東京の片隅から
目次|きのう|あした
スポーツジムに通うようになって半月。メニューは相変わらず同じだが、エアロバイクの負荷は増やしてみた。程良く筋肉痛になる感じが久しぶりで良い。 ジムにはいろいろな人がいる。古いスポーツジムなので、定年退職後らしい老人が結構多い。現役時代から入会していて今に至るのだろう。ストレッチコーナーで選挙の話に花が咲いている。いかにもボディビルなどやってそうな人もいる。そんなに筋肉つけてどうするんだろう、と私は考えてしまうのだが、あのレベルまで行くと毎日体を動かさないと気持ち悪いんだろうなぁ、とも思う。 本来ジムというものはひとりで来るものなので、知り合いに挨拶はしてもそれほど他人に対して目をくれない人が多いような気がするのだが、中には他人のことをじろじろ見たりする人もいる。それもちょっと敵意のある眼で。何を思っているのだろうと気になる。また、プログラムによっては毎回遭う知り合いも多いようだが、プログラム後の更衣室などで同じプログラムに参加した人の話をああだこうだと言っているのを聞いてしまうと、ここも俗世間なんだなぁと思う。
CDラックと本棚の整理。本棚にはまだちょっとだけ余裕があるのだが、CD棚は本当に満杯になってしまった。もう買うなってことでしょうか。 本棚から古い雑誌が出てくる。とっておこうと意図してとっておいたものもあるし、なぜかとっておいたものもある。いらないものはこの際処分。音楽雑誌も捨て時なのかなぁ。でももうちょっとだけとっておこう。(そうやっているからどんどんと・・・)
| 2005年08月20日(土) |
カニクリームコロッケ |
近所のスーパーで「コロッケ祭」というのをときどきやっている。要するにコロッケやメンチカツなどの揚げ物が安くなるのだが、今日も開催していた。 実家にいた頃コロッケは作るものだった。何せ人数が多いもので、買うより作る方がやすいし、楽。結婚してからはさすがに最初から作るのは効率が悪いため、冷凍コロッケを買ってきて揚げるようになった。 ただし、必ず買うものがある。それはカニクリームコロッケ。自分で作るのはとても面倒臭い。ホワイトソースを作るのも結構手間だし(まとめて作ってしまえば冷凍出来るのだが)カニも買わなきゃいけないし(カニカマでいいのか?)形にまとめるのも大変だし、こればっかりは買った方がいい。 一度失敗したのが冷凍食品で「カニクリーミーコロッケ」。「クリーミー」。買ってみたら生クリームを入れてクリーミーにした(笑)ポテトコロッケだった。ちょっとだけとは言えカニは入っていたが、食べたかったのはホワイトソースの「カニクリームコロッケ」だったので、かなりがっかり。騙された方が悪いとも言うが。 そんなわけでカニクリームコロッケは好きなのだが、カロリーが気になるんだよなぁ。揚げ物+ホワイトソースのバターがなぁ。しかもここ何年か揚げ物で胸焼けするようになったので、1個しか食べられないのだが、それでも買ってしまうのだった。
郵政民営化って、結局タダの説明不足なんじゃないだろうか。 やっぱサラリーマン生活させて会議でのスピーチとか稟議の廻し方とか教えないと駄目だよな。
蝉の死骸が路上に見られるようになった。夏も終盤、と思う。鳴く声もアブラゼミやミンミンゼミからヒグラシが主流になってきた。でも今年は種類の移り変わりがはっきりしないような気がする。いきなりアブラゼミとミンミンゼミとヒグラシが同時発生したような印象。夏の質が変わったのだろうか。 夜中、うとうとしていたら、突然蝉が鳴き出し、大合唱になった。今は夜中でも街灯などがついているから夜昼あまり関係ないのだろうが、それでも夜はあまり鳴かないので、変な感じである。
会社の関西事業所で一昨日インターネット回線が落ちた。 昨日原因がわかったのだが、それは「蝉」。 蝉が光回線のケーブルに穴を開けたらしい。 産卵管をケーブルに挿してしまうことがあるらしく、それで内部の線が傷ついたのだそうだ。
そんなもので穴が開くのか・・・。
| 2005年08月16日(火) |
避けたいシチュエーションにはまった場合 |
歯医者で歯石を取っている最中、地震に遭った。歯医者の手元が滑らなくて良かった・・・。 午後、病院に。一進一退。良くなってはいないが、以前ほど悪くもない。見ている最中にいきなり黄緑色の痰をごぼごぼと大量に吐いたのでびっくりしたが、一応大丈夫らしい。 帰りにブックオフで辺見庸「もの食う人々」と平野啓一郎「日蝕」を購入。「もの食う人々」は実家で姿を見かけたことがあったような・・・。図書館だと思うが。人の棚にあるものは良さげに見えるのだが、未読だったはず。少なくとも買った記憶はない。
私のいた学校には中学3年生の時の夏休みの宿題で「戦争体験の聞き書きをする」という課題があった。(こういうことを書くと学校名がわかる人もいるかと思うが、構わない)私は当時子どもだった叔父に話を聞いたのだが、いかんせん子どもだからなかなか記憶が不確かなこととかもあった。そのときに、「父方母方どっちでもいいから祖父が生きていてくれたらな」と思ったのだった。 我が家は父方母方ともあまり丈夫でない家系らしく、戦争に行った人が少ない。 父方の祖父のことは一緒に住んでいたくせに良く知らない。物心ついたときには既に寝たり起きたりで、倒れた後遺症で言葉が不明瞭だったので、あまりコミュニケーションが取れなかった。戦争前は煎餅屋をしていたのだが、米が手に入らなくなって店を畳み徴用され、終戦直後は担ぎ屋のような仕事をしていたらしい。父親に言わせると「あくどかった」そうなのだが、あの時代を生きた人なら多かれ少なかれみんなそんな風であったろうと思う。 母方の祖父のこともあまりよく知らない。実家は本郷で婿養子に来たこと、実家の家業が提灯に字を書くことで浅草寺の大提灯の字を書いたらしいということ(法螺かもしれない)、そんなことを周囲から聞くだけだ。亡くなってしばらくしたあと、実家の遺品を整理していて写真やら手帳やらを母が引き取った。私も虫干しの際に見せて貰ったのだが、生徒手帳のような胸ポケットサイズの小さな手帳に戦時中の日記のようなものが書かれていた。 「3/1X 家に戻る 全部焼けてしまったので敷地の四隅に杭を打つ」と書かれ、手書きの図面がタテ○尺○寸、ヨコ○尺○寸、と書かれている。文面から察すると、自警団の隊長をさせられていたらしい。あちこちかり出されていたようだ。事実のみ淡々と書いてある手帳に偉い人の掲げたお題目を全く信じていないのが滲み出ていて、興味深かった。
60年って一体どのくらいの重みがあるのだろう。でも、10年前よりは新聞やテレビが客観的に分析しようとしている気はする。10年前はまだ感傷的だった。
| 2005年08月14日(日) |
ぜひピーコにファッションチェックして貰いたい |
今度の衆議院選選挙に刺客として立候補が噂される片山さつき女史。元ミス東大だとか。 いや、東大入ってミスになって財務省(大蔵省)って、確かに才色兼備だと思うよ。 でもさぁ、
あの髪型は何なんだ!2005年にあの髪型はあり得るのか!!
テレビで我が眼を疑っちゃったよ。
朝起きたら両腕に湿疹が爆発していた。汗疹らしい。かなり憂鬱。
姉が彼氏を連れてくるから実家に手伝いに来るようにと母親から連絡があったの半月ほど前。手伝いというのは実際の手伝いもあるのだが、祖母と両親と娘と彼氏では場が持たないかもしれないという考えもあったようである。実家にはもうひとり娘がいるはずなのだが毎日残業で土日は夕方まで寝ているのでいないものと見なされているらしい・・・。とにかく面白そうなので出かけていく。 姉の彼氏は5歳年下である。話すテンポや年長者にいじられそうなあたりがよく似ている。父親との対面は案外スムーズに終わり、あとは寿司などつまみながらビールを飲む。祖母曰く「ずいぶん丸くなった」・・・自分の息子に言いますか(笑)
帰りの電車の中、花火大会に出かける女の子達。浴衣を着ている人が本当に多いのだが、同じようなものを着ていてもちゃんと見える人とだらしなく見える人がいる。違いは何だろうか、とつらつら考える。既製品が多い現在、サイズの大小=お端折の長さはある程度妥協する余地がある。帯結びは人それぞれ。あとは、来ている人の姿勢と襟合わせなんだろうなぁ、という結論に。着物はたるみがあるとだらしなく見える。
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