東京の片隅から
目次きのうあした


2005年05月12日(木) 入院

点滴のせいか変な夢を見た。一度も行ったことないような茅葺き屋根の農家に母と家のジムニーで乗り付ける。周りには庭が広がっている。そこは母の実家なのだという。(実際には母は思いっきり都会っ子である)空気を入れ替えるのだといって、雨戸を開け放していると、近所の小学生が社会科見学だといってぞろぞろやってくるので、家の案内をする。案内した玄関口は、「春の玄関」なのだという。どうやらほかにも夏秋冬と玄関があるらしい。

朝食の途中で良くないことを考えてしまい、ちょっと泣く。カーテンがあってよかった。

朝食後、2度目のステロイド注射と胎児の心音モニター。その後、担当の先生からNICUの保育器を1つ空けてもらったので明日の昼手術になることを聞かされる。まーさんと実家に連絡。個人的に気になっていたHTLV-1はスクリーニングではプラスで、他の検査法で再検査中とのこと。もし陽性でも未熟児の場合は与える場合があるという話を受け、同意する。
午後、麻酔科医が来診。手術と麻酔についての説明を受ける。下半身麻酔になるとのこと。
その後、手術に備えていろいろの準備をする。


2005年05月11日(水) 怒涛の一日

朝から病院の定期健診。待ち時間は1時間くらい。
エコーを見た先生が慌てる。どうやら前回の検診から1ヶ月たつのに、胎児が育っていないらしい。急遽転院・入院指示。午後また来るように言われる。
午後までにいったん帰宅して入院準備しようと思ったのだが時間が微妙なこともあり、とりあえずまーさんと実家と会社に電話。この時点ではそんなに深刻な状態とは思わなかった。
15時頃転院先が決まる。どうも自分が思っているよりも深刻な状況で、あちこちに断られたとのこと。どうにか受け入れ先が決まって、救急車で搬送される。(転院先も定員いっぱいなため、さらに受け入れるためには形式的にでも救急患者、という形が必要らしい)
転院先に到着し、内診、血液検査、培養サンプル採取、エコー(超音波)、胎児心音モニターチェック、胸部レントゲンなど検査ラッシュ。
ひと段落した頃まーさんが到着。二人で医療チームから説明を受ける。胎児が約400gでかなり小さいこと、羊水が不足しており(たとえが悪いが真空パック状態)、このままではかなり危険なこと、帝王切開手術が必要だが、今新生児用ICU(NICU)の空きがなく、空きを待ってここで手術するか、空きのある病院に再転院して手術するか、胎児が育つのに賭けるか、の3パターンがあるが実質的には前二者の選択になること、等。
実家から到着した両親とも話し、第1の選択肢に賭けることとした。どっちみち胎児の生存率を上げるためにステロイド注射を打つ必要があり、効くまでに2日かかる、それならばここで待ったほうがいいと思った。
とりあえずそのまま入院手続きを取り、ステロイド注射とウテメリン点滴(おなかの張り止め)を打つ。


2005年05月10日(火) 休みボケ

久しぶりに(といっても連休の谷間は会社に行ったのだが)出社。仕事の内容は覚えているものの、ミスタッチが多かったりして、やはり休みボケ全開。
とかいってまた明日も休むのだが。


2005年05月09日(月) 母親学級その2

世間のゴールデンウィークは終わったが、母親学級のため一日延長。
午前中家にいたらいきなりドアを叩く音が。マンションの表玄関がオートロックになったとはいえ、新聞屋や知り合いに番号を教えている住民がいるらしく、以前も新聞屋の勧誘にあったので、ノックを無視したら、どうも郵便屋だったらしい。不在票が入っていた。それにしてもブザーがあるのにいきなりノックというのも非常識である。
午後、病院へ。同時期に生まれるはずの人たちの腹が順調に大きくなっているのに自分のはさほどでもないような気がしてちょっと不安を覚える。体重はそれなりに増えているので自分で気づかないだけだと思うが。今度の診察の時に相談するのもアリかもしれない。

病院へ行くときにバス停から川沿いの遊歩道を歩くのだが、羽虫があちこちに湧いていて、帰ったらアブラムシだらけだった。服から払い落としたら、薄い色のシャツに虫の体液がにじんでしまい、小さな染みになってしまい、ちょっと凹む。


2005年05月08日(日) 何もしない母の日

やっと晴れたので(曇りだけど)洗濯。その合間にレモンの木のアブラムシ駆除とメダカへの餌やりをする。暖かくなってきたので良く喰う。エビが自己主張しだしたのでイトミミズブロックもやったら、メダカがつつき回して持っていってしまった。沈んだらエビの手に入るだろうと放置。
洗濯の合間にまーさんは秋葉原へmy自転車で買い物に行き、なんだかよくわからない部品を持って帰ってきた。彼の自転車は20年前(高校生の時)30万円で先輩がフレームから組んだものを3万円で譲ってもらったもので(先輩(←ボンらしい)太っ腹だな・・・)、途中ペイントを直し、今年new車輪をタダでゲットしてまだ乗る気らしい。上の荷重はこの20年66%増であるが。
夕方、買い物に行く。スーパーマーケットは子供だらけで危険だが、レジでカーネーションの花束だけ持って並んでいるのは微笑ましい。500円くらいだが、子供の小遣いには安くない額だ。うちは何もしなかったなぁ、と思う。


2005年05月07日(土) 地震

明け方、地震があった。
いつも起きない時間にふっと目が覚めて、しばらくぼんやりとしていたら、ごとんと何かが落ちたような音。上の人がものでも落としたかな、と思ったら、地震。震度は3だったのだが、直下型ってこういうものかな、と思った。
ところで、どうして夜中の地震って揺れる前に目が覚めるんだろうか。予知能力(笑)?


2005年05月06日(金) 晒し者

JR福知山線の事故。事故そのもの、そして乗客だった社員がそのまま出社してしまったことは弁解が出来ないと思うのだが、それ以外のボーリング大会やらゴルフコンペやらについて、マスコミが嬉々として叩いているのは、なんか筋違いだと思う。
遊びに行っていたのが社長とか、担当車掌区の人間だったら、それは問題だろう。この場合、尼崎で起きた事故で広島車掌区の人間が自粛しなければならない、もっと言えば事故が起こる前に出発してしまった海外旅行についてまで追求するのは、それは日頃のうっぷんばらしで叩いているだけなのではないか、と思うのだ。もちろん、社内体制や風土の改革は必要だと思うのだが、今回は社内で緊急体制が敷かれていたとはいえ、その対象外だったわけで、それはそれ、としてとらえる必要があるのではないかと思う。
うがった見方をすると、事故の本質から眼を逸らそうという会社の意図があるのではないか、これを機会に福利厚生費を減らそうとしているのではないか、ということも考えられなくもない。(うちの会社もそんな雰囲気があるからなぁ・・・苦笑)


2005年05月05日(木) モノクロ

約1年ぶりに美容院へ行く。思い切って段をつけた縦長ボブに。一番長いところでも肩につくかどうか、というくらいまで短くしてもらった。ここまで短くしたのは5年ぶりくらいか?髪の量半減で頭が軽い。
ついでに実家に寄る。みんな相変わらずだが、妹はGWの間も出勤している模様。異動したばかりだからしょうがないのだが、世間に言いたい。言われているほど公務員は気楽ではないのだよ。地方公務員でも日付が変わるまで残業するのが当たり前なのだ。やる気のない奴は全然駄目だけど。

新宿は連休最終日で人出もある。その中で目に留まったのが女性4人組。後ろ姿と荷物から察するに結婚式帰り、だが、その後ろ姿があまりにも同じなのである。髪型こそ巻き髪アップ、ストレート等さまざまだが、揃いも揃って白いジャケット、黒のゲストドレス、黒のヒール。制服ですか?と訊きたくなるくらい「同じ」感じ。本人達はお洒落だと思っていたのだろうけど、完全に裏目に出ているような気が・・・。花嫁友人・同僚って、場のにぎやかしが役割だからカラフルなものを着るといいんだけどなぁ、室内の披露宴会場だと上半身しか見えないから人工光で余計どんよりするんだよなぁ、と思ったりする。


2005年05月04日(水) 黒い綿棒

なるものをホームセンターで発見。
綿部分はもとより、軸も真っ黒。
「どれだけ取れたかが一目瞭然」だそうだ。
自分で買うにはどうだろう?と思える代物ではあるが、アイデア商品として、ビンゴなどの景品にすると受けるかもしれない。やる予定はないが。


2005年05月03日(火) 花と光

花の時期になるとテレビで「○日までライトアップが行われます」というニュースが流れるが、無理に夜遅くまで起こされるのが、花にとっていいことなのか、気になる。
わざわざ夜に花を見に行かなくてもいいと思うんだけどなぁ。上野や浅草のように電車で行かれるところならともかく、地方の車でしか行かれないような場所のライトアップというのは見に行く人も車だろうし、ひょっとしてアルコールが入った勢いで行動しているかもしれないし。


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