東京の片隅から
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海外でのラクガキ事件についての報道で、思うのは、「なぜ油性ペンやフェルトペンをもっていたか」だ。 普通旅行に油性ペンを持っていくか?せいぜいシャープペンとボールペンくらいではないのか? スケッチする人間でもせいぜい色鉛筆や固形水彩ではないのか? 最初から何かしてやろうと思ってもっていたのではないか、という疑念が拭えない。 気分が高揚していたからといって建造物を破壊する方向に向かう思考回路もわからない。 写真を撮ったり歓声を上げたりなら、国籍にかかわらず誰でもするだろう。現にサンピエトロ大聖堂のドームの最上部ではそんな感じだった。景色に見とれ、長く狭い階段を上ってきた同志(笑)にねぎらいの言葉を掛け、笑い合って写真を撮る。 だが、そこであの建物を傷つけようと思いつく、その発想が解せない。自己顕示欲だとしたら、その行為は電柱にマーキングをする犬以下だ。
| 2008年06月26日(木) |
エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ |
休暇。 銀行に行って、学生時代から貯めていた定期預金を解約。お金って使うときはあっという間なのね。 はんこやら通帳やらを置きに一度家に帰る。久しぶりにモス飯。
午後、なにをしようかとしばし考え、木場の東京都現代美術館に出かけ、「大岩オスカール」展を見る。ずいぶん前に向島の現代美術製作所に見に行った。調べたら10年ほど前だったらしい。 なんというかシュールな絵。イラストチックであり、ちょっとシニカル。 デビュー作品から最新作までが広い空間の中に並べられ、コラージュによる下絵なども見られる。制作の過程が面白かった。
そのあと、常設展を見る。岡本太郎の「明日の神話」の展示中。他の作品を見ている最中、おひとりさまのおばちゃんにつかまり、3時間(!)おしゃべりにつきあう。
夜、妹と待ち合わせ、水道橋のJCBホールで「エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ」のライヴ。映画そのままの濃ゆい世界が2時間繰り広げられる(笑)。 ステージの上もフロアも濃ゆいなぁ。最初から最後まで爆笑。必見。
新聞の一面全部に乗っているクロスワードを解かなければならない夢を見た。 単に「解きたいから解いている」ではなく「ねばならぬ」というのがポイントで、普段やれと言われたらさくさくと単語が出てくるのだが、夢の中に限っては真っ白な升目を眺めてうんざりしている自分がいるのであった。
| 2008年06月24日(火) |
買わないけど気になる |
どうでもいいことだが、iPhoneの日本語入力機能はやっぱりことえりなのだろうか。
やっと梅干しを漬ける。去年と同じく6kg。タイミングを逃し、小さめの梅しかなかったため、できあがりに不安を残す。塩も多すぎたか。まぁいいや。
| 2008年06月22日(日) |
友だちと知り合いのあいだ |
mixiの話なのだが、私はマイミクがとても少ない。片手でおつりが来るほどである。
たぶんマイミクというものをカタクルシク考え過ぎなのだろうとはおもう。
友だちと知り合いってどこで線引きするのかな、こっちが友だちだと思っていても相手はそう思ってくれているのかな、そもそも私はどう思われて居るんだろう、そういったことを考えてしまい、身動きがとれなくなる。
小学生の頃、道路の向こうで手を振るクラスメイトを見て、それが自分に向かって振られているのだと気づかず、何度も自分の背後を振り返り、笑われたことがある。 私の人間関係に対する猜疑心(といってもいいだろう)は生まれつきのものだろうし、一生治らないんだろうなぁ。
なんだか公開交換日記のようになってしまったが(苦笑)
いい思い出も、悪い思い出も、それを含めたすべてが私であり、それを受け入れること、きちんと自分の中で消化すること、そういう作業は嫌いではない。
変な話、事件を起こしていつでも非難されるのは加害者だけなのだ。事件の前にどんな出来事があったとしても。 個人的な復讐は遂げられるだろう。しかし、社会的には葬られるだろう。
どちらを選ぶか?
激情に駆られそうになる私の中にいるもう一人の私が選ぶ答えは決まっている。常識的であること、社会的なアウトサイダーにならないこと。それはある意味枷でもある。
これは自分に対する問いなのかな、と思ったので、ここに返答してみる。違ったらそれは私の思いこみだ。
昨日の日記について。
私は大事な人たちを守るためならば人を殺せると思う。たぶん。 そこでそれを運命だと言えるほど人間ができているわけではない。 それに、本来、私はかなり攻撃的な人間だ。
未だに夢に出てくるくらい、同窓会サイトやSNSで名前を見るたびに吐きそうになるほど嫌いな相手はいる。いや、嫌いという言葉では表せない。ちょっと前までは、同窓会に出て彼女の顔を見たら自分が制御できなくなるという確信があったくらい。 それと同時に、小学生時代の私は教室の中で「勝ち組」にいたわけで、当時の同級生の中には私が彼女に対して思うのと同じくらい、誰かが私を憎んでいるであろうことも容易に想像できる。
私が「殺人は許せない」と思うとき、それはそういう衝動に駆られる自分を許せないというのと表裏一体だ。 私が「誰か」を殺したいと願うとき、そういうことを考えているのは私だけではないし、その「誰か」には他人だけではなく自分も含まれる。 私が誰かを憎むとき、私を憎んでいる誰かもいる。それは私にとってはごく当たり前の感覚だ。
結局、私は自分が可愛いだけなのだ。 それに、たぶん、私は神様を信じている。
| 2008年06月19日(木) |
ちょっと整理してみた |
宮崎勤のこと。
死刑が執行された。事件から20年、長いような短いような。 分かりにくい身体的障碍があったこと、生来の性格、家族の愛情に恵まれなかったこと、そういう不幸な点を差し引いても、彼は越えてはならない一線を踏み越えた。 死刑判決に対しては、妥当だと思っている。
オタクという言葉と人種が世間に悪い意味で認知されたのはこの事件がきっかけだったと思う。 コミックマーケットのカタログに載っていた彼のサークル、殴り書きのような下手な絵と文字。 あの愛のなさそうな絵を見る限り、彼は本当にオタクだったのかという疑念はぬぐいきれないが、それでも当時オタクな世界にどっぷりつかっていたものとしては、自分と同じカテゴリーに属する人間から殺人者が出るとは思わなかったし、そういう意味でかなり衝撃的な出来事ではあった。 少なくとも、あの日の晴海で、私と彼は同じ空間にいたわけだ。
当時中学生の私があの事件で思ったのは、「社会性のあるオタクにならねばならない」ということだった。 趣味は捨てられない。自分の内向的な性格も直らないだろう。だったら少なくとも外面は他人とコミュニケーションが取れてまっとうな社会生活を営めるような、普通の大人にならなければならない。オタクをいいわけにしてはならない。 どこかでマンガを読み、アニメに夢中になる自分を恥じていたのかもしれない。 そして過去を隠したまま結婚して今苦労しているわけだが(爆)
あれから20年経って、対象は違えど、やっぱり私はヲタクであって、でも、一応、まっとうな社会生活を営んでいるつもりだ。 精神的につらいとき、趣味は私の支えになってくれる。 ただ、そこに逃げ込みっぱなしで現実逃避してはいけないとも思っている。 端から見ると充分のめり込んでいるのだが。
秋葉原の事件が発生してすぐ死刑が執行されたわけだが、この2つの事件は似て非なるものだ。 どちらも社会的なアウトサイダーであったことは間違いないが、結果的には似ていても、精神的なベクトルが違うような気がする。 ただ、その差異は、個人の資質によるものなのか、それとも20年の社会的変化によるものなのか、それとも出身地域によるものなのか、それが今の私には判断が付かない。 例えば、加藤智大が東京またはその近郊出身だったらどうだっただろうか。自宅住まいだったら収入が不安定でも家庭が崩壊しても何とかなったのか。 例えば、加藤智大が20年前に25歳だったら、高卒でも短大卒でも就職の間口は今より広かったわけで、正社員として就職できたのだろうか。 そんな、「たられば」を考えたりもする。
結局整理できてないな。自分の中で考えをまとめるのにはもっと時間が必要だ。 ただ、今断言できるのは、どんな逆境であっても、不遇であっても、他人を殺すのだけは、絶対許せない。そのことだ。
今日名刺交換をした相手は、アニメヒーローか少年漫画の熱血主人公みたいな名前だった。いや、そんなフィクションでもここまでの名前は聞いたことはない。 思わずまじまじと名刺を見てしまった。 そして、親の顔が見たくなった。もちろん、いい意味でだ。本人が切れ者だから、よけいにそう思った。
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