東京の片隅から
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| 2008年11月06日(木) |
王様の耳はロバの耳〜 |
会社に個人宛の郵便物を届けてもらうのはアリなのかナシなのか。
私のいる部署では担当者が外勤・出張などで不在のことが多い。 で、個人の性格もあって(苦笑)郵便物が行方不明になる事件があったり、不在時の問い合わせに対応するため、部内の人間に来た郵便物はすべて私が開封し、管理簿に付けることになっている。こちらから発信するものも同様だ。 「その人がいないからわからない」状態を解消するために始められたものだ。これまでは特に問題もなく過ごしてきた。 基本的に見られて困る郵便物などほとんどない。ときどき「お礼」としてビール券やら商品券やらが同封されているが(笑)私は見なかったことにしている。
が、最近来た某氏、明らかに私用の郵便、それも、見たこちらが気まずくなってしまうような郵便を会社に届けさせている。いや、犯罪とかセクハラとかじゃない。でも、それは局留や私書箱でやるべきではないのか?というものである。しかも本人は長期不在。 結局、もう一度封をして、別件で会うという同僚に届けてもらった。案の定、本人から「開けないでね」という電話はもらったが・・・・・そういうことは、会社の外でやってくれ、とつくづく言いたい。 言えないからここに書いているわけだが。
古い知り合いと飲んでいる夢を見た。どこか民宿かどこか、山の方で、畳の部屋で座り込んで飲んでいる。 でも私は「眠い眠い」と言いながら羽布団にずるずると潜り込んで「ごめんね〜」と謝りながら眠ってしまう、そんな夢だった。 眠りに入るときのふわりと体が軽くなるような感覚まで覚えている。でもそれは夢。
寝ている夢というのは、起きたときに今まで眠っていたという実感があまりなく、目覚めはあまり良くないものだなぁと思った。
TM NETWORKは結構好きだったんだけどなぁ・・・活動停止以降というかTMN改名以降(爆)いろいろな意味で歯車が狂ったよなぁと。 まぁ、あの時代ヒットメーカーだった人って現在少なからずそんな感じだからなぁ。だから最近再結成ばやりなのか。
| 2008年11月03日(月) |
明るいナショナル(古) |
三洋電機が松下、じゃなくてパナソニックの子会社になることになったらしいが、新しい社名はきっと「パナソニック・サンヨー株式会社」なんだろうなぁと思った。
だって松下だもの。
そういえば、この前松下電工じゃなくてパナソニック電工の人から電話がかかってきたんだけど「パナソニック電工」って言えなくて「ぽらろろっくれんこう」って言ってたな・・・。
母校の学園祭に行った。部活でいつも練習していた場所が取り壊しになるということで、案内が来たのである。住所変更を知らせたはずなのだがなぜか通知は実家に届いたのはまぁ良しとしよう。
10数年ぶりに師範が演武会で来校するということで、大盛況であった。知った顔もちらほら見かけたが、こちらの面相が結構変わっているのか、向こうは気づかないようであった。もっとも、学生時代は「いかにも体育会系」な雰囲気になるのが嫌で髪を長く伸ばしていたから、イメージが違うのであろう。体重も10kg増えているし。 もっとOGが来ているかと思いきや、あまり来ていなかったのが残念だった。自分が4年次のときの1年生が来ていて、ちょっと話をした。元気そうで何よりだった。
一度はほぼ消滅しかかった部がこれまで存続したことには意味があるのだろう。 自分が幹部学年になった頃からちょうど就職氷河期に入り、ダブルスクールが流行した。サークルどころではない、という空気が広がり、サークル全般的に人が集まらなくなったように思う。 大学に入ってまでわざわざ体育会で制約を受けなくても、という空気もあった。 そんなこんなで一時はほぼ消滅した。たまたまそのときの主将が大学院に残ったため、「一人部活」として存続し、彼女の卒業間際にやっと新入生が入り、「復活」した。一人で部を存続させるということには大変な心労があったことと思う。 このところは毎年10人近くコンスタントに入部しているとのこと。他校から見るとユルい体育会だと思うが、それでいいのだと思う。それで身を立てられるわけではない。試合があるわけでもない。実生活で役に立つかどうかもわからない(笑)。マイナーなものなので、敷居を低くし、実際に触れてもらうこと、楽しさを知ってもらうこと、そういうところに意味があるのだろうと思う。そんなユルい部活でも頸が曲がらなくなったり、腰を痛めてヒールもベルトも苦痛だったり、腕一面青タンで夏でも長袖だったり、腕がしびれて鉛筆が持てなくなったりするわけだが(苦笑)
他校の現役生とちょっと話をした。共学の大学であるが、今年の主将も副将も女性だ。訊くに訊けなかったが、おそらく男子学生がいないのであろう。私が大学生だった頃、その大学はしごいて振り落としても各学年10人以上いたように思うのだが、いまは引退した4年生まで入れても20人ほど、現役ではたった15人だという。隔世の感がある。外野がどうこう言う前に、彼女たちはもっとしんどいだろうなと思う。
| 2008年11月01日(土) |
関東ホームセンター行脚 |
これも(まーさんの)仕事である。 朝から、コーナン、ユニディ、ビバホーム、島忠、カインズホームを巡って捜し物。100km以上走っただろうか。 とりあえず、一応の成果はあった模様。
一日車に乗っているのは、さすがに疲れた。
郵便局に行ったら、もう年賀状が発売されていて、ちょっと焦った。来年のネタ探さないと・・・
いくら臨時収入があってもその後もらった分以上にがっぽり持って行かれることが目に見えてるから、臨時収入は貯金に回されるのが目に見えている。
土日の高速料金引き下げも、本当に効果があるのはトラックなどの商用車の通行料金の引き下げだと思うんだけどなぁ。
住宅ローン減税ももらうためにはその分借りなきゃいけないわけで(笑)
なんか的はずれな気がしてならない。
| 2008年10月29日(水) |
ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 |
上野の国立西洋美術館で開催されているヴィルヘルム・ハンマースホイ展へ行って来た。 フェルメールや大琳派へ向かう人はすごいが、ハンマースホイはマイナーなこともあってがらがら。思ったよりは混んでいたが(笑) 人が少なくて見やすかった。
ハンマースホイが描いたのは、写実の静物画、人物画、風景画なのだが、限りなくモノクロームの画面の中の人物は生者だか死者だかはたまた幽霊だか、という感じだし、風景画には人の姿がない。現実を描きながらもどこか非現実的な匂いが漂うのがちょっと不気味で、それはそれで私にとってはかなり魅力的。 マグリットや野又穣と似た匂いがするかなぁ、上手く説明できないけど。 色調はワイエスにも似ているが、あちらの狼のような厳しさとはまた違う感じ。ワイエスが狼ならハンマースホイは夜の梟のような。 映画「バベットの晩餐会」を思い出した。あれもデンマークだったかスウェーデンだったか。画面の中の人物が黒のワンピースを着ていたので、それで連想したのだろう。
誰もいない室内を描いた作品の扉の向こうに、高校時代の美術の授業で講堂の小屋裏にこもって絵を描いていたことを思い出した。
昼過ぎ、建築現場へ出かける。基礎にコンクリートを流し込む前の検査。一件チャラそうに見える基礎工事業者の兄ちゃんは、実は凄腕だったらしい。「やるねぇ」と褒められて「当たり前じゃないっすか」と答えていた。プロだね。 検査は小1時間ほどで滞りなく終了。明日コンクリートを流すらしい。
宝くじが当たったらどうするか、というのを夫婦で話していた。 「・・・1等が2億円、ねぇ」 「家のローンを組まなくてすむねぇ」 「・・・ねぇ、で、残りが1億○千万、かぁ」 「あとは?」 「スキー板かなぁ・・・ふたりで20万くらい」 「車塗り直すかぁ・・・20万くらい」 「あとは?」 「なんだろう・・・ナンか欲しいものって、ある?」 「・・・うーん・・・特になぁ・・・靴でもオーダーするかぁ?(笑)」
あぁ庶民。 車を買い直す、という選択肢はなかったらしい。だって4躯でマニュアルで運転していて楽しい車がほかにないから、だそうです。
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