東京の片隅から
目次きのうあした


2007年12月30日(日) おせち

おせちを作る。といっても作るのはのし鶏と煮しめと紅白なますくらい。
正月もスーパーマーケットは営業しているし、二人分を作るのは案外難しい。でも何もしないというのも気が済まない。
とりあえず手早く作れるものだけ作ることにした。


2007年12月29日(土) 賀状書き

台所の掃除と年賀状書き。年賀状は予備がぎりぎりなので、ひょっとしたら追加購入しなければならないかもしれない。
買わなかったが、佐藤可士和デザインのやつ、企画としては面白いなぁ。デザインが強すぎて送る人の個性(といってもコメントくらいしか書けそうにないけど)を殺してしまいそうな感がやや微妙か。


2007年12月28日(金) 仕事納め

本来はまったりと終業日を迎えるべきだったところ、トップが納会に出席するとの情報が投下され、事業所内は大嵐。
なぜかというと、このトップ、異様に「かたち」にうるさい。整理整頓にやかましいとか、名札や制服がどうこうとか、まず見た目から入るタイプの人らしいのだ。それはそれでルーズなうちの会社には得がたい人材なわけだが(苦笑)。
そんなわけで午前中からなぜか大掃除モードが事業所を覆っている。私は今日中に片をつけたい仕事があったので黙々と作業。午前中に片づけ、サーバーを落とす。

夕方の納会で飲んだ日本酒が思いっきり甘口で気分が悪くなる。これは寿司やピザには合わない・・・。


2007年12月27日(木) 風邪っぴき

風邪薬を飲んだら一発で鼻水が止まったのはすごいのだが、咳だけ残ったのはいやな予感。
まーさんが咳の風邪を長引かせているので、そのせいかとも思う。
とりあえず今はルルのど飴でごまかしているが、これがなくなったらいつものヴィックスドロップだな。あれは効く。さすが昔から売っているだけのことはある。


2007年12月26日(水) 前の席のサラリーマンへ一言

「マリみて」を読むのは個人の自由だが、せめてブックカバーをかけた方がいい。


2007年12月25日(火) 見透かされてる

とりあえず年内に美容院でも行っておくかと考えていたら、葉書が届いた。そういえば前回行ったのは夏。

プリングルスのウィンターソルト味なるものを買ってみたのだが、思ったよりも塩気が薄くて、食べやすい。食感がさくさくというよりもふわふわ感を醸し出すエアリー感も新しい。が、これは意図したエアリー感なのか、それとも1枚あたりのグラムが減っているのかが気になる。うがちすぎか。


2007年12月24日(月) クリスマスって何だっけ。

スーパーマーケットで青い目のトナカイとサンタクロースを見た。楽しげな様子から、どうやら罰ゲームではないらしい。

それよりもラメ入り筆ペンの方が気になる。買ってみたいけど使いにくそう。


2007年12月23日(日) 渋谷で千鳥足

すっかり風邪ひき。熱は出ないし喉にもさほどダメージはないのだが、そのかわり鼻水がひどい。息ができなくて溺れる夢を見たほど。

ポケットティッシュをひとつかみ鞄に放り込み、コンサートに出かける。アコースティックでなくて良かった。バンドのどかどかいう音の合間に鼻をかむ。鞄の中はティッシュの花だらけ。

コンサートは意外と良かった。普段なら白けてしまう苦手なコントも、今回コンサートそのものが企画モノっぽいためか、私でもそれなりに楽しかった。そういえば最終日だしバースデイライヴだしゲストが出るかと思ったが、出なかったな。


2007年12月22日(土) 冬至の散歩

映画を見に行こうと思ったのだが、どうにも気分が乗らず、見送り。風邪をひきかけているようだ。

気分転換にカメラを抱えて小石川植物園へ。曇りがち、時々雨、そんな天気では園内に人もほとんどおらず、鳥たちの騒ぐ声と枯れ葉の落ちる音だけ。カメラを構えつつ、ぶらぶらと歩く。
園内の最奥になぜかカリンの林がある。この時期ほとんどの木は葉も実も落として寒々としているのに、そこだけは黄色い大きな実が鈴なり。実の落ちる音が思ったよりも大きくびくりとする。

フィルムを現像する。手ぶれがひどく、焼き上がった写真はトイカメラみたいな出来である。レンズがライカなのに(笑)。これはこれで面白かった。


2007年12月21日(金) いつまで

こう年賀状の図柄などちまちまと作成する時期になると頭を悩ますのが、「誰に送るか」である。
同僚・上司。これは惰性。今のところ周囲にはまめな人がそろっているので、いちおう送っておく。たまに年賀状よりも早く年始の挨拶で顔を合わせることもあるが、まぁそれはそれだろう。
友人。小学校の友人はもうつながりが切れてしまった。12歳から一度も会っていないとなれば、無理からぬところ。中学・高校時代からの友人はとりあえず今も送っている。しかしこれも最近は悩むところだ。自分も友人どももほとんどは結婚し(奇蹟だ)、そしてそのほとんどに子どもがいる。当然向こうは子供の顔入り年賀状を送ってくるわけで、それは善意と信じている。実際のところ、子どもの写真の年賀状が送られてきても、さほど感慨がわかないのも事実。幼稚園の頃の友人の子どもが小学生になったのを観ると自分の年齢を感じるが。
彼女らともいずれ疎遠になるのかもしれないが、そうなるまではまだ10年ほどはかかるだろう。
そして親戚。どちらにも疎遠な親戚はいる。結婚して6年、一度も返事すら返ってこない伯父などもいるが、いきなりやめるのも見え透いていて、そろそろ思案しどきだが、ずるずると引き延ばし中。意地悪な見方だが、あと10年ほどでだいぶ減るだろう。50円で挨拶がすむなら安いと割り切るか。

毎年毎年同じようなことをぐずぐずと考えながら、自分の進歩と思いきりのなさを実感するのだ。


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