東京の片隅から
目次|きのう|あした
結婚指輪をはめてみる。 なんとか入った。入るというより押し込むという表現が正しい。 ヤバさを感じて3秒で外す。外せなくなったりしたらシャレにならない。
ふと、腕や手の甲の血管が見えるようになったことに気づく。 これまではむくんでいたため、外からは見えなかった。 当然採血や点滴もしづらいわけで、腕は点滴の針を刺した跡だらけ。内出血の青痣もあちこちに。そのうち消えるとは思うが。
でもまだ結婚指輪は微妙に入らない。
体重計に乗る。 妊娠中に体重は11kg増加し、入院時よりも体重は-8kg。入院直前の2カ月で一気に体重が増えたのは妊娠高血圧によるむくみのせいだったらしい。 差し引きの3kgのうち子ども(約1.4kg)+胎盤(約0.5kg)+羊水(約0.5kg)を別として、残りはほとんどむくみか?自分の体にはいったい何が入っていたんだろうか。 そしてまだまだむくみは完治していない・・・。
手術跡の抜糸。抜糸と言ってもイマドキはホッチキスで留めてあるので針を抜くというのが正しい。 前回もそうだったのだが、傷跡を見るのが怖くてまだ見られない。もっとも唯一見ることの出来る機会、シャワーは眼鏡を外して入るから、私の視力では見たくても見られないのだが。
首の点滴管が外れる。久しぶりの「自由」だ。 たかだかプラスチックのパーツとはいえ、体の片側に何かがついているというのは落ち着かないもので、しかもそれが首だから、なんだかいつも片方に頭が傾いでいるような気がしたのだが、いざ外してみてもまだついている感覚が残っていて、頭は傾いたままだ。
久しぶりに自分の顔を鏡で見る。まだ貧血で真っ白だ。入院以来ずっと眼鏡だったし、ここ何日かはそれも外していたので、眼球が真っ白。充血していない目を見るのは何年ぶりだろうか、と思う。
夢の内容が少し明るくなる。これまではずっと曇り空だったり夜だったり地下だったりしたのだが、少なくとも昼間日が差している時間帯になった。
ひたすら水分を摂り、排出する。ICUにいたときは顎のラインがなくなるくらい全身がむくんでいたのだが、だんだんむくみがとれてきている。それでも世間的にはまだまだ。二重まぶたも一重のままだ。 子どものほうが順調らしい。
| 2010年05月02日(日) |
海にたどり着いてしまった |
ICUにいる間脳内に浮かんでいた映像は、クールベの「波」のような海辺。しかし空はもっと暗い印象。厚い雲の中、一点切れた雲間に青空が見え、あぁ自分は助かるのかな、と思ったのを覚えている。
通奏低音でベースが鳴り、それはまるで「海とゼリー」か「追放と楽園」なシューゲイザー風味。しかし聞こえる歌は「チコタン」それも最終楽曲。なんなんだいったい。
前日より水の摂取が可能になる。麦茶は可というので、面会時に麦茶を買ってきてもらい、飲んでいる。それが原因なのか、尿が出るようになったり、体温が下がってきたりし始めている。 この日から食事再開。最初は流動食である。そんな中、より重症の患者を入室させるため、急遽ICUから一般病棟へ移動することとなり、ICU全体がバタバタする中、ゆっくり流動食をすする。豆腐のすり流しが妙に旨い。
眠っている最中に全身の力が抜け、舌が落ち、気道をふさぎ、アラームが鳴る、自分で「やばい死んじゃう」と思って眠り掛けた体を起こす、その繰り返しで、SpO2はまだまだ安定していないが、これは半分メンタルなものかもしれない。
眠れない。 原因は自分である。 SpO2が下がって呼吸が苦しくなるとモニターのアラーム音が鳴り目が覚める。一晩中その繰り返しである。 ICU自体は他の患者もいるため、常になにがしかのポンプやモーターが回っていて結構うるさいのだが、一番うるさいのは自分のアラームである。 熱が下がらないため、氷枕を作ってもらう。「がばりと寒い海がある」と詠んだのは誰だっけか、と思い、しばらくして、西東三鬼だった、と思い出す。
呼吸が苦しいからか、デパ地下でぎゅうぎゅう詰めになって押してくる相手に怒鳴り返す夢と、特車二課のサポートで黒部立山の上までパトレイバーを輸送する夢を見る。後藤隊長は出てこなかった(笑)そしてどこまでもヲタクな自分を再確認。
手術後の経過が良くない。HELLP症候群、SpO2(酸素飽和度)の値が良くなかったらしい。値が急減したりするとアラームが鳴るのが聞こえるのだが、自分ではどうしようもない。熱があるのと尿が出ないのは前回と同様。
世間はゴールデンウィークに入り、病院の中も手薄。管理のためにICU行きが決定。首から点滴の管を入れ、ICUに送り込まれる。 プラスチックの器具が肩口でちゃりちゃりと音を立てる。もうろうとする頭で「・・・今の俺ってサイバーパンク・・・」などと考える。ヲタクはこういうときでもヲタクなのであった。
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