東京の片隅から
目次|きのう|あした
最近駅などでけんかをしていて、駅員が仲裁に入っている姿をよく見る。 別に酔っぱらい同士というわけではなく、むしろ朝だったりする。 通りすがりにもめている内容を聞く限り、肩がぶつかったの傘が当たったのという大層くだらない話なのだが、本人には一大事なのだろう。 実際に怪我をしたかどうかではなく、「オレをないがしろにするなんてけしからん、オレはもっと価値のある人間だ」という過剰な自己肯定から来ている気がする。むしろ、そういう風に過剰防衛しなければ躓いてしまいそうな、心の弱い人なのかもしれない。 所詮我々は替えのきくパーツの1つに過ぎないのだよ、と心の中でつぶやいてみる。
朝、南武線の中で、車両連結部分に一番近いはじっこに座ったおばちゃん。 やおら連結ドアを閉める。 それは個人の自由だが、なにもすぐ前に通ろうとした外人さんの目の前で閉めなくてもいいんじゃないのか。かなり嫌がらせ的。本人は無意識かもしれないが、差別感を感じる。 ドアを閉めた理由は「寒いから」らしい。
そのあとも、ドアを開けて通過し、またドアを閉めて通り過ぎる人に対して「ここは通路じゃないんだから」と文句を言う。 通路じゃないならなぜ通り抜けできるようになっているのだろうか(笑)
しかし文句を言うのは若い女性にのみ。男性が通り過ぎても文句を言わない。「ああいうのが子供を産むから日本が悪くなるのよ」いや、ちゃんとドアを閉めて行きましたけど? さすがに一緒にいた同僚らしきおっちゃんが「そういう風に産んで育てたのは我々の世代だよ」と一言。大人だなぁ。絶対おばちゃんは自分のことだと思っていなさそうであったが。 そしておばちゃんは他の客を押しのけて目的地で降りていったのであった。
| 2009年11月29日(日) |
ウォーキングを兼ねて |
図書館に行って本を借りてくる。館が違うと品揃えも異なる。ちょっと面白い。
昨日とはうってかわって寒い。本の入った鞄を片手に歩いていると、やがて体が温まってくる。
家までまっすぐ歩いたつもりが、1本目測を誤ったらしい。
夜は鍋。今年初めて白菜を食べる。
図書館で年賀状用の本を借りようと思ったら、貸し出し中だった。隣の図書館にはあるらしいので、明日にでも借りに行こう。
犬の散歩。フリスビーとゴムボールを100均で買ってきて試してみたのだが、追いかけるが持ってこない。動くものを追う習性はあるらしいが、地面に落ちて静止してしまうととたんに興味をなくすようだ。 他の犬とも挨拶をさせてみる。ただし向こうがフレンドリーな場合に限られる。相手が大人の対応をしてくれる場合は、何とかなるようだ。これは場数かな。 コンクリートの上と土や芝の上では歩様が変わる。やはり自然の上は気持ちがいいらしいが、毛がもじゃもじゃなので枯れ葉がついて変な顔になっている。これをあとで取るのがちょっと大変。
最近めっきり体力がなくて、電車で座ると爆睡なのだが、今日はすっかり寝過ごした。「ここはどこ?」状態。いや、最寄り駅よりも一つ先なだけなんだけど(笑)行かないからなかなか風景に見覚えがないから余計わからない。 ホームで戻る電車をぼんやり待つ。
ところで、JR東日本の帰省割引切符のキャンペーンで、駅張りのポスターが「ふるさと行きの乗車券」となっているのだが、中島みゆきファンが作ったと推察される。それとも日暮里駅だけ?
| 2009年11月26日(木) |
イルミネーターその2 |
この前近所の家がクリスマスイルミネーションをした、と書いたが、その向かいの家も始めた。まぁ、去年も確かやっていたような気がするし、夏頃にはビニールプールが干してあった記憶があるから、小さい子がいる家なんだろう。 実家でも私が子どもの頃は(家の中だが)ツリーを飾って電飾をつけた記憶はある。 せいぜい小学生くらいまでだろうけど、全く何もしないよりはいいと思う。
今回は、「正倉院御物と書・絵巻の名品」ということで、割と地味目。平日なんで年寄りとおばちゃんがわんさか、なぜかスーツ姿の中年サラリーマンもところどころに。仕事は? 石器・鏡・銅鐸から始まり、まるで日本史の教科書を見ているかのような時系列に沿った展示は結構面白かった。 大仏開眼の時に雅楽奏者が履いていた靴下、なんてものまであって、あまりの物持ちの良さにちょっと目眩が(笑)しかし工芸品はすごい。ひょっとしたら今より技術が高いんじゃないかと思うほど。
たぶん今回の目玉は春日権現絵巻と蒙古襲来絵詞なんじゃないのかな。 蒙古襲来絵詞は、教科書に載っていたあの「てつはうが炸裂して馬が前のめりになっている場面」がピンポイントで展示。でも、画面左側にいる元寇3人だけが、ほかの元軍よりも不自然に輪郭とか着色が濃いんだよね。あとで書き足したのかな、なんて勘ぐってみたり。 書は、習字をちょっと囓っただけの私はあまり書の良さがわからなかったのだが、素人目にも上手いのはわかる。バランスとかがいいんだなぁ。 草書でさんざん苦労したのを思い出した。
古くから皇室に伝わったものもあるけど、結構明治期になってから華族などから献上されたものが多いのにも気づく。明治維新前後の混乱期に寺社や大名家、公家から流出したものが廻り廻って献上されたり、直接だったり、ルートはいろいろあるのだろうけど、海外に流出したり廃棄されてなくなってしまうものも多かったであろう当時、よく残ったとも思う。 でもこれだけあれこれあったら、生きているうちに一度も見ないお宝も絶対あるに違いない。
近所の事務所兼住宅が、この3連休の間にクリスマスイルミネーションを飾った。世間で言う「イルミネーター」ほどではないが、ここらへんでそんなことをやっている家は少ないので、夜、帰宅してくると遠くからでもよくわかる。 向かい近所の家でイルミネーションをしている場合、「ようしうちもがんばるぞ」と思うか「イヤー綺麗でいいねぇ向こうに任せとこう」と思うかがイルミネーターへの分かれ道なのだろう。ディズニーランドが好きかどうかでも判断できるかもしれない。 我が家はもちろん後者のほうである。
犬を連れて近所の公園に散歩に行く。普段は義父が散歩させているのであるが、早朝と夜間なので、人や他の犬に合う機会も余りないらしい。それでは社会生活不適応者まっしぐらなので、私の散歩も兼ねて昼間に連れ出した次第。
公園では他の犬に会う。飛びかかれない程度にリードを調整しながら挨拶をさせてみる。相手が自分よりも大きくて余裕があるときは、なんとかなりそう。「なんて種類ですか?」と訊かれて「ミニチュアシュナウザーです」と答えるも、相手は「???」という顔。そりゃそうだ。ミニチュアシュナウザーというものはぜんたい、三角の耳の先が垂れていて眉毛と口髭がぼーんと伸びた爺さん顔にカットしてあって、胴体は短めにバリカンを入れてあるものと相場が決まっているのだが、うちの犬は耳はムダにピンと立ったままだし餌の時に面倒くさいから口髭も短く刈られているし胴体も寝癖みたいな伸ばしっぱなし。これでシュナウザーと言われて疑わない方がおかしい。カットしているのは義父なのだが、犬種のあるべき姿を理解せず(本も買ったのだが)適当に自分のやりたいように刈ってしまうので、ただの雑犬にしか見えないのであった。こんなにするのだったら、わざわざペットショップで犬を飼う意味がない。保護施設から引き取ってくればいいのだ。 今度犬種を訊かれたらシュナウザーの混じった雑犬ですとでも言っておこうか。
行こうかなぁと思っていた場所があったんだけど、なんだか体も重いし気力も湧かなくて今回はパス。年内のチャンスはあと1回。何とか行かれるか。 前回との違いはなんだろうなぁ。やはり年を取ったのか、単なるケースバイケースなのか。不安があるのは前回と同じだが、今回は年を取った分、腹はくくっている。なるようにしかならない。
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