましたが、気持ちがいい。
小一時間ほど入ってから、また河のなかを下りました。
滑って怖い。
もう二度と行くもんか、と、誓ったカムイワッカの湯の滝。
ぜひ、チャレンジしてください。

そのあと、知床峠まで行ってから帰宿。
女性のお客さんが一人、増えていました。

そして、今日の夕飯は外で焼き肉。
ワイワイと盛り上がった1日でした。


2002年08月26日(月) 斜里・釧路川のカヌー下り

釧路川をカヌーで下りました。
3人乗りです。
前回、四万十川でチンの経験のある私ですが、3人乗りなら大丈夫、と安心して乗り込みました。

摩周湖から下ります。
四万十川と比べてかなり狭い釧路川。
台風の影響か流れも速く、倒木もそこら中にあります。
それでも、指示通りにパドルを操作して、なんとか難を逃れました。
後ろのほうでは、仲間の船が早くもチンした様子。
よかった、こっちの船で。
ふぅ。

と、安心したのもつかの間。
目の前に倒木が現れました。身を低くしてくぐり抜けようとしたところで、カヌーがくるり。
…、チンしてしまいました。

流されたカヌーを追って、舵を取っていた宿の人が流れに身を任せました。
原チャリライダーと私も後を追いました。
その流れの速いこと。四万十川とは大違いです。
ようやく足の着く場所に追いつき、カヌーと合流。
流されている間は、生きた心地がしませんでした。

反省を活かして、そのあとは倒木にうろたえることもなく、目的地に到着。
あ〜、怖かった!
もう二度とカヌーはするものか。と再び決心したのでした。

夜は、JRの旅人が一人増えて、またまた宴会。
今日は、チャンチャン焼きです。

やはり話題は、今日のカヌーのこと。
今日もまたなんとも楽しい1日でした。


2002年08月25日(日) 斜里・パークゴルフと宿の宴

朝、9時に宿を出ました。
旅人を一人、旭川駅まで送りました。
そのあと、斜里へ向かいます。何度か通った道なので、地図をあまり見ることなくたどり着きました。

斜里は、私がこの春の旅で魅せられた街の一つです。
北海道で、小樽の次に好きな街です。
何にもないけど、何かが見つかりそうな街です。
午後3時ころに宿に到着。どこか懐かしい雰囲気をもつその宿に、すぐに馴染んでしまいました。

宿の人といっしょにパークゴルフを2回。けっこう楽しい。
夕飯の前に近所の温泉200円に入り、夕飯は宿でジンギスカンです。
お客さんは、チャリダーと原チャリライダーと私の3人。それから宿の人3人。
みんなでつつく鍋がこれまた楽しい。

飲んで騒いで楽しい夜になりました。


2002年08月24日(土) 美瑛・ラーメンと喫茶店と写真展

午前4時に小樽港到着。
そのまま、友の待つ美瑛に向かいました。
旅先に待っている人がいるのは、なんともいえず幸せです。

途中、富良野に「ただいま」を言って、いつもの丘に登って、それから美瑛です。
少し休憩したあと、友といっしょに上富良野の温泉、カミホロ荘へ。
不思議とここの温泉は、内湯と露天の温質が違います。
どちらも気持ちがいい。

そのあと、旭川のラーメン屋「ふるき」へ。
人気店らしく、待つこと30分。塩ラーメン550円は絶品でした。
地元ナンバーの車が多く、昔から「うまい」と定評のある店らしい。
また行きたいです。
美瑛の小さな写真館を観たり、旭川の雰囲気のいい喫茶店に連れていってもらったりと、今日は充実した1日。
どうもありがとう。

少し調子が悪いのが気になるけれど、きっとこの空と大地が癒してくれるでしょう。

おやすみ。


2002年08月23日(金) 日本海の上で

8時に起きました。
正確には、2時間ごとに目が覚めて、8時に起きあがりました。
基本的に枕が変わっても眠ることはできますが、フェリーだけは別のようです。
私はどうにもこの「フェリーのなかの時間」が苦手です。
とくに今回のフェリーは、くつろぐ場所があまりありません。

午前中は、一度観たことのある映画を観たり、甲板に出て読書をしたりして過ごしました。
午後からは、部屋に戻って読書の続き。途中、ようやく眠くなって少し眠りました。
前回は、寝ることができたのですが、今回はまったく眠気を感じません。
ホントに退屈極まりない。

でも、海を眺めているのは飽きません。
私は、フェリーのいちばん後ろで流れゆく波を見つめるのが大好きです。
船の通り道に白い泡と小刻みな波が、だんだんと遠く細くなっていきます。
空に「飛行機雲」があるように、海にも船の足跡があります。
この足跡、空から見れば、どこまで続いているのでしょう。どういう名前で呼ばれているのでしょう。

明日は小樽港に朝の4時に着きます。
そのあと、友が待っている地に向かいます。
それは、小樽、ではありません。

午後、8時。少し船が揺れてきました。
今日は、早めに。
おやすみなさい。


2002年08月22日(木) 旅立ち・いざ舞鶴へ

三日ほど前から始めていた荷造りに、冷凍のお茶とカップ麺を詰め込んでパッキング完了。
舞鶴に向かいます。
来週には退院する知人のお見舞いにまず行って、そのあと、先日、家族を亡くした知人の店に行って旅立ちの挨拶。なんとお弁当を作ってもらいました。
どうもありがとう。

いろんな人に道を聞いたため、いろんな人に心配されながら、無事に前島埠頭に到着しました。
18時半出発で21時半に到着。
夏休みなので道路がもっと混むかと思っていたけれど、ほぼ順調にたどり着きました。
同じ道を四カ月前にも通りました。同じ道だけど、あのときの気持ちと今の気持ちとでは、明らかに違います。
求めているものも違います。
違うけれど、なぜいつも「北」を目指してしまうのでしょう。

22時45分から乗用車の乗船が始まりました。
かなり旧型のフェリーですが、夏の終わりのためか、乗客は少なく4人部屋の二等寝台は独り占め。
ザックを置いてベッドを作って、さて約30時間の船旅開始です。
揺れませんように。

おやすみ。


2002年08月21日(水) そして、一歩

私の「日常」だった人たちと、いつもの飲み会でした。
この会にしては珍しく欠席者が多数いたけれど、新しい顔ぶれに会えてまた新鮮な気持ちで飲めました。
飲むと結局同じなのですが。

会社の話はやはり楽しいです。
懐かしい名前がたくさん出てきます。
以前より落ち着いて聞かれるのは、「社外」の人だからかも。
それでもまだこの人たちの「仲間」でいられてかったと思います。
態度のでかいだけの私を「姐(ねえ)さん」と呼んでくれる彼らとこの雰囲気が、ただただ懐かしい。

「もったいない」といううれしい言葉をもらいました。
退職のきっかけなんて、もうあんまり覚えていません。
それでも、今まで誰にも聞かれたことも話したこともない最大の理由をズバリとついてくれたその人に感謝。
心のなかにわだかまっていたものが、少しとけたような気がしました。

そしてまた一歩、前進、です。





2002年08月20日(火) 求めてやまないもの

泣きたくなるほどにこの場所が、私の大好きな場所だったんだと。
そして、私の選択は間違っていなかったんだと。
いつのころからか私の求めてやまない「ただいまを言える場所」は、ここにもあったんだと。



いろんな人にありがとう。
明日もまた、私の「居心地のいい人たち」に会える日です。

おやすみ。


2002年08月19日(月) 友の父

今日も友人のお見舞いに行ってきました。
座位まで可能になっていました。
元気そうでよかった。

またまたなんでもない話をうだうだとして、いっしょにハイジを見て、わいわい笑って帰ってきました。
いえ、その前に友のお父さんにお寿司をごちそうになりました。
ありがとう。

昔の話をたくさんしてくれました。
仕事の話や地元の話。
友のお父さんとゆっくり話したのは初めてで、とても楽しかったです。
仕事がら、いろんな年代の人と話す機会はあるけれど、戦争時代に中学生・高校生だった人の話が、けっこう興味深いです。
自分との比較や世の中の比較がしやすいからでしょうか。

今日は、友のお父さんの話をたくさん聞いて、「こういう親子っていいな」と思いました。
どういう親子かは、またいずれ(笑)

おやすみ。


2002年08月18日(日) ひぐらし

ひぐらしが鳴き始めています。
もう秋の気配ですね。


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