東京の片隅から
目次|きのう|あした
今日も義父母宅。義父が脚を怪我している間病院への送迎をしてくれた親戚に手みやげを持って挨拶に行く。夜勤明けの人に送迎させるなよ、と私は思うのだが、親戚一同は助け合うべき、と宗教のように信じている義父は当然と思っているらしい。 そして治りかけで筋肉が落ちてしまった脚でまた歩き回り、炎症が再発。とうとう嘱託で働いている会社に来年以降の更新はしない旨宣言されたとのこと。収入うんぬんよりも、それ以後の自分の健康を維持させることをぼちぼち考えて欲しい。 家にいて腐っている。義父母の家の犬も年寄りなのだが、それと似てきた。気持ちは若いが体が動かなくなってきたので、意のままにならないことがあると吠えて周囲を威嚇する。やってくれるまで騒ぎ続ける。義母がやや参っている様子。
身内を大切にしているのではなく、(精神的に)寄りかかっているのではないか、先手を取って動き、頼りにされる俺、という構図を作り上げることで自信のプライドを維持しているのではないか、と最近は思うようになった。思ったよりも弱い人だった。
携帯電話を家に置き忘れて出かけてしまった。普段持ち歩いてはいるものの、あまり使っていないが、実際忘れるとどうも落ち着かない。知らず知らずのうちに依存していたようだ。
恵比寿で映画を見る。スウェーデン映画「愛おしき隣人」と「スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー」。前作「散歩する惑星」で見せたシュールなアナログな世界観は今回も変わらず、いや、さらにエスカレートしたような(笑)毒のあるラストに最後は呆然。 一緒に見た「スウェーディッシュ・・・」は彼のデビュー作だから、ほぼ40年前。街を走る自動車、ヘルメットなしでモペットに乗っていたり、10代の少年少女の喫煙・飲酒シーンなどは時代を感じさせるが、今見ても面白い。主人公の少年少女よりも、周囲の大人のダメっぷり、画面の切り取り方、時折見せるシュールさはやはり変わっていない。 面白かった。
夜、まーさんが台湾出張から帰宅。中国語マシンガントークにすっかりやられたらしいが、台湾それ自体は面白かったとのこと。無事にすんで何より。
鬼の居ぬ間に何とやら、と有給休暇。我が家の場合、鬼は私の方じゃないかという気もするが(爆)
朝イチで国立新美術館のモディリアーニ展を見に行く。平日だからか、それなりに人はいるものの、見やすい。初期の作品にデッサンが多かったので、さくさく人が流れたのも一因だろう(笑) 六本木という場所柄、外国からの観光客や修学旅行生も見受けられる。中学生らしき修学旅行生の一段は、ややつまらなさそう。東山魁夷のほうが良かったんじゃないかなぁとよけいな老婆心。帽子、上着、パンツと蛍光系オレンジの客が居て、そんな服どこで買ったんだろうと思ったのだが、東アジアからの観光客だったようだ。 個人蔵や初来日の作品が多かったらしく、記憶にない作品も多かった。学生の時に美術の授業で模写をしたのだが、そのとき画集(美術室にある西洋美術全集みたいなやつ)で見た記憶がない。自分が模写した作品もなかった(笑)。
町中で、黒の長袖タートル、黒の10分丈のスパッツに白の刺繍入りチュニックワンピースを着た人を見かける。トータルではおしゃれなのかもしれないが、自分の目には黒子とグレ子またはモジモジ君がてるてる坊主になったようにしか見えなかった。どうも思考回路が腐っていたらしい、
夕方、高田馬場へ。レコファンで探し物発見。当時はまさか解散(活動休止)するなんて思っていなかったバンドの1stアルバム。デビュー当時から好きだったのにうっかり買いそびれて、そのうち廃盤になってしまった。見つけたのは嬉しいのだが、380円、さらに200円引きキャンペーン中で180円。泣ける。
早稲田松竹でジャ・ジャンクー監督のデビュー作「一瞬の夢」を見る。最近の作品を見たときにも思ったのだが、明らかに前の世代と視点と技法が異なる。生まれたときからテレビがあった時代の人だ。大上段に構えるでもなく、ドラマチックな出来事が起こるわけでもなく、明確な起承転結があるわけでもなく、テレビドキュメンタリー的な印象も受ける。今のアート系・ミニシアター系日本映画に近い空気。
会社を定時退社してダッシュで見に行ってきた。2回目。夜間開館を狙っていったのだが、それなりに混んでいる。 前回は人が多すぎて立ち止まれなかったので、見たい絵だけ重点的に、という感じで。 入ると雰囲気が違う。途中で気がついた。照明が明るい? 前回は、人が多すぎて絵に近いところで見ており、さらに、後方の人が影になって会場全体が暗かったのかもしれない。照明の明るさだけでずいぶん絵の印象は変わるのもので、前回あまり好きでなかった絵に今回惹かれたり、その逆だったり。 「暮潮」という作品が好きなのだが、色調が暗いためか、絵はがきになっていなかったのが残念。画集は重いし収納に困るからなぁ・・・。 白馬シリーズはあまり好きじゃないので今回はスルー。 そしてすばらしかったのが唐招提寺の障壁画。 ぱっと見ると平板なんだけど、座敷に正座するとこの辺だろう、という位置まで空気椅子で少し視線を下げると、全く見え方が違う。波に飲み込まれるような感じ。こんな絵に囲まれていたら雑念は入りまくりでお経なんて読めない(笑) 遠くから、斜めから、視線を下げると、日本画、特に障壁画や屏風は見え方が違うのだな、と改めて実感した出来事だった。 画家生命が長く、戦前戦後を通じて画業が年代順に並べられていると、大和絵から日本画へ移っていくのがわかる。ドイツの町並みを描いた絵など、ほとんど油絵。画材と技法の差だけになってきている。そういうのも面白い。
帰りは自宅までウォーキング。九段下あたりの先頭に荷物を預けて皇居に走りに行く人たちとすれ違う。仕事が終わって、さらに走って、それから帰宅するのだろう。
| 2008年05月14日(水) |
青い鳥はすぐ隣にいたのです |
ね、中田くん。
自分探しでずいぶん放浪していたようだが、本当の自分は結局それまでの自分と同じだったってことだよ。劇的に違う人間にはそう簡単にはなれないんだ。そのかっこわるい部分もも確かに君の一部だ。 普通に「少しゆっくり旅行しようと思います」とか言っておけば良かったのになぁ。
うちの会社に最近入った新人くんたちもそうなのだが、「自分らしさ」とか「天職」とかに過剰な期待を抱いているように思う。 私は文学部という「もっとも使えない学部」出身だから、最初から好きなことと仕事を切り分けて考えたけど、なまじっか専門性が出てしまうとこだわりができてしまうのかな。 所詮組織の歯車に過ぎないのだよ。
| 2008年05月13日(火) |
はじめての中国語会話 |
ダンナが台湾に出張に行くので、とりあえず必要そうな質問を日本語と中国語で手帳に書き、カタカナでふりがなを振ってみた。電子手帳も持たせてみる。 しかしスケジュールを見せてもらったら缶詰状態で、とてもじゃないが使うチャンスはなさそうだ。「トイレはどこですか」ぐらいは使えるか。
チベット問題の原因というかギャップというのは、一般的な漢族の中国人にとって、地理的なチベットは中国(漢族居住地)の一部だと考えているのに、民族的なチベットは中国(漢族)とは別物だと考えていることにあるんだろうなぁ、とふと思った。 一部の老人にとっての、日本でいうところの沖縄みたいなモンだ。
昨日の土地について。 売主の説明にどうも信憑性がない。出してきた図面も方位がいい加減だったり、地区計画を無視していたりする状態。 素人がインターネットで調べればすぐわかる事柄なのに、プロとして理解していないのか、それとも素人の老人が出向いてきたので足元を見ているのか。 関係業者みんながいい加減なのか、それとも誰かが途中で改竄しているのか、どちらにしても杜撰すぎる。 その業者との取引そのものを考え直す必要がありそう。
久しぶりに実家に顔を出す。正月以来だ。とりあえず皆元気そう。 父がデジカメとプリンタを買ったらしく、使い方の説明をする。とりあえずあれこれ教えずに、一つの方法だけを伝授。 家探しの現状報告。なるべく愚痴にならないように言葉を選んで話すが、おそらく聞く側からすると十分愚痴であろう。 母の話し声が大きくなった。加齢か。
まーさんの実家へ。パソコンとプリンタを持参して、建築プランの説明をする。 やはりソフトを使って視覚化すると理解が早いらしい。 一つ気になる物件の問い合わせを義父に頼む。販売しているのは事実なのだが、売主の説明に曖昧さがあり、どうも信頼性という展では問題があるので、その確認。義父が見つけてきた土地なので、聞くべきポイントを整理し、自分で問い合わせてもらうこととする。
急に寒くなったので、風邪を引いたらしい。薬を飲む。
諸般の事情がありまして、なぜか朝マック。 私は普通にマックラップチキンシーザーセットを頼んだのだが、まーさんはマックグリドルベーコンエッグチーズセットを頼んだ。 脇で見ていて「・・・朝からチャレンジャーだなぁ」と思ったのだが、本人は全くなにも考えずに頼んだらしい。 まーさん曰く、「これはありえない」らしい。 普段食事の際否定的なコメントをほとんど発しない彼の、久しぶりの全否定コメント。これは是非追求せねば(笑) バンズを少し味見させてもらう。マフィン生地の中に甘いシロップ。これだけで食べるのは結構美味しいだろう。 が、それに塩味のベーコンと卵を挟むのは、私の味覚としては、あり得ない(断言)。 朝イチでまずいものを食べてしまった彼に口直しに何か食べるか、と聞くも、その気力すら奪ってしまった一撃、恐るべし。
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