東京の片隅から
目次|きのう|あした
| 2016年05月01日(日) |
「サイエンス・フィクション」または「すこし・ふしぎ」のこと |
今回の萩尾望都原画展はSFに焦点を当てたものだった。 発表当時、SFを少女漫画誌に載せるというのはかなり挑戦的なことであった、らしい。 40代前半の自分にとっては、物心ついたときには鉄腕アトムもロボットアニメもタイムトラベルものも気がついたらごく普通に存在していて、朝日小学生新聞には手塚治虫や松本零治の旧作が掲載されていたし(ワンダー3とか四次元世界とか)、教科書には星新一やブラッドベリが載っていて、SFとはごく当たり前のジャンルだったのだが、かつてはそうではなかったとのこと。 先達の闘いがあっての現在なのだが、それでもいまだにファンタジーはともかく、SFは多くの少女にとっては一般的ではないように思う。そもそも少女マンガは人物描写の比率が高くなるからどうしてもSF色は薄くなりがちで、タイムトラベルもの・異世界ワープものを一種のファンタジー・夢小説として除外するとかなり少なくなる感じ。 ガンダムシリーズなどのアニメで自己完結してしまっているのか。 自分が読んできた中だと、「ダークグリーン」やジャック&エレナシリーズや「輝夜姫」とか「獣王星」とか「OZ」がSFのくくりに入るのか。「僕の地球を守って」もそうなのか。いろいろ思い出してきた。っていうかこれ「ダークグリーン」以外全部白泉社。 コバルト文庫で新井素子の「星へ行く舟」シリーズとかあったし(まぁあれもSFというより日常系ではあるが)、好きな同人作家さんたちがみんなSF好きでフリートークコーナーでがんがんSFを勧められてたんでごく普通にハヤカワ文庫を手にしていたけど、それは少数派なんだろうなというのは当時から思っていた。そういう自分もスペースオペラ系は苦手で、もっぱらファンタジー寄りのところを歩いてきているのだが。ブラッドベリから入ったから、ロボット3部作とか本気で読んだのは最近だし。
| 2016年04月30日(土) |
萩尾望都SF原画展「宇宙にあそび、異世界にはばたく」 |
萩尾望都SF原画展「宇宙にあそび、異世界にはばたく」に萩尾ファンの友人と行ってきた。
何と言っても入場料が100円。ありえねぇ。(これ佐々木マキ展の時にも言ってたな・苦笑)
今回はSF関連の作品に絞った展示。といってもSFとファンタジーの境界は曖昧なもので、要するに実社会(現代や今描いている中世も含む)以外の作品はすべてSF、というくくりでいいのかな?もともと自分が好きな作品がそちら方面のものが多いので、とても嬉しい。 最初に読んだ「11人いる!」、初期の「ユニコーンの夢」「精霊狩り」から「百億の昼と千億の夜」「銀の三角」「マージナル」「バルバラ異界」へ続く系譜。本の挿絵や表紙イラストなども展示されている。 美しいカラー、繊細なモノクロ原稿。柵がないのでガラス越しの原稿ギリギリまで寄って見られるのが有り難く、食い入るように見る。ただただ溜息。
ここから下は元・漫画研究会部員の戯れ言ですw Eテレ「漫勉」の時に知ったのだけれど、あの線が本当にGペンなのか。 主線はともかく、衣服の皺や巻き髪もGペンなのか。 スクリーントーンは自身で貼っておられるのはテレビでもやっていたけど(それだけでも驚愕)、あの繊細な点描や網掛けは何ペンなのか。丸ペン?Gペン?アシスタントさんが手がけておられるのだろうけど、あのナワカケの繊細さ、密度のグラデーションの美しさは神。 そのほかにもスクリーントーンだと思っていたところが実は手書きだったという衝撃も。 そしてモノクロ原稿の緻密な世界に印刷が追いついていないという事実を強烈に目のあたりにする。
カラー原稿もそう。画材はカラーインク(と、ときどきカラートーン)だと思われるのだけど、ときどきはっとするような一歩間違えるとどぎつくなる色の組み合わせもあり、中間色グラデーションの甘い世界あり。 所々入っているホワイトの修正。効果だけでなく、いったん描き込んだものを敢えて消した、という思考プロセスが気になる。 「六月の声」でエディリーヌの語りはじめで口が消されている。一度は描いたものの消したのだろう。敢えて表情を乏しくすることでエディリーヌの感情を読みづらくし、主人公の「彼女が何を考えているのかわからない」という当惑に、より読者を近づける、そんな効果があるように思う。 そのほかにもいろいろ。見れば見るほど発見が。至福の時間。 そして絵が描きたくなる。
ずいぶん友人を待たせたあげく、しかもそのあと美味しいご飯の店とか探してくれてたり、ウインドーショッピングとかにもつきあってもらったりしてしまった。 申し訳ない。
まーさんは休日出勤。 子どもとドラえもんの映画を見る。子どもはもとより、私自身もドラえもんの映画を見るのは初めて。 「新・日本誕生」ということは、もとの「日本誕生」があるのだな、と調べると、1989年の作品らしい。道理でタイトルに既視感があるはずだ。
シネコンのスクリーンはもう小さめの部屋になっていたが、親子連れで半分以上埋まる。封切りから1カ月でこのサイズのハコになっちゃうのって、ちょっとせっかちすぎやしませんかね・・・。
予告編を含めてほぼ2時間の映画、これまで短めの作品しか見ていなかった子どもが果たして保つかと思ったが、トイレ休憩もなく、真面目に見ていた。 が、終了後「どらえもんのえいが、こわいからもうみない」と真顔で語る6歳、やはり悪役が怖かった模様(笑)。 終わってからショッピングモールをぶらぶらして夕方帰宅。
で、映画の感想。 家出しちゃうのび太も問題があるけど、話半分で聞き流しているのに途中から掌返しで自分も参加させろといってくるジャイアンたちも何だかなぁと。すぐドラえもんを頼るのとかもわからない。 ドラえもんとかサザエさんとか、昔から冷めた目で見ていたけど、もはや全く共感できなくなっているのは私が嫌な感じで「大人」になってしまったからなんだろうな。 あと、悪役の手下が土偶なんだけど、あれは日本で出土したものだから、中国の奥地に秘密基地を作っている悪役の手下があれ、というのはおかしいし、そもそも縄文時代のものだから舞台の7万年前には存在しないよ!と突っ込んでみる。
子どもの誕生日。6歳になった。早いなぁと感じる。
あの日も雨だったらしい。 「らしい」というのは、前夜からのHELLP症候群発症による腹痛で意識がもうろうとしており、もうろうとする意識の中で窓の外が明るくなり、やっと夜が明けた、という印象しかなかったからだ。結局朝イチで手術室に入り昼過ぎに病室に戻ったもののすぐにICU送りになった。 あとから家族に夜半から台風のような暴風雨だったことを聞いた。道理で「晴」の字が却下されるわけであった。
日中、雨の中お使い。 ちょうど昼をはさみ、珍しく外で昼食。建物の上の方だったので、窓の外には新緑の木々。 地味だがなにやら花が咲いている木もあり、下から見ていたら気づかないだろうなぁと思う。 視線が変わらないと見えぬものもある。
自分のポンコツぶりに凹む。
今年は特に流行っている気がするが、毎年この時期は街にボーダーが溢れているように思う。 右を向いても左を向いても必ずボーダーが目に入る。通勤電車の中にも必ず1両に1人はいる。 他の時期にも流行しているアイテムはあるのだろうけど、色のバリエーションが多い割りに模様としては型があるから、一見で「ボーダー」とわかるのが、より目に入りやすい原因なのだろうと思う。 自分はいまいち似合わないので、似合う人がちょっと羨ましい。無地のシャツよりおしゃれ感が出て、でもカジュアルの範囲に収まるって便利そうだ。
会社帰り、信号待ち。 頭上を鳥の群れが飛んでいく。尾が長い。オナガの家族か、そう思うが、何だか違和感。 確かに尾は長いのだが、頭がオナガにしては大きい。鳴き交わす声もオナガじゃない。 翼の色は黄緑に光る。あ、これインコだ。 大岡山に住みついていると聞いたことはあったが、ここにも生息域が広まっていたのか。緑の多い環境だから可能性は高い。
帰宅してから調べると、大きさといい色といい、やはりワカケホンセイインコだと思われる。 東京はどうなっちゃうんだろうか。
唐突にまーさんに「あのチェックのシャツは野暮ったいね」と駄目出しされる。 「あのシャツ」とは、無印良品で数年前に買ったベージュ×黒のギンガムチェックのダブルガーゼシャツのことである。 ええ、自覚していますよ。 胴体のサイズと身長が合ってなくて袖が長く、生地に張りがないから全体的にだぶっとした感じ。 色も地味。
あれはどこかの無印で15分で買ったやつだ。いくら似合わないのを自他ともに認めているとしても、明日着る服がない、目の前にある限りなく少ない選択肢の中で何か買わなければどうしようもないという状況で買った服だ。 しかも自分のメンタルがかなり悪かったときだと思う。普段ならこの色の、しかもギンガムチェックは買わない。 似合わないなりに自分を守ってくれた服だ。代わりになるものもないので、まだしばらくは活躍してもらおうと思う。
バイク乗りのまーさんが「ばくおん!」というバイクと女の子のアニメを見ている。 バイクのマニアックな話らしいというので見始めたらしいのだが、横で一緒に見ている限り、この作者の人はバイクとおっぱいが描きたいだけなのではないかと思えてならない。
プリンス死去という衝撃的なニュースを朝イチに聞く。しかし、最近飛行機の機内で倒れたというニュースも耳にしていたから、思ったよりも衝撃はなかった。その次に思ったのは、シカオちゃんや岡村ちゃんは大丈夫だろうか、ということ。 マイケルがいなくなったのはもうずいぶん前のことだけど、もうボウイもプリンスもいないんだな、と思うと、切ない。 こちらはずいぶん淋しくなったが、あちらは賑やかになりそうだ。
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