東京の片隅から
目次|きのう|あした
まだ毎日暑いが、木に止まる蝉の羽がぼろぼろになっていることに夏の終わりを感じる。
まーさんが朝「お台場に行こう」と言い出す。 お台場なんて小洒落たところに用のない二人、何のことかと思ったら、カナダ・エアのキャンペーンで雪を降らせるらしい。 そりゃ行くしかないでしょう、と、出かける。
お台場は人だらけ。フジテレビのイベントに行く人たち。 何が楽しいのか私にはさっぱりわからないのだが、それは人それぞれ。
ダイバーシティのガンダム広場の一部に人工雪の小山。 子どもは無心に雪を触っている。 そのうち降雪の時間。 「結構濡れるので濡れるのが駄目な人は外に出て下さい」とアナウンス。 ずいぶん脅かすなぁと笑っていたら、本気だった。 みぞれのような人工雪が夕立のようにどかどか降る。 気温で溶けてしまって冷水が降ってくる。 びしょ濡れで大笑い。
ひとしきり遊んだ後、帰ってきた。 あ、OLD NAVY行けば良かったかな。 でもまーさんを買い物につきあわせるのもかわいそうだし、またいつかでいいか。
今年度の都立霊園の抽選結果が発表になった。 やはりハズレ。 申込者全員に順位が割り振られるのだが、何処をどう逆立ちしてもうちには回ってこないだろうなぁという番号。 でも去年よりは順位が上がったかな(笑) とりあえず、あと1年はまだ手元に置いておける。
高校野球の決勝戦って、日曜日じゃなかったっけ。 私の勘違いだったかな・・・。 それとも、昔は日曜日で、今は曜日にこだわらなくなったのか。
| 2012年08月22日(水) |
伊藤計劃「虐殺器官」 |
伊藤計劃「虐殺器官」読了。 ゼロ年代SFの傑作と評される作品だが、作品を覆う空気感は確かに9.11以降3.11以前のもの。(あの地震以降はSFもたぶん違うかたちに変容していくと思う。) 読みながら主人公の心理に既視感があったのだが、じわじわと浸食される感じが黒沢清「CURE」に似ているのだった。 主人公に共感できない、というか、共感したくないのだが、彼が抱く感情は確かに自分の奥底にも巣くっているもので、それをじわじわと暴かれる。 でも不快でないのは、淡々と乾いた文体によるものなのか。 兵器などのディティールは基本的にはSFなのだが、それでありながらも人の心理などは奇妙にリアルで、昨今の世界情勢を見ると、ジョン・ポールは今も生きていて世界のどこかで人々にささやき続けているのかもしれない、そう思わせられる。
今目の前の子どもに向き合わなければいけないのはわかっているけれど、もう永久に会えなくなってしまった子どもたちに会いたいと思うのは我が儘だろうか。
お盆明け、通常モードで仕事。といってもまだまだ。 私が休んでいた期間に一度業務のピークが来たらしい。今は比較的落ち着いている印象。 でも月末に向かって忙しくなるんだろうなぁ。
東京にオリンピックを呼ぶための一番の障害は、都庁にいる彼なんじゃないかという気がしないでもない。
義父母の会話で、会話のキャッチボールが成立していないときは、だいたいの場合ちゃんと答えていない方(たいてい義父である)にやましいことがあるときだ。 例)冷蔵庫のビールの在庫について
職場復帰後最初の1週間(といっても4日間だが)が無事終了。 お盆期間中ということもあって仕事は超絶にヒマ、電話もメールもない中2カ月のブランクをぼちぼちと埋める。 でも2カ月前に作りかけていたファイルが見つからない。 元になったファイルはあるから、作り直そう。まだ構想段階だったし。
来週からどのくらい忙しくなるのかが見えないが、そのときはそのときだ。
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