東京の片隅から
目次|きのう|あした
| 2008年06月19日(木) |
ちょっと整理してみた |
宮崎勤のこと。
死刑が執行された。事件から20年、長いような短いような。 分かりにくい身体的障碍があったこと、生来の性格、家族の愛情に恵まれなかったこと、そういう不幸な点を差し引いても、彼は越えてはならない一線を踏み越えた。 死刑判決に対しては、妥当だと思っている。
オタクという言葉と人種が世間に悪い意味で認知されたのはこの事件がきっかけだったと思う。 コミックマーケットのカタログに載っていた彼のサークル、殴り書きのような下手な絵と文字。 あの愛のなさそうな絵を見る限り、彼は本当にオタクだったのかという疑念はぬぐいきれないが、それでも当時オタクな世界にどっぷりつかっていたものとしては、自分と同じカテゴリーに属する人間から殺人者が出るとは思わなかったし、そういう意味でかなり衝撃的な出来事ではあった。 少なくとも、あの日の晴海で、私と彼は同じ空間にいたわけだ。
当時中学生の私があの事件で思ったのは、「社会性のあるオタクにならねばならない」ということだった。 趣味は捨てられない。自分の内向的な性格も直らないだろう。だったら少なくとも外面は他人とコミュニケーションが取れてまっとうな社会生活を営めるような、普通の大人にならなければならない。オタクをいいわけにしてはならない。 どこかでマンガを読み、アニメに夢中になる自分を恥じていたのかもしれない。 そして過去を隠したまま結婚して今苦労しているわけだが(爆)
あれから20年経って、対象は違えど、やっぱり私はヲタクであって、でも、一応、まっとうな社会生活を営んでいるつもりだ。 精神的につらいとき、趣味は私の支えになってくれる。 ただ、そこに逃げ込みっぱなしで現実逃避してはいけないとも思っている。 端から見ると充分のめり込んでいるのだが。
秋葉原の事件が発生してすぐ死刑が執行されたわけだが、この2つの事件は似て非なるものだ。 どちらも社会的なアウトサイダーであったことは間違いないが、結果的には似ていても、精神的なベクトルが違うような気がする。 ただ、その差異は、個人の資質によるものなのか、それとも20年の社会的変化によるものなのか、それとも出身地域によるものなのか、それが今の私には判断が付かない。 例えば、加藤智大が東京またはその近郊出身だったらどうだっただろうか。自宅住まいだったら収入が不安定でも家庭が崩壊しても何とかなったのか。 例えば、加藤智大が20年前に25歳だったら、高卒でも短大卒でも就職の間口は今より広かったわけで、正社員として就職できたのだろうか。 そんな、「たられば」を考えたりもする。
結局整理できてないな。自分の中で考えをまとめるのにはもっと時間が必要だ。 ただ、今断言できるのは、どんな逆境であっても、不遇であっても、他人を殺すのだけは、絶対許せない。そのことだ。
今日名刺交換をした相手は、アニメヒーローか少年漫画の熱血主人公みたいな名前だった。いや、そんなフィクションでもここまでの名前は聞いたことはない。 思わずまじまじと名刺を見てしまった。 そして、親の顔が見たくなった。もちろん、いい意味でだ。本人が切れ者だから、よけいにそう思った。
宮崎勤死刑囚の死刑が執行された。
あの事件は当時10代でどっぷりオタクだった自分にとってはかなりショッキングな出来事だったし、思うことを書きかけたのだが、あまりにまとまらないので、そのうちまとめて書こうと思う。
一つ言えるのは、この前の秋葉原の事件のときにも書いたが、オタクであること、障碍があったこと、世間のレールに乗れなかったこと、挫折したこと、友だちや家族に恵まれなかったこと、そういうことと、社会性がないことは、全く別の問題だ。ましてや犯罪をや。
それにしても20年は長いのか短いのか。
男性の遺体が発見され、地震で崩れた本の下敷きになって死亡した可能性がある、というニュース。 ・・・本望なのか? 身内に本の重みで1階床の根太が抜けた人とか置き場がなくて階段や廊下にまで本があふれている(一応RC建築)という人がいるので、他人ごとではない。 もちろん、実家にいたときは自分もそうだった。本とCDの山の中で生活していた。 阪神大震災を経験した会社の人は「タンス部屋を作るべきだ」と忠告してくれたが、私の場合は「書庫」というか「ヲタク部屋」が必要かもしれない・・・。
夫の両親の実家は宮城県だが、今回の地震について、かなり揺れたものの、けが人はないとのこと。 もともと宮城県沖地震の時にかなりの家が壊れ、建て直した地域なので、あまり古い家はないのだそう。 自分のところが無事だったからと言って手放しで喜ぶわけにはいかないのだけど、とりあえず一安心。
人と会っていたのだが、その場に同席した人4人がなぜかそろいも揃ってメガネ。まじめな話をしているはずなのに、妙に可笑しくなってしまい、笑いをこらえるのに苦労した。
今日は午後休みを取って、銀行に行った。ATMじゃないのは久しぶりである。 イマドキの銀行は入り口に何人も人が立っていて、用件を聞いて番号札を出してくれたり書くべき書類を教えてくれたりと、至れり尽くせりである。まぁ、番号札発券機のどのボタンを押したらいいかわからないとき、助かるのは事実だ。 しかしなぜ銀行の窓口は悪いことをしているわけでもないのにあんなに緊張するのか。
そのあと街をぶらぶら。名刺入れが欲しくてあちこち覗いたのだけど、あまり決め手がなく、見送り。ほとんど使わないのだが、最近たまたま名刺交換する機会があり、さすがに会社に一つ置いておかねばと思った次第。でもたぶん当分使わない。革ではなく、アルミ製でもなく、ハードケースのものが欲しいような気分。 日傘や雨傘ももう1本あったらいいな、と思ったのだけど、目に付くのはいま持っているブランドのものだったりするのが笑える。普段カジュアルな格好で通勤しているので、カジュアルな日傘が欲しかったのだが、今年は地味ばやりなのか、黒かベージュ・薄いピンク系ばかりで、柄も刺繍のフェミニンなものが多い。どうも気が乗らない。何年か前に見たグリーン系マルチストライプのやつ、買っておけば良かったなぁ。
なんだか疲れたので、夕方明るいうちに帰宅、風呂に入る。まだ日のあるうちに入る風呂は良い。ちょっとした優越感。
目の前に座っている外国人のおっちゃんが、やおら板チョコの銀紙を剥いたかと思ったら、いきなり一列食べた。 食べたことよりも、一列そのまま入るほど口が大きいのが驚きだったりして。 近藤勇もびっくりだ。
なんというか、この迷いは、年齢的なものなのか。 結婚しているけどこどもはいない、治療に踏み切るかこのまま天にまかせるかどうか、夫婦両方の親も年取ってきた、会社で生き残るためには自分がどうしたらいいか、そんなことがないまぜになっていて、なんというか、八方ふさがり的な感じがある。 端から見たら十分だと思うんだよ。 でも、自分の中では、登りも下りもない階段の踊り場にいるような感じ。 どうしようかなぁ、どうすべきかなぁ。
| 2008年06月10日(火) |
走り出してから考える |
だらだら暮らしていたのが、このごろ、なんだか周囲がものすごい勢いで動き出してしまい、どうしたもんかと思っている今日この頃。 文化祭直前みたいな躁状態に自分のコンディションを持っていけば乗り切れると思うんだよね。 流れに乗ったほうが自分も周囲も精神衛生上いいし、それをやれるだけの暇も精神的な余裕もある。たぶんいけるだろう。 問題は、私も突っ走っていいのか、それともブレーキ役を引き受けるべきなのかということだ。
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