東京の片隅から
目次|きのう|あした
最近NHK深夜にやっている星新一アニメが面白い。作品によってアニメだったり実写だったり、絵柄も技法もさまざまなのだが、活字で読んだときにはスルーしていた「毒」の部分が、映像化することで浮き上がってくるような、そんな感じ。それはそれで善し悪しなのだろうと思うが、今回は面白く見ている。 最初に星新一を読んだのは、たぶん小学生の終わり。春休みに旅行して、そのときの新幹線の中だった。読みやすいが難しい本、そういう印象だったように思う。 中学生以降は、教科書にも載っているし、素子姫の師匠だし(笑)、クラスメイトの誰かのお父さんの本棚にはたいてい何冊かは入っているし、わりとスタンダードだったように思うが、今思うと実際のところ、あまりたくさんは読んでいないのではないか、と思う。 もう一度読もうかとも思ったが、何しろたくさんありすぎてどこから手をつけていいかわからない(笑)とりあえず「ボッコちゃん」か?いやそれよりさきにブラッドベリの「火星年代記」でも読み返そう。あれも同じ匂いがする。
朝のニュースショウのエンターテイメントコーナーを各局はしごするも、COILの姿はかけらもなく、アンコールの挨拶でわずかに映ったのみ。 市場原理を実感する。
一晩経って、5年前のような悔いはないが、やはり疲労感が残っている。冬まで消化不良か。
何はともあれ、誕生日おめでとう。
今日は一日缶詰めでああだこうだ。疲れた。まだもうちょっと続きそう。
オーガスタキャンプに行く。第1回から10年、途中の1回を除いて通い続けている。
10年前に一緒に公開録音に行ったりした知り合いも、今は会うことはない。彼女たちの作っていたホームページもいつの間にか消えてしまったり更新が止まったり。いまどうしているかな、元気でいるといいな、と思う。
いろいろあったものの、いいイヴェントだったと思う。なによりもあれほどやる気と自信にあふれてそれが空回りしない当人を初めて見たかもしれない。10年、長かったような短かったような。
だから、余計に残念だったりするわけだ。
冬には良くなりますように。
久しぶりに焼き肉。 第二新卒の新人の愚痴を聞く。ちょっと考えすぎなんじゃないか、と思ったりする。前の会社が能力主義で専門職だったからギャップがあるのかもしれないけど、うちの会社、というか、日本の会社はそんなに深いこと考えて人事異動しているのかなぁ。 このところの新人の傾向を見ていると、よく言えばまじめ、悪く言うと融通が利かないと言うか理想主義というか世間を知らないと言うか。天職とか本当の自分探しとかそういうところに囚われているような気がする。社会って結構いい加減だよ。
左肩から腕が絶不調。 もともとこのところマウス作業が多く、頬杖をついて仕事をしていたのが原因と思われるのだが(まじめにやれよ・・・)先月の釣りでひたすら竿を振り続けていたのが引き金となった模様。 一度マッサージに飛び込んでその場は良くなったのだが、好調は一晩しか続かず(泣)ひたすら塗り薬でごまかす。 またマッサージに行きたいのだが、このところワタクシゴトがたてこんでおり、なかなか行くチャンスがない。 つーか、仕事中に仕事ができなくなる状態って、学生時代の腰痛と首痛以来だよ・・・。
| 2008年07月23日(水) |
勘弁して欲しいシチュエーション |
セミナーに出たら途中で空調が壊れた。
| 2008年07月22日(火) |
1億3000万分の1 |
「誰でもよかった」というのは、彼自身が「誰でもいい人」というポジションにあったからだろうなぁと思う。 自分がone of themにしか過ぎないことは子供の頃にすでに理解できそうなものだが、それに納得できていないと言うのは自意識過剰なのか単なるバカなのか。
銚子へ行って来た。 もともと行ってみようと話をしていたものの、ちょっと出かける、には微妙に遠い。で、延び延びになっていた。
まーさんの目当ては魚。私の目当ては電車。テツな妻を持つと大変だ。 「弧廻手形」を買って小さな電車に乗る。15分もあれば終点についてしまう、小さな単線列車。駅舎も電車も、聞きしにまさるボロさ(笑)である。経営危機というのもうなずける。ぬれせんべいの売り上げのほうが電車の売り上げよりも多いと聞いた気が・・・。 終着駅に着いたら、駅の外で高校生らしき子どもが3人、炎天下でイーゼルを立て、油絵を描いていた。懐かしい風景だ。実家に置いてきた道具のことを思った。今頃はすっかり乾いて使えなくなっているだろう。 無人の改札を出ると坂道の向こうに海が見える。そのまま海沿いを散歩して、犬吠埼まで歩いた。子供の頃よく行った九十九里とは砂が違った。どこで変わるんだろう、と思った。
帰りに鰹を1匹買い、まーさんの実家に半分置いてきた。
| 2008年07月20日(日) |
アンが心の友だった理由 |
叔母たちがいる。私たち兄弟の読書傾向は明らかに彼女たち(とそのいとこ)から受け継いだもので、ミステリ好きは妹に遺伝し、ファンタジーと児童文学好きは私に遺伝した。
で、叔母が言った一言、「どうして昔はあんなに『赤毛のアン』が好きだったんだろう」 私は彼女の本棚から借りて読んだものの、あまり好きではなかった。心の友にはならなかった。後半になってくると時代背景もあって、だんだん空気が暗くなってくる、それも苦手だった。 でも、少なくとも叔母と同世代のかつての少女たちにとっては、確かにココロに寄り添ったものがあったのも事実。
本当は男の子が欲しかった。 自分の顔なんて大嫌い。 女の子が大学に行くなんて。 生涯の親友。 出会いはサイアク、後には・・・。
記憶をたどって書き連ねると、まるっきり少女漫画/小説なのだが、当時の少女たちにとってはリアリティがあったのだろうなぁと思うわけだ。 で、
子供を持つならやっぱり女の子よね。 顔なんて化粧と整形でなんとでもなるし。 大学進学は当たり前。
現実が小説の世界を追い越してしまったんだろうなぁと思う。
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