椰子の実日記【JOYWOW】
2003年02月19日(水)
また、きっといいこともあるよ
「ねえ・・・また、きっといいこともあるよ。・・・」
この言葉は、焦げたてぬぐいで頬かむりし、路傍に 座っていた中年の女性二人が話している言葉。
たまたま横を通りがかった山田風太郎少年が、耳にした。 場所は水道橋あたり。一面の灰燼。いたるところまた 火がチロチロと燃え、煙も出ていた。
1945年3月10日、東京大空襲のあった午後のこと。
中年女性には当然、家族もあったでしょう。
空襲のあと、「何かきっといいこと」と話し合っている わけですから、事情は察することができます。
「ねえ・・・また、きっといいこともあるよ。・・・」
同じ言葉が、たったいま、イラクでも、話されているか もしれません。
2003年02月18日(火)
クミトリの経済学
昔、トイレはすべてクミトリ式でした。
クミトリに来てくれる「サービス」に対しては お代を支払っていたようです。公共のサービス ではなく、個人対個人の話だったみたいです。 さらに時代をさかのぼると、クミトリした ものを使うお百姓が、対価として、米や野菜 などを置いていったとさ。
天保の御世の頃、滝沢馬琴が、あるお百姓と 契約していました。馬琴の家族は7人なので、7人 の「生産物」に相当する対価、即ち、干し大根 300本と、茄子を家族一人あたり50個、一年間に 納める契約でした。ところが、7人のうちこども が4歳と2歳で、大人と同等の「生産物」の「量」 を期待できないと、お百姓が値切り、5人分 しか茄子を持ってこなかった。馬琴は頭から湯気を 立てて怒り、その茄子をつきかえしたそうな。
なんともまあ、とぼけた味わいのある話です。
私の大好きな作家、山田風太郎さんは、この エピソードからさらに連想し、ゆくゆくは 生産者がお金を支払う図式が定着する、ひいては 作家が自分の作品原稿をお金を出して版元に 買ってもらうようになるだろう、という不思議かつ 痛快な想像をふくらませてゆくのですが、詳しくは 氏の作品『死言状』(角川文庫)のお楽しみと しましょう。
2003年02月17日(月)
マイブーム「クラシック」
マイブームはいくつかあって、現在のものはクラシック音楽 と激安ツアーです。激安ツアーについてはSurfin'で書きます。
昨夜たまたまテレビを流していたら、チャイコフスキー をやっていて、画面に心奪われました。
バイオリンをリードにした協奏曲なのですが、リードと オーケストラとのやりとり、指揮者とのジャムセッション など、まるでジャズのimprovisation(アドリブ)。 指揮者を含め、オーケストラメンバー相互が「気持ちの キャッチボール」をやっているのです。 目には見えないけれど、気持ちがぽんぽん飛び交っている。 ここが面白い。
そしてバイオリン奏者の人生まで滲み出てくる。
そう、クラシックには人生を感じるのです。
まだまだクラシックについてはひよっこ鑑賞家ですが、 奥深いおもちゃを発見したよろこびで、なんだか毎日が 楽しいです。
2003年02月16日(日)
老後はちょいとミュージカルに
NHK番組にんげんドキュメント。4人に1人が65歳以上 という北海道・穂別町で、お年寄りたちが自主制作 ミュージカル映画をつくった話を観ました。 http://www.nhk.or.jp/ningen/top.html
「これや!」と思いましたね。
私は高校時代2本、大学時代1本の自主制作映画を つくったことがありますが、老後はこれで遊べる! と。近所の人や仲間を集めて、映画をつくる。
プロジェクトの達成感、一体感は何ものにも かえがたいし、身体を動かすから、健康にもいい。
「ふるさと創生基金」でばらまかれたお金も、こういう ことに使えばいいんですよね。この映画の制作費は 全部で240万程度だったと思います。1億に比較すれば、 びっくりするほど安上がり。みんなが関わっている から、思い入れもひとしおだ。
みんなが参加する新しいタイプのお祭り。 なんだか、わくわくしてきました。
2003年02月15日(土)
旅の意味
誤解のなきように。昨日エアチャイナで煙もくもく だったことを書きましたが、これは、文句を言って いるのではなく、「珍しい体験として楽しんだ」 のでした。
とにかく、新しいことを見たり体験したりする ことは、それまでの生活の「慣性の法則」を 崩してくれる意味があり、自分自身がリフレッシュ します。旅の意味は、まさにそこにあるのでしょう。
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