東京の片隅から
目次きのうあした


2005年06月13日(月) わくわく

共同通信6/11の記事より
【ロンドン11日共同】11日付の英紙インディペンデントは、ドイツからチェコ、スロバキア、オーストリアなど欧州の広い範囲で、紀元前4800年から4600年にかけて築かれたとみられる神殿跡などが発掘されたと報じた。
 事実とすれば、エジプトのピラミッドや英国南部にある巨石遺跡群ストーンヘンジよりも2000年以上前に建造されていたことになり、同紙は欧州の石器時代の歴史を書き換えることになると指摘した。
 発掘を主導したのはドイツ・ザクセン州の考古学者らで、これまでに欧州各地で150以上の神殿跡を特定した。神殿は円形に木や土を積み上げた原始的な構造で、柵などで囲われていた。

なんかマスターキートンみたいでどきどきしますな。あのマンガで主人公の恩師はドナウ川文明を探してるんじゃなかったっけ。
歴史の教科書とかも一世代違うと書いてあることはぜんぜん違う。私たちが知っていることはものごとの本当に端っこに過ぎないのだ。


2005年06月12日(日) 1箇月

病院で身体測定。身長、頭囲、胸囲を計る。看護士さんから写真と1箇月の成長記録を記入したカードをもらう。カードをもらうのは幼稚園のとき以来かもしれない(笑)
やっと一と月、もう一と月。


2005年06月11日(土) 不確かな記憶

祖母と母とお茶の時間。
そういえば、と思い出し、訊いてみた。
「うちの前の通り、木遣りが通ったことなかったっけ?」
自分の記憶の中では幼稚園〜小学校低学年、商店街の通りに面した2階の窓から「木遣り」の列を見た記憶があった。法被鉢巻地下足袋の職人さんたちが白い綱か布で何かを引いてゆっくりと謡いながら歩いていく。法被は黒か紺か灰色に白の格子柄かなんかだったような気がする。実家の近所は職人町だからありえない話ではないのだが、あまりにも記憶がおぼろげで、見た、と言えるほどの自信がない。

二人の話を総合して出た結論は、
・近所の目立て屋さん(大工道具の刃を研ぐ仕事)のお葬式で木遣りを見たことはあるはず
・ただしうちの前は通っていない
・うちの前の通りはお祭りのときに神輿が通るルートだから2階から神輿や山車を見た記憶はあるだろう

どうも2つの記憶をひとつにして憶えていたらしい。思い違いだったが、まったくの空想でなくてよかった。
時々記憶のフラッシュバックがある。思い出せるのも今のうちだ。再開発が進んで町の姿がすっかり代わってしまったら今まで思い出せたものも思い出せなくなってしまう。


2005年06月10日(金)

結局昨日は夕食を食べてそのまま寝てしまった。

いつものように病院に行く。様子を見るために母乳を一時停止してみているとのこと。大事ではないようだ。健太は私が先生と話をしているときは眼を開けていたそうだが、話が終わってから呼びかけても眼を開けない。寝たふりか。先生の声は毎日聞いているが、私の声は時々しか聞かないので、看護婦さんの一人だと思われているのかもしれない。

父の依頼で五角形の箸をインターネットで調べる。テレビで見たのだという。今使っている箸が気に入らなくなってきたらしい。調べたらあっさり出てきた。東京の大黒屋という店だ。仕事で近くにいったらついでに買ってくるつもりのようなので、住所等メモして渡す。
父の箸というと、我が家では「黒くて重くて硬い箸」である。祖父もそうだった。水に沈むような重い箸はちょっと怖い父の象徴である。子供の頃は食事のときにちゃぶだいで隣に座らされ、箸使いやマナーが悪いと箸の根元で頭を小突かれる、そんな食事風景であった。もちろん好き嫌いなど言おうものなら有無を言わせず冬でもはだしで表にほっぽりだされる。私の中では日常の風景だったのだが、大人になってからいろいろな人に聞いてみると、どうも一般的にはそうではないらしく、かなり退かれる。だからといって怒られた記憶ばかりではなく、ちょこちょこと街中へ連れて行ってもらった記憶もある。いつから父の箸が怖くなくなったんだろうなぁ、と思う。


2005年06月09日(木) ダメダメ

とにかく眠い。
朝7時起床。普段なら夜中も3時間おきに眼が覚めてしまい搾乳するのだが朝まで爆睡。
朝食後、二度寝。
気づいたら、昼。
昼食後、昼寝。
気づいたら、16時。
お茶の時間の後はさすがに起きている。でも眠い。

このままでは、夕食後、本格的夜寝に突入しそうな気配。
大丈夫なんだろうか、自分。


2005年06月08日(水) 牛乳禁止令が出た

午後、母と病院へ。
健太は500gを超えた。生まれたときが406gだから1ヶ月ほどで25%増である。普通の子に比べるとまだまだだが、とりあえずほっとする。
ただ、好酸球という値が増えたとのこと。一時的な場合もあるし、ミルクアレルギーの可能性もある。とりあえず母乳に成分が移るのを防ぐために牛乳は飲まないでください、と言われた。ヨーグルトやチーズはかまわないそうだ。仕方ないので豆乳を買って帰る(笑)。
しかしダメだと言われると飲みたくなるのはなぜだろう(爆)。

夜、ワールドカップ予選をテレビで見る。生命や生活の不安を感じずに競技できる国は幸せなのだと思う。


2005年06月07日(火) 熊谷守一

午後から熊谷守一美術館へ行く。開館20周年記念展をやっているのをこの前NHKで見たのだが、その効果かどうか、小さい美術館(ギャラリーといったほうがふさわしいかもしれない)は大盛況であった。館主の熊谷榧(かや)さんによる解説がついているのだが、それがTVで見た話しぶりそのままだったのが愉快。感情に流されていない愛がある。
ぶらぶらとそのまま池袋まで歩いて、山手線で帰ってきた。


2005年06月06日(月) 欲望

昼前にどこかにぶらぶらと出かけよう、と思い立ち、どこに出かけようかと考えていたのだが、考えるくらいなら子供の顔を見に行けよ、とセルフ突っ込み。病院に母乳を届けに行く。保育器の中で寝ていても伸びをしたりびくっとしたり、起きたら起きたで大騒動、落ち着きのなさは両親譲り、将来が容易に想像できる(苦笑)。

久し振りにコーヒーが飲みたかったのだが、時間があまりなかったのでそのまま帰宅。もう半月くらい飲んでいない。正確にはコーヒーが飲みたいのではなく、コーヒー牛乳orカフェオレが飲みたいのかもしれないが。今度時間のあるときに飲んでこよう。本当は外でお茶したいだけかも。

今一番したいことは何かと訊かれたら、「風呂につかりたい」と答える。毎日シャワーは浴びているのだが、湯船につかるのは1箇月検診まで禁止されていて、それがなによりつらい。何がつらいかというと、肩こりが治らないのである。毎日搾乳するのは実はかなり肩がこる。でも冬でなくて良かった、と自分をなだめる。

夕食は昨日もらった鯛を昆布締めし、押し寿司にした。


2005年06月05日(日)

まーさんとお義父さんと3人で病院へ。健太の様子を見てお義父さんは一安心した模様。そりゃそうだ、前回(2週間前)はトリガラというかスズメ焼きみたいだったもんなぁ。今は少なくとも人間に見える。
帰りにお昼ごはんを買おうとして(まーさんの実家では「なんかご飯を買って帰る」イコール「寿司を買う」である)魚屋を覗く。安い。個人的にはイナダ250円、に激しく惹かれるものがあったのだが(笑)どうも気が大きくなったらしいお義父さんはいきなり鯛を買って持たせてくれた。尾頭付きで50cmはありそうな大物、しかも2700円ときたら明らかにお買い得なのだが、サイズがサイズなので、実家に持っていっても大騒動であった。こんどなんかもって行かなきゃなぁ。


2005年06月04日(土) 胃痛

夜中に全身の冷えで眼が覚める。そして胃が猛烈に痛い。貧血か、と思ったがどうしようもないので掛布団を増やして眠る。
朝起きても胃の痛みは消えず、とりあえず食事は摂るもののぼんやりと過ごす。
午後、気分転換+運動のため、OZONEリビングデザインセンターの布関連の展示会を見に行く。ゆっくり歩いて、でもなるべく正しい姿勢で、休み休み。普段なら10分ちょっとの距離を30分ほどかけて歩く。まるきり病み上がりである。メイン展示のサリーそのものは技術も文様も面白かったのだが、本来「衣服」であるものを「布」として展示してあることに違和感がぬぐえず(その印象は前回の着物地のときにもあったのだが)、表面だけ撫でて終わってしまった。ついでにコンランショップを眺めて帰宅。
帰宅してから一眠り。眠ったら胃は少し軽くなった。疲れが出たのだろうと思う。胃痛解消のため、大根おろしをたくさん食べた。


はる |MAIL