東京の片隅から
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東京にオリンピックが来たらトライアスロンで皇居を泳ぐという案が出たらしいけど、そんなことしたらスッポンに食われるやつが出る。 案を出した奴はお堀をちゃんと見たことないんだろう。内堀は鯉に混じって亀がうようよ泳いでいる。しかも在来種だけでなくスッポンも。 そもそも東京にオリンピックはいらないと思う。
| 2006年06月06日(火) |
unsuitable? |
朝着た服がその日の気分や身体にあまりしっくり来なかったときって、一日テンションが上がらない。会社の往復だけだからたかだか2〜3時間の話なんだけど。
人の上前かすめて儲けるやつって、やっぱりなんとなく虫が好かない。
結局村上ファンドに運用を任せていた人々って、「運用実績があるから」という理由の他に、「役所出身だからグレーゾーンを泳ぎ回って上手いことやってくれるだろう」という思惑もあったんじゃないかなぁ。
トマトと唐辛子の苗を持って久しぶりに実家に顔を出す。代わりにタイムを一株もらう。 だらだらと女三代でおしゃべり。秋に姉の結婚式があるのだが、黒留袖を着たらどうか、と言われる。何事もなければ着ると思う。でも最近すっかり着物とはご無沙汰だからなぁ・・・ましてや柔らかモノ、ちゃんと着られるか?状況によっては着付けを頼まなければならない。
夕方、新宿でサンダルを買う。色物が欲しかったのだが、今必要なのは黒。とりあえず1足。バーゲンに入ったらもう1足。足に合わないのは捨て時かもしれない。 晩ご飯は鰹。今年は高い。
いつものように昼に起きてうだうだ。 午後遅く、日本橋高島屋へ「神坂雪佳」展を見に行く。明治〜昭和にかけて活躍した「最後の琳派」と呼ばれた画家で、織物や陶磁器の図案作成なども手がけていたらしい。 ただし、会場内は神坂のものだけでなく、琳派全体を並べた感じで、注意してみないと本人のものだか琳派の他の画家のものだかわかりにくい。ただしどれも同じように見えるのは「琳派」としては統一感にあふれているとも言える。 日本画としてはいかにも昔の日本画で展覧会場に並べてしまうとかなり平板。映像で観た茶室はかなり面白い感じだったので、生活空間にあれば映えるのかもしれない。絵はがきにすると見栄えがした。 そういう意味で、大きい絵よりも小さい絵、日本画よりも職人との共同作業である織物や陶磁器のほうが面白かった。「琳派」というのは画家や技法の一派というよりも「京都を活動拠点とする生活・趣味用品デザイナー/プロデューサー集団」なんだろうなと認識。
それにしても、日本橋高島屋にいる人々は空気が違う。あくせくしていない。違う人種なのだ。
帰りは大手町まで歩く。地元で寿司居酒屋のようなところに入って、手抜き。
有給休暇。 昼過ぎ、新宿で「かもめ食堂」を観る。一人で観たかった映画。小林聡美・片桐はいり・もたいまさこといったらまったりした映画であることは容易に想像できるし、実際その通り。地味だが丁寧に作られた映画だと思う。フィンランドの風景や舞台となる食堂のたたずまいが美しいが、女優3人があの通りだし、舞台はヘルシンキ(なんと言ってもカウリスマキ兄弟とムーミンの国だ)だし、微妙にシュール。 これは、女優3人はあのキャスティングでなければならない。必然がある。主人公が江角マキ子や松嶋菜々子では「本当に日本で何かあってフィンランドへ流れてきた」風になってしまうし、宮沢りえでは美しすぎる。小泉今日子では地に足がついてなさそうだ。舞台もフィンランドでなければならない。フランスやスペインでは開けすぎている。かといって東欧やロシアでは暗すぎる。アメリカでは「バグダット・カフェ」になってしまう。アジアや南米では猥雑すぎる。観る側の先入観があまりなく、安全で清潔そうな国。そういう意味でフィンランドはぴったりだ。 おにぎりとかコーヒーのおまじないとか、観た後の影響力が多そうな映画(笑)。良かった。
新しいサンダルを買おうかと思ったのだが、イマイチ気力がなくて眺めただけで帰ってきた。カラフルなモノが欲しい気分。帰りにアジを買い、刺身にした。
大幅な人事異動。噂は一月くらい前から流れていたのであまり驚かないのだが、事業所長のクビが変わるという事態は危機感のない現場の意識をどう変えるか。 自分の周囲が何も変わらないのが微妙な気分。評価されているのか放置されているのか。
プロフェッショナルを名乗るなら、芸術性は他者が決めるべきで、他者が贋作だと判断したなら、それは贋作、もしくは質の悪いパロディなんだよ。 自分が良ければいいなんて、タダの自己満足だ。 もし自分の才能の限界を感じたなら、潔くプロフェッショナルとしての幕を引くことも必要だ。
出来心で白玉粉を買ってみた。
タカラヅカとじゃりん子チエが一緒になってうまくいくんですかね。
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