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2002年07月28日(日) 十二坊温泉

日帰り温泉に行ってきました。
滋賀の十二坊温泉です。

宇治の源氏物語ミュージアムにも行きました。
私には少し物足りなかったです。
そのあと、京滋バイパスを通って、瀬田を抜けて栗東へ。

温泉はとても気持ちがよかった。

いっしょに行った会社の同僚たちとも会えて、いい1日でした。

今日は、これだけ。


2002年07月27日(土) そして、最後のお別れ

「これからがんばっていくので、どうかみなさん、助けてください」
喪主が最後に参列者に呼びかけました。
家族で手をつないで、せいいっぱいの言葉を、私たちに投げてくれました。
ひたすら「ありがとう」を繰り返す彼らに、胸がつまりました。
献花のときに、棺のなかの彼と共通の思い出があまりないことに気が付きました。
でも、私は彼のことをよく知っています。
知っているつもりでした。

夜は、彼のいた店に仲間で集まりました。
一人一人思い出を言うのですが、私は何を言えばいいのかわかりません。
わからないけれど、涙がこぼれて仕方ありません。
これから、たくさんの思い出ができるはずだったのに。

私がこれからできることは、限られています。
彼のいた店に行くこと、ハンバーグを食べること、そして、笑うこと、くらいでしょうか。

ご冥福を心より…。



2002年07月26日(金) 通夜

こういう式って、遺族のためにあるものなのかもしれない。
今日はそう思いました。
本当は、立っているのもやっとなはずなのに、参列者に挨拶をしたり、ときには「笑顔」で礼を述べたり。
そんなふうに、「気をしっかりともつ」ための儀式なのかもしれません。

子に先立たれる親の気持ちは、私にはわかりません。
どんな言葉をかければいいのかも、私にはわかりません。
眠っているかのようでもあったけれど、彼の顔は「死」そのものでした。

「あいつのそばにいてやりたいから」と、ずっと棺のそばを離れない人。
後ろのすみのほうで、じっと祭壇を見つめる人。
友人代表として、今回の連絡を一手に引き受けていた人。
遠方からかけつけてきた人たち。
そして、今度、結婚するはずだった「彼女」の家族。

ひとつひとつのシーンが同時に悲しみを演出していきます。

いたたまれなくなって、小樽に住む友人に電話をしました。
農作業で疲れているはずなのに、電話につきあってくれました。
どうもありがとう。

明日は、告別式です。


2002年07月25日(木) 報せ

何かの間違いであってほしい、と願うのは、勝手でしょうか。

今日は、いろんな人から同じ内容のメールや電話をたくさんもらいました。
誰かが誰かに「そのこと」を知らせないと、やりきれない。
そんな感じで、たくさんの人から知らせを受けました。
私も何人かにメールを出しました。

こんなふうに「悲しい報せ」はどんどん広がって。

周囲の人間が現実として受け止めないと、遺された人たちに会わせる顔がないように思うのだけれど。

今日は、これで、おしまい。


2002年07月24日(水) 泣きの映画

「アイアムサム」という映画を観に行きました。
泣く映画、とのことで、ハンカチを握りしめて観ていました。
が、周囲がだんだんと泣きモードになっているのに、泣けません。
結局、最後まで泣けず、たいして感動もせず。
いっしょに行った友たちは「よかった」と言っていたから、いい映画だったのでしょう。
でも、私には、キレイすぎるストーリーでした。

私はいわゆる「泣き」の映画であまり泣けません。
私が今までに泣いた映画とかドラマってなんだろう。

「サウンドオブミュージック」「アルプスの少女ハイジ」「ちゅらさん」「スタンドバイミー」「機動戦士ガンダム」「赤毛のアン」「ふたりっこ」「ニューシネマパラダイス」「清水の次郎長」「フィールドオブドリームス」「風の谷のナウシカ」「ターミネーター2」「ステラ」「オールウェイズ」「カイロの紫のバラ」「アポロ13」「フォレストガンプ」etc.

………。
…。


私の感覚、おかしい?



2002年07月23日(火) 仕事の都合

今日はのんびり寝てしまいました。
急に入った取材のため、今日と明日でしようと思っていた4日分の仕事を今日一日で片づけなければなりません。

久々に机の前にしがみついて仕事をしていました。
ホント、久々。

夕方、ようやく片づいて一息ついていたころに、電話が鳴りました。
「明日の取材、明後日に変更」
………。



おやすみ。


2002年07月22日(月) 白山登山・見えなかった朝陽と下山の恐怖

3時起床。
毎日毎日、起きる時間が早くなっていきます。

今日は朝陽を見に行きます。いわゆる「ご来光」。
静かにとはいえないけれど、出発準備をして、展望台まで向かいます。
この展望台への道がまたきつい。
時間との闘いでしたが、途中からまたのんびり行くことにしました。
それでも、日の出の時間には間に合いましたが、ガスがかかっていて朝陽は見えません。思えば、雨女の私はそんなにキレイな朝陽を見た覚えがありません。
思い出の朝陽はあるけれど。

室堂に移動。
昨日は気合いで登ったけれど、今日は体がついていきません。
のんびりのんびりと登って、室堂に到着しました。
昨日、書いた絵はがきを出して、朝食。
かなりガスがひどいので、頂上に登っても何も見えない、ということで、頂上は断念。私の頂上は室堂で十分です(笑)

周辺を散策する人と下山する人にわかれました。
私は下山組。
下山のほうが、足にはきついだろうと、早めに下山。
最初は二人で話しながら笑いながら下山していましたが、最後のほうでとうとう右足が悲鳴をあげました。
「後遺症」ってこういうことか、と実感するほどの痛さです。
一歩踏み出すのが恐怖そのもの。
それでも、自分の足で降りていかなければなりません。
ゆっくりゆっくりと降りていきました。

途中、靴ひもが何度かほどけました。
友だちから借りた靴は、最初の姿をとどめていないほど無惨な姿になっていましたが、靴ひもを結びなおすたびにその友や、登山靴をはくようにすすめてくれた友、この間、山に登ったという遠くの知人のことを思い出しました。
元気をもらってまた一歩。

ようやく登山口が見えたときの嬉しさは、昨日、室堂に着いたときよりも嬉しかったかもしれません。

温泉に入って、足をもみほぐしました。
ふぅ、生き返った!
温泉のあとに飲んだビールのおいしかったこと(笑)
仲間の合流を待って、荘川の温泉に入り、帰路につきました。

結局、「山の魅力」はなんだったのかはまったくわかりません。
ビールがおいしかったことと、風が気持ちよかったこと。
仲間を気遣う優しさが嬉しかったこと。景色がキレイだったこと。
きっともっとほかにもあるのでしょう。

山の魅力は人それぞれなのでしょうが、私は私の「山の魅力」を見つけたいと思いました。

白山登山は、こんな感じで終わりました。
いっしょに登ったみなさん、どうもありがとう。


2002年07月21日(日) 白山登山・平瀬登山口から室堂まで

5時起床。
ドタバタとテントをたたんで、平瀬登山道の入り口まで移動しました。
昨夜の豪雨に「もしや登山は中止で温泉三昧?」などと甘い考えもちらほら浮かびましたが、なんとか登れそうです。

朝食は、牛肉ときのこの炒め物ホタテのせという、まさに昨日の夕食の残りで朝食を済ませて、登山届けを出して、登り始めたのが8時半。
登山への緊張もありましたが、日帰り登山できると聞いていたので、ほんの少し高をくくっていたのが大間違い。
いきなりの急騰に息が切れて仕方ありません。
10分歩いては休憩を何回か繰り返して昼食。11時半。

エネルギーを補給して、さて出発。
このときはまだまだ元気な私。
少しの下りのあと、いよいよ白山です。
登れば登るほどにどんどん変わる景色や空気に感嘆しながらも、いつまでもどこまでも続くがれきや階段が恨めしく思うほど、つらいつらい登りでした。

つらいつらい登りに、途中、一人で何回か休憩をしました。
その休憩のときに吹いてくれた風がなんとも気持ちがいい。
「山の魅力ってなんだろう」
ふと、そんな疑問がよぎりました。

疑問は疑問のまま、置いておいて休憩オワリ。
そのまま室堂平を目指します。
途中、雪渓から流れる水のおいしかったこと。
まさに命水!

ようやく前を歩いていた仲間に合流して、いっしょに室堂に到着。15時過ぎでした。標高2450メートルとのこと。ここは頂上ではないけれど、ひとまず山小屋に向かうことになりました。
室堂からまだ1時間半以上かかります。
ようやく空の写真や山の写真を撮る元気が出ていて、のんびりのんびりと山小屋に向かいました。

山小屋でのビールのおいしかったこと。
キリンラガー350缶が450円。値段なんてどうでもいいのです。
20時消灯の山小屋で、あたふたと寝る準備をして、就寝。
やはり、なかなか眠れず、何度も目が覚め、そして最近よく見る夢をみて朝が来ました。

つづく。





2002年07月20日(土) 白山登山・大白川でキャンプの初日

白山は、石川県にある山です。
その最高峰は、標高2702メートルの「御前峰(ごぜんがみね)」。
ちなみに富士山の標高が3776メートルとのこと。
比較しても、よくわかりません。

ということで、よくわからないままに、いざ出発。
今日は、平瀬道の登山口のすぐそばにある大白川キャンプ場に泊まります。
早朝に友だちが迎えに来てくれて、ひとまず、高山に向かいました。
かなり道が渋滞していましたが、無事に今回の登山仲間の一人と合流。

キャンプの食材を買い込んで、お昼ごはんに「豆腐定食」を食べました。高山って豆腐が名物だったっけ?
そんな疑問を抱きながらも、満腹・満足。
平瀬温泉で、ほかのメンバー3人と合流予定ですが、先にテントをたてようということで、大白川キャンプ場に向かいました。
途中の道がかなり狭かったり、道路が川になっていたり、路肩が崩れていたりで、スリル満点の道がなかなか楽しい。私は助手席に座っていただけですが。

キャンプ場には、先客が何人かいました。
家族連れやグループが多いようです。
このなかで、明日、登山する人はいるのかな。
そんなことを考えながら、テントをたてて、平瀬温泉まで戻りました。

平瀬温泉で、ようやく全員集合。計7人です。
明日の打ち合わせを簡単に済ませて、公衆浴場に入ってキャンプ場に戻りました。
今日は、キャンプ組と旅館宿泊組の二手に分かれます。
キャンプ組は、行きに私と同じ車に乗っていた3人。私はお金がないのとキャンプが好きなので、キャンプ組に。

牛肉ときのこの炒め物と、出前一丁ホタテ入りというとてもキャンプ料理とはいえない遅めの夕飯を食べて、ビールで乾杯して、明日のために早めに就寝。
私は、明日の登山に緊張してか、なかなか眠れず、眠りも浅く、途中の大雨や雷に起こされたり、悪夢にうなされたり。
でも、楽しい楽しい一日目でした。

明日につづく。


2002年07月19日(金) 明日から登山

旅の友に登山用の靴を借りに行きました。
明日から白山登山です。
今週になってからバタバタと決めたので、準備もバタバタとしています。

登山なんて、4年前の富士山以来。
あのとき、登っているときから右足が痛くて痛くて「もう登山は無理かな」と思いましたが、最近は足が強くなってきたのか、滅多なことでは痛さを感じません。
山に住み始めたからかな。
こんな山奥に引っ越してくれた親に感謝。

借りた靴は少し大きめでしたが、靴下をたくさんはけば大丈夫でした。
明日はふもとで1泊キャンプして、明後日はこの靴をはいた足で登ります。
急なお願いにもかかわらず貸してくれた友に感謝。

白山登山をすることを、遠くの知人に伝えていました。
山の良さと登山への気持ちを綴ったメールが届きました。
こんな私の「みやげ話」を待っていると言ってくれた彼女に大感謝。

ホントにホントにありがとう。

ということで、明日から22日までの日記は、まとめて書きます。
では、行ってきます。

のまえに、おやすみ。





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