椰子の実日記【JOYWOW】
2005年03月29日(火)
あ。ごめん
日常生活では本当にぼんやりしていて、昨日コンビニに さる料金の支払に行き、カウンターでおにいさんに 支払書を渡し、おにいさんがスタンプを手に構えた ところで気づいた。
「あ。ごめん。財布忘れた」
おにいさんと二人大笑いでその場はおさまったが 後ろに人が並んでいなくて良かった。迷惑かけ ずに済んだ。
大雨の中、またとぼとぼと学問所に戻ったので あるが、あの夕方の外出は「ただ濡れに出ただけ」 の全く無意味な行動だったとほほ。
さて、今日はこれから出張。気をひきしめていこう。
2005年03月28日(月)
花粉症小考
花粉症が治ってしまった。ただし、完治というのは なくて、ただ大人しくなったというレベルだが。
ぼくは花粉症とのつきあいは長く、84年から2000年まで 16年。そしてNYに渡ったら治った。 生活習慣とか、食べるものとかが変わったからだろう。 そうそう、仕事も変わった。独立したら治ったのである。
人間の細胞も7年ですべて入れ替わるという。
花粉症というのは要するに、花粉だけが問題なのでは なく、鼻とのどの粘膜を刺激するparticle(微粒子) への敏感さが問題なのである。
だから、花粉以外にも、煙草の煙とか、ハウスダスト、 浜辺の砂、湿気(水の粒子)、猫の毛などにも反応する。 以上挙げたすべてにぼくは反応していた。 いまでも一部、反応する。
これは体質であって、だから、細胞を入れ替えない限り、 薬では治らない。市販されている花粉症の薬は、簡単に 言うと、粘膜をdryにする機能成分が入っているだけの ことである。だから鼻水は止まるが、同時に副作用も あって、喉や鼻の奥がカラッカラに乾いて苦しくなる。
ではどうするか。
・生活習慣を変える ・花粉症の季節は水をたくさん飲むようにして経絡の 通りを良くする ・「自分は花粉症である」と思わない
存在は、名前がつくと同時に存在を始める。 まず、「自分は花粉症が治った」と思うことを 試してみてはいかがでしょう。
2005年03月27日(日)
いかにも、のメールにご用心
日曜早朝から働いていると一通のメールが。
メールタイトルは「同窓会のお知らせ」 差出人は鈴木浩二という。当然、知らない人だ。
--------------------------------------------- 4月30日(土)に同窓会を開催いたします。 参加の可否を取りたいと思いますので、 下記のHPからお願い致します。
今回の同窓会は盛大に行いたいと思いますので、 できれば参加の方向でお願いします。
同窓会専用HP ---------------------------------------------
ぼくはメールソフトの設定をテキストのみにしている のだが、HTNL形式で開く設定の人は簡単にURLをクリック することになるのだろう。それにしてもここのところ、 受け取るメールの9割がこの手の詐欺だ。 こういうのも「コンテンツビジネス」というのだろうか。 この手のコンテンツビジネスで簡単ラクラク丸儲け という手法を指南している自称経営コンサルタントが 本をたくさん出していたが、最近やはり消えた。
休日早朝から、コツコツ働く。これが働くということ なのだ。
この日記をお読みの皆さんにも、きっと同様のメールが 届くと思いますが、決してクリックをしてはいけませんよ。 開封前に削除、それが一番です。
2005年03月26日(土)
It's so cooooooooooooool, J-POP MANGA!
KEN研で小林さんの研究発表を聞き、大いに勉強する。 テーマは「海外で人気のJ-POPカルチャー<漫画>の 現状」。 コミケと呼ばれるコミックマーケットはビッグサイトで 年二回開催されるが、3日間の開催で参加者3万組、来場者 40万人という。運営がすべてボランティアで実行されている 組織形態のありかたも参考になる。アメリカでは既にNPO で働く組織人が企業人の数を上回っている由だが、日本も ひょっとするとそうなりつつあるのかもしれない。
40万人の来場者ということは、一人1万円買うとして、 40億円である。しかもすべて現金だ。これは一つの立派な 市場であって、面白いのは、企業が創出した市場なので はなく、価値の提供者も受益者も共に「自分の自発的な 動機=本来の意味のvolunteer」だということだ。 そこに企業が「ビジネスチャンス」とばかりに乗り出すと 敏感にたちまち商業主義のにおいを感じ取り、市場の潮 は急速にひいてしまう由。
かつ、この市場は常に一定の顔をしているのではなく、 実は縮小し始めており、とはいえなくなりはしないのだが、 要するに、「コア」なゾーンは残しつつも、フローな部分は 変質し始めているという。詳しく論じる紙幅はここでは ないのだが、いずれ何かで論じることにしよう。
これをぼくは「浮き草マーケット」と名づけた。 『R25』の購読者数が減っているらしいのだが、とはいえ コアなゾーンはなくなりはせず、動いたのはいわゆる「浮き草」 の浮動票部分であり、あれも同様に浮き草マーケットなのだ なあ、とシンクロしたのだった。
刺激的、かつ、いくつか新しい着想を得た。
2005年03月25日(金)
黄昏に歌え
相も変らぬ旅の毎日だが、移動中本が読めるのが 嬉しい。
なかにし礼『黄昏に歌え』(朝日新聞社)読了。 文句なしの傑作だ。 ある時代を彩るものはヒット商品であったり 流行したファッションであったりするが、 やはりぼくにとって、時代を表すものは歌だ。 本書は作詞家としてのなかにし礼氏が自分の 半生を振り返りつつ、時代に色づけていった 歌たちを紹介してくれている。
満州から引き揚げる際、廣野をひた走るつらい列車の 中で、だれかが歌い始めた『人生の並木路』、一人、 また一人と唱して重ね、最後は合唱、みんな泣いていた。 こんなエピソードを読むと、では、現代で、世代を 超えて合唱されるような歌となると一体何なのだろう と思う。昨年洪水被害にあい、バスの屋根でがんばった 人たちも、曲名は忘れたが、何か一つの歌を歌って 心励ましていた。あれは彼らシルバー世代だからこそ 共通の歌があったのだ、という分析をだれかがしていて、 納得した覚えがある。渋谷の交差点で有事が起きたとき、 スクランブルに集う老若男女、一体何の歌でこころ 慰めるのだろう。まさかマツケンサンバではあるまい。
石原裕次郎、美空ひばりなどの正真正銘の大スターの エピソードも勉強になるが、何より、ぼくの好きな 昭和歌謡の歌詞の殆どをなかにしさんが作詞している ことに驚いた。
創作の秘密、そして翻訳の技、という点でも前頭葉が ちりちりする思いがするほど、刺激的だった。
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