東京の片隅から
目次|きのう|あした
自分でカラーリングしてみた。時間も短めだったし、元が何もしていなかったので、黒い髪にうっすらと赤いカラーリング。屋外に出ていないとわからないくらい。出来はまあまあ。
今日は一日家の中の掃除と片づけ。私は家にいるときよりも働いているときの方が、家の中のことをまじめにやっていると思う。なんだかなぁ。
東京駅のコンコースで、小走りで「ごめん、遅くなっちゃって。待った?」という女と「ううん、今来たところ」と答える男。 いや、本当にいたんだって。空耳や錯覚じゃなかったって。
・・・いやー、いるところにはいるもんだなぁ。
仕事が暇で暇でしょうがなかった。9時から5時まで何をしようかと思った。なぜかというと私に仕事をくれる偉い人が南アフリカに出張に行って(別にダイヤの買い付けとかではない、国際会議である、南アでやる必然性はどこにもないのだが、妙に誘致に積極的らしい)11月まで帰ってこないからだ。何か仕事はないかとあちこち探して、市町村合併が進む昨今、古いデータをそのままにしていたことに気づき、総務省のHPからデータを落としてきて、市町村名のチェックをする。こんな町あるのか、とか、こういう読みだったのか、と新たな発見も。でもその仕事も一日で終わってしまった。明日は何をしよう・・・。
会社帰りに普段からよく会う雉猫にあった。「やあ」と挨拶したら「にゃあ」と返事をした。どこかの飼い猫かもしれない。
昨日の日記は訳がわからないと思う。でもそのときは本当にそう思ったので、そのまま残す。勘違いもいいところで、独りよがりな考えかもしれない。でも、涙で視界がぼやけたけど、それでも私はちょっと心が軽くなった。
通勤途中に目を通そうと思い、中国語の単語・短文集を引っ張り出す。頭の一部をちょっと中国語モードに変換するつもり。月曜日に第1回目の講座があって実感したのだが、単語の絶対数が足りない。講座そのもののレベルはなんとかついていけそう。がんばる。
| 2005年10月18日(火) |
勘違いしてもいいですか |
どういういきさつでそういう展開になったのかは部外者である私にはわからないし、実際理由は知らなくていいことなのかもしれないし、ただの偶然だったかもしれないし、でも結果を見ると、今日は「勘違いしてもいいのかな」と思わせる雰囲気があって、図々しいけど敢えて勘違いさせてもらいたいと思う。切なかったけど、嬉しかった。ありがとうございます。
パリーグのプレーオフ、ロッテが優勝してしまった。 優勝したのは31年ぶりだそうで、ひょっとしたら生まれて初めて見るロッテの優勝シーンかも、と思ったのだが、春生まれの私は生後半年だったので厳密には初めてではないらしい(笑)。 基本的に野球はあまり見ないのだが、どこのファンかと聞かれれば「多分ロッテ」と答えるのである。それはこどもの頃、村田兆治をかっこいいと思ったからだ。顔じゃないよ。雰囲気。 今のロッテは、野村を監督に呼んで優勝した頃のヤクルトにチームの雰囲気が似ているような気がする。掘り下げて野球を見ているわけではないので、あくまでもぱっと見の雰囲気だけだが、若い選手が元気だったり、監督が替わってうまくチームの歯車が噛み合ったり、そういうところが「似ている」と思わせるのだろうと思う。
それにしてもテレビ東京は美味しいところどりだなぁ、と思った。さすがマイナーの王道。これからもテレ東にはがんばってもらわないと困る。大事件で横並び報道の時に見るテレビがなくなっちゃうからね。
午後から両国・江戸東京博物館で開催されていた「美しき日本 明治・大正の旅」展を見に行く。半月前にも見に行ったのだが、病院から電話があって途中で切り上げていた。そのあと新聞屋に会って「いやー時間切れで途中までだった(笑)」と言ったら余っていた券をくれたので、また見に行った。展示替えが途中であったので、ちょうど良かったらしい。娯楽としての旅行、ビジネスとしての旅行(国内向けと国外向けのアピールはそれぞれ異なる)、教養としての旅行、そういうものがないまぜになっていたのだが、逆にいろいろな視線があっておもしろかった。もっとも、おもしろかったのは私が「鉄ちゃん」だからという話もある。 常設展示は見たことがあるのでさくっと切り上げて食事。適当に入ったラーメン屋が普通に美味しかった。久しぶりに外でラーメンを食べた。
博物館の来場者で着物連れの女子が2人。どちらも普段着物系。一人は紺色の地味な着物に紺地に水玉模様がぽつぽつとある半幅帯、もう一人は朱色地の着物に赤の薔薇柄名古屋帯。自分で着たらしきちょっと崩れた感じだが、奇天烈ではなく、いい感じであった。でも着物と帯の色あわせが逆でもいいくらい。着物、また着たいな。
髪を切った。 駅から美容院まで歩いていくと、リュックサックを背負った大量のじいちゃんばあちゃんに遭遇する。どうやら同じ方向に行くらしい。巻き込まれてしまい、同じペースで美容院まで歩いてしまうが、じいちゃんばあちゃんはさらに先まで歩いていくのであった。歩け歩け大会でもやっているに違いない、と思うのだが、どこまで行くかが気になった。蟻の行列のようであった。 髪はばっさり耳の下まで切った。とにかく気分を変えたかったので、ストレートパーマもかけてみた。そのうち色を入れてしまいそうな気がする。気分はすっきりしたのだが、首が少々寒いのであった。 その後実家に顔を出したら父に捕まり、買い物につきあわされる。これも親孝行である。父は父で、今回の件でずいぶん気遣ってもらっている。私たち以上に両方の家ががっかりしているのは確かなのだ。夕飯の買い物をしたらお小遣いをくれた。申し訳ない・・・。
近所のセイフー(ダイエー系列のスーパー)には「プレーオフ終了翌日から感謝セールを行います」と張り紙がしてあり、缶詰やら菓子やらカップラーメンやらの箱があちこちに積まれて、いつでもスタンバイOK、な状況にあるのだが、2連敗しているときに見ると「負ける準備をしているのか」とうっかり思ってしまうのだが、どうなんだろうか。 何にせよセールがあるのはいいことだ。
インターネットのこども(特に未熟児の)関連のHPで、こどもが死んだことを「天使になった」と表現している場合があるのだが、どうしても違和感がある。 その違和感の理由は、自分がミッションスクールを卒業したからだと思っていたのだが、本当は「死んだらおしまい」と考えているからなのではないか、と、今日ふと思った。
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