椰子の実日記【JOYWOW】
2005年08月15日(月)
郵政民営化に反対する
サウジアラビアでは医療と学校教育は無料である。 国が国民に提供する公共サービスの究極の姿だ。
ぼくは郵政民営化には反対である。郵政サービスの 中の一つ、郵便事業はそもそも民営化とはなじまない。 だれがどのようにしたところで、富士山頂まで50円切手で 葉書を届けるのはコスト割れなのである。しかし、それが 公共サービスというものなのだ。
民営化するとどうなるか。間違いなく、我が家の近所にある 特定郵便局はなくなる。わが町には書店がたった一軒だけしか ないのだが、そのような有様になるに決まっているのである。
そして、民営化すると、現在郵便局に勤務している人々が 失職する。哀しい思いをする子どもたちが町にあふれる。
このまま公共サービスにも市場経済原理至上主義が入り こむと、どうなるか。
・空気使用料を税金とは別に課金される ・ゴミは一個につきいくら、とすべて課金される ・役所のホームページが有料サイトになる ・間違いなく税金は毎年上がる。 ・公共バスは値上がりする
民営化を無批判で賛美すると、えらいことになる。 だって、「民営化」している一般企業に勤務している 人々のハッピー度数、高い? 朝夕の通勤電車の顔を見てご覧よ。あれが民営化の真実だ。
2005年08月14日(日)
仕事再開!
夏休みは昨日一日で終了、今朝は朝から大車輪で 働いている。
・TOM PETERS師匠のスライド1,440枚(!)読み込み
・日経CSRサイト原稿執筆、納品(今回のテーマは シャープの絶対価値を重視した企業姿勢)
この二つだけで汗ぐっしょりである。エアコンを 効かせた部屋にいるのだが、頭を使うと汗が出る。
TOM 師匠のスライドがまだ終わっていないので、 これから、ひきつづき。
2005年08月13日(土)
夏休み
今月だけでも7本の締め切りを抱え、うち4本を残している のだが、外出しなくていいのが何と12日ぶりなので今日 くらいは一日家でゆっくりして仕事をするまい、と心に 決めた。ランチのときたまたまTVつけたら土曜サスペンス 劇場をやっていて、車椅子弁護士を宇津井健、検察官を 池上季実子。なんだか知らんがずるずる見てしまい、この まま一日が終わりそうだったのでビデオに録画して事なき を得た(結局いつか見るんじゃん!(笑))。
さて、一日フリーになったとなると、今度はやることが ない。ついついネットで
世界の新聞(→クリック!)
を読んだりしてしまうのだがすぐ仕事に結びついてしまう。 ほんと、我ながらワーカホリックである。
よって、強制的に今日は、ブータン仏教について勉強 することにした。
パソコンから離れることも大事なので、今日はこれにて、 御免。
2005年08月12日(金)
見えてしまう

高校野球が好きだ。校長こと山本藤光さんのいとこの長男が 出場していた旭川工業高校は残念ながら敗退したが、勝敗を 超えたドラマのあるのが高校野球だ。
今年、発見したことがある。勝敗のゆくえがわかってしまう のである。ピッチャーが何を考え、バッターがどうしたいのか、 すべて「見えて」しまう。例えば今朝の樟南(鹿児島)は 最初に一瞬見ただけで勝つ、しかも大差で勝つ、とわかって しまった。
膝ぎりぎりを突いてちょっといやな気分にさせ、次は 決め球のスライダー(バッターは左ボックス)を インコースに投げ込み、アウトを取る、というバッテリーの 作戦も「見えた」。事実、その通りになった。 二回だったか、樟南ピッチャーが力んでしまい、 フォアボールを出すな、ということもわかった。
実は昨夜風呂に入っていて、届いた電子メールの内容まで 「見えて」いた。今朝確認したら「見えた」通りの差出人から 既知の内容のメールが届いていた。相手が「阪本」を「坂本」と 間違えていることまで、「見えて」いた。
だからといってこの力をお金儲けに使おうとは思わない。 使えないのである。邪心や下心には使えないところが面白い。
(写真は相変わらず海の家OASISでゆるむおとーさん)
2005年08月11日(木)
ゾンビの群れ
海岸回りのバスに乗って、デニーズのある「なぎさ橋」 バス停に近づくにつれ、地面がむくむくと持ち上がったので 驚いた。座り込んでいた(へたりこんでいた、というほうが 正確な描写だ)若者たちが立ち上がったのである。 10代半ばから後半のティーンエージャーである彼らは7人いて、 バスに乗り込んできたのに存在感が希薄である。 男女という性も不明確であり、着衣によってかろうじて オスメスの区別がつく。 全体的にぐにゃぐにゃしている。若者特有の体臭がない。 毒がない。意志もない。熱がない。目に光がない。
5年ほど前、ニューヨークから日本に出張したとき、電車内 にいるこどもたちの身体に芯がなく、ぐにゃぐにゃしている ので気持ち悪かったのだが、その子どもたちが大きくなった 姿なのだ。まるでスライムで作った人形のようである。 バスの中でも立っていることができず、へたりこむように 座席に座る。あるいは、開閉するドアにもたれかかっている。
彼らは「げんべい」のある「元町」バス停で降りたのだが、窓を 見て声を上げそうになった。バス停から「げんべい」店舗まで 同じくぐにゃぐにゃの20体ものゾンビたちが地面にへたっているのを 目にしたからだ。バスから降りたゾンビたちが合流してへたる。 挨拶一つ、しない。ここはどこかの国の難民収容施設だろうか。 ぼくは白昼夢を見ているのだろうか。
そういえば、昨日、東急東横線横浜駅ホームで50代のおっさんが へたりこんでいた。健康なのに、ホームで立っていることが できないのである。
この緊張感のなさ。ぐにゃぐにゃした危機感のなさ。 そして、生き物としての手応えのなさ。 何かとんでもないことが起こるのではないか、と思ってしまう。
|