東京の片隅から
目次|きのう|あした
朝から運転免許証の更新。写真写りを考えて着るものに迷って結局グレーのセーターにしたが、出来上がりは大差ないのであった。 更新のあと、時間を無理やり捻出して上野の国立西洋美術館へカラヴァッジョを見に行く。 カラヴァッジョ展といいながら真筆は半分以下なのだが、それはラファエロでもそうだったから仕方ない。 画題ごとに当時のフォロワーの作品と並べて展示されているのだが、似ているようでそれぞれの個性が違って面白くはあった。 でも並べるとカラヴァッジョ本人のすごさが際立つ。なんだろうな、みんなそれぞれ上手いんだけど、なんか違う。明暗の表現のグラデーションか、人物の表情か、それ以外か、でもたぶん「すべて」。 ところで、5歳くらいの男の子を連れたお母さんが展覧会に来ていたのだが、楯に貼り込んだメデューサの絵を見て「・・・これすごいね」の連発。画題の説明があるから展示を選ぶけど、うちの子もそろそろ連れてこようかな、と思う。
午後、自宅近くに戻り、保育園の保護者会。今年度の話、来年度の話。その後来年度の卒対の話し合い。アルバム係になった。人数が多いので、今回は、連絡手段をどうするか、ファイル共有するか、作業で集まれるか等、みんながどこまでのスキルを持っているのか確認する段階。
帰宅後、スキーの準備。果たして雪はあるのか!?
| 2016年03月08日(火) |
ブレイブ・ストーリー |
ひょんなことから映画「ブレイブ・ストーリー」を見た。原作は読んでいないが、対になる作品である「英雄の書」は新聞連載時に読んでいる。同じような展開や世界観だろうと推測。
映画はわりとよくできていたとは思うが、いかんせんはしょりすぎ。世界観や構造が見えない。映画1本にまとめるには無理があったと思う。このエピソードだけで30分アニメ1話分だろ、みたいなのが5分で終わってる(苦笑) ちゃんと1クールアニメでやれば良かったのに…つくづく原作の無駄遣い。もったいない。
このところ急に鼻づまりがひどく、鼻呼吸ができないときも。 認めたくないが、ひょっとしたら花粉症を発症したのかもしれない。 姉妹が花粉症だし薬などの副作用も出やすい体質なので、発症の可能性は普通よりも高い、とは言われている。
今週末群馬に滑りに行くのだが、果たして雪は残っているのか。ダメだったら温泉でだらだらするか。
ネットサーフィンでpixiv百科事典にたどり着き、戯れに開いた「おっさん」という項目で、
もしかして →平沢進
に爆笑してしまった私はたぶん悪くない。
一つ歳を取ったけど、だからといって特に何も変化はないのであった。大人なんてそんなものだ。
YouTubeでスネークマンショーを見てゲラゲラ笑う5歳児。 本当に意味がわかっているのだろうか、と疑念はあるが、終わると次のを探して見始めるところを見ると、わかってるんだろうなぁ・・・。
まーさんがバイクの部品(ジャンク)を一山いくらで買ってきてにやにやしている。 一山いくらだから何に使うのかわからない部品もあるらしい。大丈夫か。
| 2016年03月01日(火) |
「2001年宇宙の旅」 |
実は読んでいなかった名作を読もうシリーズ(前回はアシモフ)、今回は「2001年宇宙の旅」。 映画のイメージが強すぎて果たしてどうなるかと思ったが、やはり映画、特に音楽がフラッシュバックする。キューブリックすごい。 冒頭から、ちゃんと映画を見ていない私でも脳内に「あの音楽」が鳴り響く(笑)。
「地球幼年期の終わり」と同じニオイがするのは書かれた時代が近いからかな。でも「2001年」のほうがより詩的で音楽的。 最後に響くのはバッハのゴルトベルクか。ハープシコードの小さな美しい音色が(あれは本当に音が小さい、全身全霊を傾けて壊れ物に触れるように鍵盤に指を落とすのだ)土星の果てに消えていく。 ストーリーとしては若干尻切れトンボ気味で、やや消化不良。これは「2010年」も読めと言うことか。
余談。作中に「地球の人口が60億人、そのうち中国が20億人」という記述があって、現実はちょっと違うのだけど、奥付を見るとこの作品が書かれたのは1968年。一人っ子政策が始まる前だから、当時の人口推計(いや、中国の統計が当てにならないのは常識に近いのだけど・汗)からするとかなり精度の高い推計なのではないかと思うのであった。
12月初旬からずっと引っ張っていた案件が無事終了。気が抜けた。 いや、レスポンスが遅いのは私のせいじゃないよ!と英文メールを見るたびに胃がキリキリ。憂鬱な年末年始を越え、最終期限ぎりぎりに何とか滑り込みセーフ。 しかしこれから年度末に向けて同じような事態が続発するんだろうなぁ・・・。
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