東京の片隅から
目次|きのう|あした
「ちょっとしたパーティー」本番である。雨が降ったりやんだりという、なんでよりにもよってこんな日に、という感じ。 髪がまとまらないので、結局ひっつめて団子という、まったくもって地味な感じ。スタッフみたいである。せめて口紅は赤みの強いもの。
人身事故で電車が止まったりしてあわや遅刻寸前になりかけたりしたものの、パーティー自体はつつがなく終了。先生は相変わらずだし、久しぶりに合う後輩は相変わらず面白かった。私の上の学年が3年ほど来ていないのが気になったりもする。私は一人学年だったので私しか出ようがないのだが、6人も7人も8人もいて全員が地方在住だったり子育てで手が離せなかったり土日出勤だったり実家ごと引っ越して音信不通だったりするわけでもないだろうにな、と思う。それとも先輩たちにとってはその程度のことだったのだろうか。「同期だったら友達でしょ」と言っていたのは青春のマボロシだったとしても。毎回稽古前に胃薬を飲んで肩も腰もぼろぼろにして、100%楽しかったわけではない部活だったけど、でも、なぁ。やっぱり会ってみたいわけだ。マゾなのか。
久しぶりのヒールで脚に激痛。骨がミシミシする。パーティー後のライヴハウスで靴を脱いだらすっかりむくんで靴が履けなくなり、つっかけてぺたぺた歩いて帰る。普段の倍、時間がかかった。
久しぶりにデパートに寄る。普段の生活ではあまりお目にかかれないオサレな人がぞろぞろ。ファッションはこういうところで回っているのだなぁと思う。 明日の「ちょっとしたパーティー」のスーツにインナーを買い足すつもりで、そのスーツを買ったコーナーへ行き、店員さんに訳を話し、一緒に選んでもらう。金ラメの入ったベージュのカットソーという、あれこれ悩んだわりにはつまらないものを選んだ感じもあるが、まぁそれはそれ。 スーツ含めて全体的に自分の「ガラ」じゃない感はあるのだけど、スーツを買ったときはこういうびしっとした格好をしたかったときだし(今はそうじゃない、もうちょっとユルイ気分)普段ちゃんとした格好をしていないから余計「服に着られている」感が強いのだと、無理矢理自分を納得させる。 明日は雨だしな。
| 2009年09月10日(木) |
ALL MY LOVING |
朝からビートルズの「ALL MY LOVING」が頭の中をぐるぐる回っている。日曜日に見たテレビのせいだ。コーラスもさることながらベースか何かのぼんぼんいう音が好きなのであった。 聞きたくても手元にあるビートルズ関連のCDは「1」しかないという体たらく、それには収録されていないので、ひたすら頭の中で再生している。今度出たリマスター版も気になるのだが積ん読ならぬ積ん聴になるのが目に見えているので、手を伸ばすのに躊躇する。 あーでもそのうちこっそり買ってしまうかも。
ぞろ目の日だ。 大学の近くにあったラーメン屋を思い出す。ぞろ目の日はなにがしかラーメンが半額になるのであった。それはもやしラーメンであったり高菜ラーメンであったりするのだが、何度か食べに行った。一人で。ただの中華屋にしては珍しく、青島ビールが置いてあるのであった。 卒業後何年かして大学に行く機会があったときに前を通ってみたのだが、その店はなくなっていた。 そんな話をしていたら、西武線沿線に住んでいる後輩が、「そういえば今日SLが走るって吊り広告にありました」と行った。山口線か秩父線だろう。ぞろ目とSLが頭の中でしばらく結びつかなくて、それが「銀河鉄道999」のことだと気がつくのにしばらく時間がかかった。だいぶヤキが回ったようだ。
川上弘美「此処 彼処」読了。読了と言うほど大げさなものではなく、エッセイ集だからどこから読んでもいいのであり、何となく鞄の中で無限ループしそうな気配。 新聞連載時に読んでいるのだが、私の霞がかかった頭では何度読んでも新鮮なので、別に構わないのであった。 息子に「うまい棒」を買ってやる話を読んで、あぁこの人はやはり「男の子のお母さん」なのだなぁと思った。男の子のお母さんには、少女性を残したままオトナになった人が多いような気がする。子どもの頃習っていたピアノの先生もそうだった。
夏の服と秋の服が入り交じる電車の中。一人完璧な秋の装いの女性。 ちょっと凝ったカッティングの黒いカットソー、今シーズンものであろう(まだ皺のない)紫のマーメイドスカート、下品にならない細かさの黒の網タイツ。鞄はたぶんボッテガ・ヴェネタ、渋いゴールドで靴も同色。アクセサリーもモノトーンで揃えて、どこかの雑誌から切り取ってきたような完璧なコーディネート。 しかも退社前に化粧直しも済ませていると見た。 うーんここまできっちり揃えた人は久しぶりに見るなあと思った。 のだが、つり革を持つ彼女の左手に輝くブルガリの腕時計の脇にはなぜかマイメロディのシールが。 絆創膏ではなかった。
スイカのチャージ残額が\3,333-。 何となく数字が変わってしまうのが惜しくて、普段ならスイカで買い物をするキオスクも、現金で支払っている。
ソフトバンクの「お父さんスリッパ」の箱を大事そうに抱えて歩くサラリーマン風のおっちゃんを発見。 でも家に帰るとすかさず家族に取り上げられちゃうんだろうなぁ、と思うのであった。
最近ちょっと気になっていた「しがみつかない生き方」(香山リカ著)の宣伝コピー。
1.恋愛にすべてを捧げない 2.自慢・自己PRをしない 3.すぐに白黒つけない 4.老・病・死で落ち込まない 5.すぐに水に流さない 6.仕事に夢をもとめない 7.子どもにしがみつかない 8.お金にしがみつかない 9.生まれた意味を問わない 10.“勝間和代”を目指さない
これが出来たら楽だろうなぁと思いつつ、10.に笑ってしまう。 あの生き方はバブル均等法世代の生き方で、あんなに鼻息荒く生きるのはそれはそれでしんどそうだなぁ、と思っていたところ。あの世代において女性が4年制大学の社会科学系に進学することを経済的にも家庭的にも許されるのって、結構日本全国同世代の中ではまだ少数派だと思うのだね。どこかの大学の宣伝コピーで「最近経済系女子が増えている」みたいなのを読んだから、最近でも多数派ではないのかも。 まぁそれはともかく、1.とか3.とか9.とかは10代でぐだぐだ悩んでいるうちに自ずから出てくる答えだと思う。それを実践できるかどうかが難しいところだ。6.は就職活動をしているうちに導き出された。7.は子どもがいないから今のところ無関係。5.はしつこい性格だからなぁ(苦笑)いつまでも悩んだりするし。4.は難しいよ、順番にお迎えが来るならともかく。だいぶ吹っ切れてきたけど。8.はないよりあった方がいいけど、という感じ。全然ないとそれはそれで不安だけど、今は働いているから、毎月なにがしか入ってくる。それがわかってからはちょっと安心できるようになった。 一番難しいのは2.だ。これがどうでもいいならこんな日記なんて書いていない。アクセス履歴を見る機能も一応付いているけど、気が向いたときにしか見ていない。とは言っても世界中からアクセスできるインターネット空間にあれこれ書いている以上、どこかで誰かが見ているわけだし、誰かに見られることを期待しているわけだ。そこらへんの矛盾は今後も解消されないだろう。 悟りへの道のりは遠い。
| 2009年09月04日(金) |
侵入社員ネコタネコゾウ |
仕事中に息抜きと称して、隣の空き地を眺めていたら、猫が妙な動きをしている。草むらの中でビョンビョン跳ねているのだ。どうも、バッタか何かと格闘していたらしい。まさかここから一部始終を見られているとは気づいていないだろうなぁと思いながらコーヒー休憩。
仕事が終わって出勤札を返しに行ったら、通用口の向こうから何かの気配が。普段は閉めている通用口の引き戸が50cmくらい開いていて、さっきの猫が覗いていた。まさに一歩二歩建物の中に入りかけたところに私が登場、目が合ったらダッシュで逃げていった。ちょっと追いかけてみた。 誰だか知らないけど、あとでセコムがややこしいことになるからちゃんと閉めてくれよ。
| 2009年09月03日(木) |
東京の街に出てきました |
帰りの電車。発車を待っている中、体格のいい、といっても筋肉はついていない若者が大きな荷物を持って乗ってくる。 あぁ、君がボストンバックを乱暴に置いたそっち側はしばらくホーム側のドアだよ、と思ったのだが、彼がその場所に陣取ったのは訳があるらしかった。 近くに立っている初老の男性に絡み始める。どうやらさっきのホームで肩だか荷物だかが当たったらしい。それについてねちねちと関西弁で絡む。当然初老の男性は適当に聞き流す。 そのうちに若者の降りる駅が来て、結局彼の絡みはなんの成果も得られぬまま下車する羽目になったのだが、彼の関西的感性のまま東京で暮らすとさぞかしストレスが溜まるだろうなぁと同情すら感じるのであった。
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