東京の片隅から
目次きのうあした


2015年03月04日(水) 41

誕生日と言っても何事もなく子どもの世話をして仕事に行って帰ってきて一日が過ぎる。
自分で自分のためにケーキを買う。
今年は会社近くのベーカリーでチーズケーキやシュークリームを数種類。
白い紙箱に店名の入った飾り紙を45度ずらしてかけ、金色の細いプラスチックのリボンを十字に掛ける。子どもの頃、ケーキを買って帰るときはたいていこういう感じだったと思い出す。そんなところも懐かしい。
中身も昔ながらの素朴な味だった。


2015年03月03日(火) 時間制限あり

会社で毎週定時にウイルス検知ソフトの週次スキャンがあるのだが、ヴァージョンアップして以降、退社時間までに終わらない。
たまたまその曜日の午後ずっとパソコンを使わない作業があったときがあって、そのときに立ち上げていたソフトを全部終わらせてあればなんとか時間内に終わることは確認した。しかし毎回毎回まさか半日何もしないわけにも行かない。
以前のヴァージョンでは開始時間等を自分で調整できたのだが(そもそも時間内に終わっていたのでデフォルトのままだったが)、今のヴァージョンは時間を自分でいじれないので、何回かに一度は途中で強制終了して退社する。
より詳細なチェックをすることになったのはいいけど、終わらないんじゃ本末転倒だ。

と悩んでいたら、同じように悩んでいた他部署の人から、指定されている開始時間の前に手動スキャンを始めればいいという耳寄りな情報を入手。
次回からそうしよう。


2015年03月02日(月) アイカツ!

子どもが「アイカツ!」というアニメを気に入ったらしい。保育園で上にお姉さんのいる子からの影響か。
カードを集めてなにやらやるゲームもあるらしいのだが、それについては知らない模様。アニメも時間があったときに見るくらい。
「アイカツって何してるの?」と尋ねると「あいかつ、あいかつ、っていいながらはしるの」とのこと。たまたまアニメでコールしながらジョギングするシーンを見たらしい。
「あとは?」「おやまにのぼったりする」
どんな認識だ(笑)
保育園では「○○ちゃん(子どもたちの名前)は××ちゃん(キャラクター)になる」とキャラクター分担があり、うちの子は「おとめちゃん」なのだそう。
で、登園準備の時に「おとめちゃんのかみがたにして」と言われたりするのだが、当然、母は「誰それ」状態。画像検索で「おとめちゃん」を検索したらツインテール→三つ編み→お団子という複雑な仕様。この忙しいときによりにもよってそれかよ!と思いながらもとりあえずそれっぽく仕上げるとご満悦。
これをこれから当分の間毎朝せがまれるのか・・・それを口実に登園準備を早めに済ませるように誘導するか。


2015年03月01日(日) 常磐自動車道全線開通

常磐自動車道が全線開通した。本来なら喜ばしいことであるはずなのに、新聞でもテレビでも扱いはひっそり。
同じ3月に開通する北陸新幹線の扱いと比べると雲泥の差。
こちらの方も何事もなければあちこちで特集が組まれてもっと賑やかに取り上げられたであろう事を考えると、ちょっと切ない。


2015年02月28日(土) 地雷の予感

仕事ではなく私事でちょっと地雷になりそうなことがあって、憂鬱。
一日いろいろ考えて回避方法を発見。地雷は回避できたが、なんとなく後味が悪い結果に。


2015年02月27日(金) 花粉症の季節

花粉症の季節になった。
鼻が詰まって口呼吸をする人が増えたからか、マスクのせいか、口臭のきつい人が増えて、通勤電車の中が地味につらい。
身長差のせいか、目にしみるんだよね・・・。


2015年02月26日(木) 英語は天敵だったので

仕事で見ていたどこかのホームページで「弊社のトータルなソリューションをお知らせします」って書いてあったけど、わざわざカタカナ外来語で書く必要はあるのだろうか。何度読んでも頭に入らない。私が英語苦手なだけかな。


2015年02月25日(水) 一段落

とりあえず2月締め切りの仕事に目処がついた。なんとか終了。ほっとする。


2015年02月24日(火) 嵐の中で

このところやや心が不安定。ふと目の奥が痛くなったり、血の気が引くような感じがあったり。
心のもやもやは誰かに話して楽になるものでもないので、こういう場所で書くことで自分の気持ちを確認し、嵐が過ぎるのをただ海底で待つ。


2015年02月23日(月) おかしいのは自分

保育園で同じクラスのお母さんで今マタニティマークをつけている人がいる。
別に今に限ったことではなく、毎年誰かしらつけているのだが、それを見るたびに心がざわざわする。
率直に言うと、羨ましい。
医者から直接的に禁止されたわけではないが、今までの妊娠経過がすべて良くなかったこと、事実ふたり亡くしていること、助かった一人もNICUに何ヶ月もいたこと、自分自身もICUに入ったこと、姉のところの下の子が体が弱いこと、そうこうしているうちい40代に入ったことで、「何となく」もう出産はしない、という流れになっている。
自分でも、理性的に考えれば、もう妊娠出産はすべきではないのだろうと思う。
でも、チャンスがあれば生みたいと思う気持ちも、ある。
他人を羨む、苦しい気持ちが、消えない。
子どもは一人一人違う存在で、亡くなった子供たちの代用品ではないのだが、それでも「代わりのもう一人」が欲しいと思う気持ちはくすぶり続ける。
自分はおかしい。


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