椰子の実日記【JOYWOW】
2003年07月09日(水)
顔努力
昨日話題にしたデジカメをもって、渋谷に出たついで にBカメラ(特に名を伏せる)にもちこんだ。 比較的空いていたので安心した。レジにぼーと立って いる植物のような若い男にデジカメの電池 があるかと問うと「しばらくお待ちください」と 後ろのだれかに聞く。お前、手前の店で売っている 商品のこともしらねえのかい、と沸騰しかかった がここは何しろビックいやBカメラ、人材教育なんて 手が回らないのだから怒るのがヤボというものだ。 出てきた男も若いが、なんだか怒っている。 「デジカメの電池って、なんすかあ?」 「いやだからデジカメの・・・なんといえばいいのか、 電池です」 「どの電池すかあ?」 これです。現物をもってきておいて良かった。 「それならあります」 出してきてくれた。キャノンの純正電池である。 「これでも使えます」こちらはブランド名なしの ものだ。純正のものに比較し価格が450円安い。 ずっと店員は怒っている。怒っているので彼を 信じないことにした。迷わず、キャノンの電池を 買った。 店を出ながら、なぜ彼が怒っているのか、考えた。 わかった。怒っているのではなく、キムタク のつもりなのである。「あちょっとそれ、違う と思うんすけど」という時のキムタクそっくりの 顔努力をしているのである。なるほど。
2003年07月08日(火)
3年「も」前の製品はどこにもない
デジカメの電池がすぐに切れてしまう。おそらく電池 の寿命なのだろう。電池切れました、はいわかりました ではこちらにあります。という話にはならない。世の 中ややこしいのである。クローゼットをひっくり返して 保証書を探し出し、調べてみると神戸で買っている。 2000年のことである。もともと電池などの消耗品は 保証の限りではないらしい。説明書の裏に専用サイト があるので、電話が面倒だからサイトに行くと、 「3年も前」の古い機種についてのサポートは一切 ない。
「環境にやさしい」
ということは、古い製品を大切に使うことではない のか。ゴミだとか廃液だとかいう目に見えること には日本の製造業は熱心だが、「いつまでも使い つづけてほしい」という自分の手塩にかけた モノへの愛情が感じられないのは気のせいか。 本当の環境コンシャスなメーカーとは、 朽ち果てるまで自社製品を使ってほしい、最後まで つきあうぜ、という姿勢を示すところだと思うが 無理な話か。
2003年07月07日(月)
もー君元気
上海に行ったとき世話になった現地ガイドのもー君に、 見舞いのメールを送っていたら、かなり経ってから 返事がきた。 ---------------------------------------------------- 坂本 様: こんにちは。実は今のアドレス、もう殆ど使っていません 。先、偶然に開けて見ました。驚きました。日付は6月6 日だから、大分昔のメールでしたね。ご心配をかけて、本当に 申し訳ございません。お陰様で、とっても元気です。毎日 ばりばり仕事してる。坂本さんも元気ですね。 例の中国SARSの問題ですが、今はもう段々収まって きます。上海では一番このSARSのひどかった時期でも、 八人しか感染しなかった。殆どは地方から上海に来る観光客 今、八人は二人死亡、六人退院。今、上海では感染者がいない 。全国の入院中の患者が今全部まだ2,3十人います。このうち 、全部退院すると思います。もう、そろそろ中国観光も解禁し て、上海のビジネスマンの往来はもう相当戻りました すいません、返事が遅くて、でも、今度、下記のアドレス 当てにメールを送ってください。 ********@yahoo.co.jp お返事、待ってるから。 よろしくね。 上海職工旅行社 茅蔚棟 ---------------------------------------------------
元気そうで、何よりである。メールアドレスにご注目ください。 ヤフー・ジャパンを使っている。即ち、日本市場を見ている のである。ぼくは彼のこういうひたむきさが好きである。
2003年07月06日(日)
地域人
大好きなおばかテレビドラマ『ぼくの魔法使い』が 終わってしまった。哀しい。最終回、便利屋(広吉 代理店;広告、にあらず。キチである)が地元住民 から求められていることに主人公が気づき、商いを 続ける決意をする。ドラマ内では、漫画チックな 描き方の延長で、「なんちゃって」という雰囲気で 描写されていたが、実はこれからの商いって、 この方向ではないか、と思うのである。 中沢孝夫姫路工業大学教授の言葉で「地域人」 というのがある。地域に密着して生きる人 (それは商いに限らず、ボランティアもそうだ) を指している。これだと思うんだなあ。 ぼくは昔から、インターネットは下駄だ、と 主張しているが、この地域人コンセプトと ECを結びつけられないか、と考えている。 起業とも。
2003年07月05日(土)
GODDESS IN THE DOORWAY
セミナーでもGLAYのライブ映像を流すほど、ぼくは GLAYが好きだ。そんなぼくにとってTAKUROの本 『胸懐』は待ちに待ったもので、朝からハマって いる。一人の女性が登場する。TAKUROは彼女への メッセージとして曲をずっと書いてきたという。 『あいのり』で使われていた曲も、彼女に会いたい のに会えない、そんな気持ちが描かれた由。
ただ、彼女はとても実在しそうもない、存在感の 薄い人なのだ。TAKUROが彼女のことを熱心に話せば 話すほど実在感が薄くなっていく。なんだか村上 春樹の小説に出てきそうなタイプの女性なのである。 たしかに彼女は存在したのだろう。 しかし、TAKUROに曲を書かせるために、天がつかわした 人、なのかもしれない。 天才の仕事の背景には、やはりそういうことが、あるのだ。
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