椰子の実日記【JOYWOW】
2003年05月15日(木)
曲がりますからご注意ください
「ヤマダ君、ちょっと」 「はい、なんすか、課長」 「転勤だ」 「どこですか」 「インド洋に派遣中の海上自衛隊の補給艦『ときわ』」 「はあ?」 「そこでプログラミングのサポートをしてほしい」 「えっと、いま、『いんどよう』って、聞こえたんすけど、 あと、『じえいたい』とかも。ぼくの聞き間違えっすよね」 「いや。まちがってない。有事法制で、うちの会社も自衛隊 の手助けをしなきゃならなくなったんだ」 「課長、ぼく、本州以外の転勤、困るんすけど」 「北海道や九州じゃないじゃん。インド洋だからいいだろ」 「んな、むちゃくちゃな」
有事法制下では、こういうこともありうる。マスコミは、 このような、具体的な日常、日々の生活に落とし込んだ 法制の姿をしっかり伝えなければならない。 白い集団やタマちゃん、六本木ヒルズのような「わかりや すい」話ばかり流すのではなく。一般には理解しがたい法律 の文面と、与党野党の電子顕微鏡で見なければわからない 本法制への立場の違いについてばかりではなく。
冗談じゃない。急速に右旋回している。なぜみんな、平気で タマちゃんの心配ばかりしているのだろう。
2003年05月14日(水)
最初の言葉
大学時代バンドを組んでいた仲間からメールが来た。 米国留学経験があり、神戸の私立名門高校卒業、ギター も腕が立ち、きれいなガールフレンドがいたN君。 雑誌『Think!』を見たとのこと。彼は現在ソニー にいる。20年以上前の旭化成時代、鳥取出張から 帰りのJR大阪駅ホームでばったり出会って以来だ。
今日これから会う。 土産は何にしようかと考えたが、やはり手ぶらで 会うことにする。照れるもんな。
うーん。最初の言葉は何にしよう。楽しい悩みだ。
2003年05月13日(火)
病んだ幼稚社会
博打打ちの鉄則に「背中に立つな」というのがある。 背中に立たれると、手が読まれる。映画「Sting」でも たしか重要なモチーフになっていた。 麻雀をしていて背後に立つとぶっとばされる。
一般社会でも背中を見せられなくなってしまった。 電車でも、必ずドアを背にして立つ。満員電車の 場合は後ろに立つ人をチェックした上で常に背中 に神経を集中させる。 昨夜、電車で熟睡している女性がいたが、信じられ ない光景だった。
日本社会、本当に、病んでしまった。病んで、かつ 幼稚になった。金貸しのCMの犬をもてはやしたり、 バブルでこりたはずなのに巨大ビルができたら 一日50万人も集まったり。
2003年05月12日(月)
EC成功の鍵
久しぶりにECのコンサルティングをやっているので 特にこのところ、インターネットのお店の仕事ぶり が気になる。今朝、お気に入りのうどん屋さんから 商品が届き、緩衝材代わりに使っている新聞に目が いった。四万十川の水を使ったうどん屋さんだ。 よって、新聞は高知新聞である。どれどれ、と 拡げてみると、3月13日付の紙面だ。じっくり読んで みるとたとえばテレビ欄とか、発見が多い。 黒岩重吾氏の哀悼記事を田辺聖子氏が書いていて、 しっとりと、いい文章だ。
拙著『パーミション・マーケティング・セミナー』 以来主張しているのだが、つくづく、ネットは 下駄だと思う。ECのKFS(成功の鍵)は、やはり 「とことんローカル」なのである。
2003年05月11日(日)
経営は身体でやる
大阪産業創造館起業家セミナーで柔軟体操を伝授した。 なぜなら、経営はスポーツ、身体でやるものだからである。 昨今書店のビジネス書コーナーにならぶ、「毎日が 給料日」「全部無料で」「簡単に」「60分」などという 暑苦しい、それでいてひよわな、芯から勝負しない 子供騙しの思想潮流に断固としてNOを言いたい。 現場で汗をかき、泥にまみれるのが経営だ。きれい ごとや「ちょっとした工夫」でやれるものではない。 身体性の欠如は教育の現場にも顕著で、児童のことで はなく、教師側がひどい。知人の息子(小学2年生)S君 が先生に首をしめられて鼻血を出した。 正確にはS君が鼻血を出して困ったと思っているところ へ普段から言うことをきかないのでいちゃもんをつけ ようと狙っていた担任教師(25歳、男性)がこれ幸いと首を しめたということらしいが、ただごとではない。 学校側は教師をかばい、こんにゃく問答が続き、 結局は担任は「病気による欠席」となった由。 ひどいものだ。S君が休んだため、くだんの担任から 二番目に目をつけられていた児童が恐慌に陥り、登校拒否 した。 学校は「なかったこと」に済ませたい。しかし、児童の 心の傷は癒えぬ。
教師は「前後の見境がつかなくなって」「ついかっとなり」 首をしめたという。
首なんてもの、そう簡単にしめたくなるものか。 教師はこどもの頃から、すもうや殴り合いのケンカ ひとつせず、「いい子」「勉強のできる子」で育って きたのだろう。身体性が彼の中には、ないのである。
経営も、こうなってはいけない。
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