東京の片隅から
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電車で前の席の3人が同時に立ったときは、2人で占拠しないで3人座れるように配慮して欲しいなぁ、と思うのは、座れなかった自分のひがみか。 ダウンコート系の上着で着ぶくれしていたのはわかるんですけど、肩を寄せ合って3人座っていたところに2人(他人同士)でゆったり座らなくてもいいんじゃないでしょーうーかー。
今週は長かった・・・疲れた・・・眠かった・・・
新聞に載っていたコラム。 書いてあることは、これからの暮らしは拡大ではなく縮小に向かうべきだ、というごく当たり前なのだが、年収300万でもいいじゃないか、のように読める下りがちょっと気になった。 確かに筆者の方が若いころはそれでも大丈夫だったのだと思う。 でも、今は消費税もある。40歳になれば介護保険料だってとられる。年金だって健康保険料だって昔より高い。子育て中なら高校や大学の学費だってかかる。全部公立だったとしても、自分たちが学生だったときよりも学費は上がっている。 交通費だってそうだ。私が最初にバスに乗り始めた30数年前、大人料金は100円だったと記憶している。なぜ記憶しているかというと、200円を握りしめてバスを2本乗り継いで習い事に通ったからだ。(子ども料金50円×2路線、往復で200円。)今は大人料金200円だ。 我が家は夫の両親と同居しているので、今のところサポートも得られる。だけど両方の親が頼れない状態で、世帯年収300万円だったときに、「将来もずっと年収300万円でいいよ」って心から思えるかっていうと、それはできないと思う。
身も蓋もないことを言ってしまえば、「すべて揃ったところで生まれ育った人の理想論」なんだけども。 いや、世間にはいろんな「年収300万」があるんですよ。 山手線内で生まれ育って、家族みんな大学出て、きちんとした職業に就いているorそういう人と結婚しているのが当たり前の環境の人もいれば、その逆もあるわけだ。 2000円自由に使えるとなったとき、美術館や映画館に行く人もいれば、飲んだりパチンコで使っちゃう人もいる。このコラムの筆者は前者なんだけど、私がいま住んでいるところは後者も多いわけで、日本全体で見たときは前者は少数派なんだな。
10数年の付き合いのある友人がいる。 お互いべったり連絡をとったりする方ではないので、半年に一度くらいメールのやり取りをし、年に一度くらい会う感じ。 前回私の体調不良で会うのをキャンセルさせてもらい、連絡しなきゃなぁと思いつつずるずると年末まで来てしまった。
年賀状が来なかった。
そういうところに厳しい人なので、多分切られたのだと思う。
私の自業自得なので、仕方ない。彼女は彼女の人間関係がある。
ごめんね。元気でね。
アニメネタが続く。
正月休みにEテレでやっていた「ログ・ホライズン」を見る。 飛び飛びに見たことがあって、飛び飛びだから話の全容が全くわからなかったのだが、今回初期設定だけは何となく把握した。 オンラインゲームの世界に主人公たちが閉じ込められてログアウトできなくなる。名前もハンドルネームだしアバターも多かれ少なかれいじってあるんだけど、古参ゲーマー同士はオンライン上では知り合いだったりするんで、人間関係は現実世界を引きずっている。
どこかで同じようなネタを見たことがあった・・・と考えていたら思い出した。 佐々木淳子の「ダークグリーン」。あの世界設定は夢の中だけど、突然多数の人がファンタジー世界に巻き込まれるというのは似たような感じ。 調べたらもう30年も前の漫画なのね.・・・!そして最近三部作として完結したらしい!ちょっと読みたくなってきた。 インターネットやパソコンはおろかワープロも普及していないあの時代にあの世界設定を思いついたのはすごいなぁと改めて感心。 そういえば同じ作者の「ブレーメン5」もキメラとかクローンとか当時はSFの世界にしかなかったものが、今は研究室の中だけだけど存在しているわけで、科学ってそれなりに進歩しているんだなぁと思う。 アトムやドラえもんまではまだ遠いけど。
仕事始め。 学生がまだ本格始動していないからか、電車はやや空いている。
ゆるゆると自分にエンジンをかける。今日はまだエンジン全開にはしない。会社全体がそんな感じ。
今年はどんな年になるかなぁ。ハプニングは少ない方がいいな。
2月から始まる新しいプリキュアの予告をテレビで見たのだが、なんだろうこの既視感・・・。 ミンキーモモとかクリィミーマミとかあの時期の魔法少女もの、その辺を感じさせる。 変身シーンにCGを使わず全部背景も手書きになりそうな(笑)、とにかく絵柄が昭和な感じ。キラキラしてない。 最近のアニメで言うとケロロ軍曹が一番近いかなぁ。
最近の子どもには逆に見慣れないから新鮮に感じるのかもしれないけど、アラフォー母は懐かしさしか感じないぜ(苦笑)
遅ればせながら初詣。 真の目的はお守りを返すこと。 義父が以前の初詣でお守りを買ってきてくれたのだが、そういうことにあまり興味のないうちの夫婦、どっかにしまい込んだっきりになっていた。 年末の大掃除でたくさん(苦笑)発掘し、塩を振って紙にくるめばゴミとして出してもいいらしいんだけど、そこまで割り切れるほど神経が太いわけでなく、引き取ってくれるので返しに行こうかなぁと思った次第。
三が日を過ぎても西新井大師の境内は混雑している。返すものを返して、さくっとお参りして、屋台を冷やかして帰る。
冷蔵庫の中身も空間が目立つようになってきた。 やはり冬休みが長いとちゃんとなくなるなぁ。 今残っているのは酢蛸の足1本と真空パックのコハダ、紅白なますが少し。 明日には完食して、正月も名実ともに終わる感じ。
実家に集合。 今年から集まる場所が変わり、近くなった。それと同時に日程も変更。去年までは2日だったのだけど、3日のほうがゆったりできていいかもしれない。 お昼頃から三々五々集まってわいわいと近況報告して飲み食い、夕方に解散。
正月って、結局女性である限りのんびりできないんだよなぁ、と思う。 本来おせち料理は台所を休めるためにあるはずなのだが、結局煮物を温め直したり雑煮を作ったり皿を出したりとなんだかんだで動き回る。その間男性陣は飲んだくれている。 義父母はもうあらゆることが面倒くさいらしく、義母は部屋に引きこもっているし、義父はありものを適当に食べている。刺身のサクが残っていても、切るのが面倒くさいのでそのまま放置。 もう来年からはおせちとか魚の買い出しとかやめようかな・・・。何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
しかし何が一番むかつくかって、ご飯の時は餅やご飯を用意していても一切手をつけないのに、あとでカップラーメン食べてるってことだ。なら餅を食え!
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