東京の片隅から
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何も頼んだ覚えがないのに宅急便。 開けてみると、WiiとWiifit plus。 まーさんが、パソコンソフトの何かのキャンペーンで応募していたらしい。 興味はあれど自分では絶対買わないものなので、二人して大爆笑。
とりあえず、テレビに接続して起動してみる。 名前を付けられるらしい。 「うぃるぞう」に決定。(まーさんはWiiのことを毎回「うぃる」と言い間違える)
いろいろ遊べそうだが、現状妊婦状態では難しいかな。とりあえずまーさんのおもちゃとなりそう。いつまで遊ぶかな。
天気はいいが風が強くてあまり外に出たくない。 布団を干して、洗濯をして、あとはだらだら。
まーさんと義父は大量にある謎の工具(納戸が一杯になるくらいある)の整理。もっぱらため込んでいるのは義父で、整理整頓が苦手でどこかになくして新しく買ってくるパターンを30年繰り返していたものだから、よくわからない似たような用途のものが山ほどあり、それを息子が必要最低限の数に減らすように説得しながら片づけている、という次第。 実際、家を建て直してしまうとほとんどが不要品なのだが、捨てろと言うとへそを曲げるというか、ある意味本人のアイデンティティを否定してしまうことになるらしく、そのあたりのさじ加減は実子に任せた方が良かろうと、姑と私はこの件に関わらないことにしている。
犬は、天気が良くて人もいるのに外に連れて行ってもらえないので、やや不満そうだ。
妊娠8カ月に入り、昨日から病院の指導で、キックカウントというものを計り始めた。毎日定時に計るもので、胎動が10回あるのに何分かかったかというものを記録する。必ず家にいる時間なので、どうしても夜になるのだが、数えている間にうっかり朝まで寝てしまいそうなのが難点である。 とりあえず、前回の週数は無事に超えた。やはり要注意であることに代わりはないが、胎動自体は「あぁまだ生きている」と実感できる唯一の手段であり、数えられることに感謝しなくてはならないと思う。
王様のCDをブックオフで見つけて購入。昔流行ったときに出たものではなく、最近出たベスト盤のようなものらしい。 まるでホワイトレーベルCD-Rにマジックで適当にタイトルを殴り書きしたようなCDがイマドキというかひねりが利いているというか。見た目が吉田戦車なのも含めて、企画ものにしてもかなり練り込んであるのだなぁと思う。
まーさんは早速デッキで再生して聴いている。気に入ったらしい。
公園の桜の蕾はまだ堅い。電車の窓から見ていると、それでももう気の早い樹がちらほら見られる。 桜の前に、柳が芽吹いてきた。「やなぎあをめる」という言葉が頭に浮かび、アレは誰の詩だったか、啄木か、とつらつら考える。 この前見に行った長谷川等伯で柳の障壁画があったから普段よりも意識して見ていたのだろう。
公園の芝生にはオオイヌノフグリが咲き、カラスノエンドウももうすぐ咲きそう。庭のスイセンもちらほらと。植え替え時期が悪かったカエデも新芽がついていて、何とか生き残りそうだ。
靴を通販で買った。 そろそろしゃがむのが本格的に厳しくなってきていて、すでに足元は腹に隠れて見えない。 今履いているスニーカーのほかにもう1足欲しいなと思っていたのであった。 妊娠中期までは、カタログを見ながらなぜみんなレギンスなどは履いているものの裸足に靴を履いている写真なのかが疑問だったのだが、あれは後期になると靴下を履けなくなるからだということに自分がなって初めて気づく(笑)スニーカーのひもがほどけたら絶対結び直せない(爆)
もともと、靴は買おうかどうか迷っていて、甲高・幅広・踵の出っ張りがない(=バックストラップ不可)・サイズ小という四重苦(笑)を抱えた私の足、リアル店舗でないと買う気がしなかったのだが、この前新三郷のららぽーとで通販ショップのリアル店舗を発見し、試し履きをしてみたら案外良かった。ただしやっぱり本来のサイズよりも2cm大きい。まだ履き込みが深いのでなんとかなる。
今日、届いた。 値段が値段だからまぁ作りもそんなものなのだが、履きつぶしておしまいと考えればいいかな。
この前寝ている間にかきむしってみみず腫れ+かさぶただらけになっていた肌がやっと良くなってきた。まだ皮膚に痛みが走るときはあるが、仕事中に気にしないところまでは回復。長かった・・・。 妊娠してから怪我が治りにくくなっているのはわかっていたのになぁと反省。 で、改善策と言っては何だが、爪を切った。切りすぎてかなり深爪になってしまったのだが、とりあえずまたこの惨事を繰り返すよりはマシだろうということで・・・とほほ。
近所の公園に池があって、よく野鳥観察のためにカメラを構えている人がいたりする。 秋から冬にかけていきなり人が増え、何かと思ったら「オオタカが来る」らしかった。こんな平地にオオタカもないだろう、せいぜいチョウゲンボウだろうと思ったら、案の定チョウゲンボウらしく、しばらくすると潮が引くように人が減った。 まぁそれはいい。
その観察スペースには、いつも煙草の吸い殻が落ちている。それも1本や2本ではなく、10数本。 池の周囲はこの時期、枯れた葦原だ。 火の元の注意という、人として基本的なことも出来ずに、何が野鳥観察か、と、望遠レンズを取り付けた高そうなカメラの三脚を見るたびに、思うのである。
小野竹喬展は竹橋の東京国立近代美術館で開催されていた。 休憩スペースからは皇居を周回するランナーが沢山見られる。何かの大会をやっているのかと思うほど沢山だ。 確かに信号はないし走りやすいのかもしれないけど、歩いている方はなんか突き飛ばされそうでちょっと怖いのも事実である。 それに、これだけのランナーはいったいどこから来るのだろうか。平日だったら会社の昼休みとか、出勤帰宅の途中とかが考えられるのだが、休日の昼間に走っているということは、どこからか電車に乗って途中のどこかで着替えてから皇居を走り、また着替えて帰宅するのだろうとは思う。 それは、自宅の近所では駄目なものなのか。
健康志向に文句のつけようはないのだけど、この人たちは「電車で皇居まで来てお洒落なウェアで走って着替えて帰宅する私」が好きなんだろうなぁ、と天の邪鬼な私はうがった見方をしてしまうのであった。スポーツジムのヨガクラスにもやたら気合いの入ったウェアの人っているよね。アレと同じか。
朝からいい天気。とりあえず洗濯。
昼前から「小野竹喬」展を見に行く。 そこそこ混んでいるかと思いきや、わりと空いている。まぁ長谷川等伯が混みすぎ(というかマスコミの煽りすぎ?確かにすごいのはすごいんだけども)だという話もある。 その分のんびりと鑑賞。
明治以降の日本画だなぁという印象がある。線描よりも面でとらえる感じというのか。 樹木の描き方はアンリ・ルソーを思い出す。 いろいろ画風は変化しているのだが、「いい絵」と「そうでもない絵」があって、後者のほうはやはり過渡期にあるような気がする。 面白かったのは人物画が一枚もなかったこと。風景の一部としてはあるのだが、あくまでそれは画面構成上のモチーフの一つであり、人に焦点を当てたものではないのが最初から最後まで徹底しているなぁと思った。
帰宅途中にブックオフを何店か覗いて、王様のCDを1枚購入。わりと普通の値段。ディスクユニオンとかだともっと安く入手できたかもしれない。 あと、途中までしか買っていなかった「トライガンマキシマム」を揃える。完結しているので100円コーナーにあるのが切ない。安くすんだともいうが。
なぜか部内の人間が外勤や休暇で全員出払っていて、部屋の中は私だけ。 その割に電話も少なく、淡々と仕事をする。 かといって仕事がはかどるかというと、そうでもないのだな。
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