東京の片隅から
目次|きのう|あした
喉ががさがさする。荒れているうえに、痒い。これはたまらない。そのうち耳の奥まで痒くなって、中耳炎になるのだ、きっと。 さすがに一日中、会社でもマスクを掛けて、のど飴をなめている。 こういうときは、味覚がおかしくなる。スナック菓子が食べたくなったり、食事でも濃い味が欲しくなる。夕飯も意識して薄味に作ったつもりだが、どうだろう。 とにかく、薬は飲めないが、早く直さねば。
朝から雨。風呂場で歯を磨いていると、地震。風呂場から出ようと思ったが、よく考えたら外は台所で冷蔵庫と食器棚がある。風呂場の中にいた方が安全だった。ベランダでメダカとエビに餌をやっていたまーさん曰く、地震が起こった瞬間にエビが逃げていった、そうだが、エビは地震だとわかったのか、それともまた人間が水槽を動かしたと思ったのか、どちらだと思ったかは定かではない。ベランダから外を見ていたら上と下とで揺れ方が違ったそうで、妙に納得していた。 ちょうど通勤時間だったため、千葉・埼玉方面で何人か遅れた人が出た。会社に来るのに3時間半かかった人もいたらしい。
昨日の風と今日の雨で桜もすっかり散ってしまった。雨が降るのは億劫だが、降るたびに緑が濃くなっていくのを見るのは、それはそれで楽しい。寒いのはかなわないが。
一日衣替え。まだ全部を片づけるほどではないが、とりあえず一週間掛けて洗ったセーターをしまい、Tシャツを出す。でも夏に向かって腹がでかくなる状況下で、Tシャツは着るチャンスはあるのか?微妙だが、出さなければしまえないので仕方ない。 夕方、買い物に出かける。花見の人々が三々五々帰ってくる。このあたりはいわゆる「文学散歩」的なコースになっているので、そういうウォーキングの人々も。どちらにしても上ばかり見て歩いているし、アルコールが入っているかもしれないので、動きが不審。こちらも気をつけながら歩く。 夕飯の時間まで魔があったので、今日は生のタケノコを買ってみた。下ゆでが難しいかと思ったが、案外短時間で簡単に出来た。やはり水煮とは味が違う。今度から時間があれば(笑)手抜きしないで作ろうと思った。 夕飯は鰺の酒蒸し、蕗のナムル、蕗とタケノコと油揚げの土佐煮風。
午後から実家へ。友人の結婚式に着る予定のワンピースを見てもらう。妹から黒地にラメ入りのフリルカットソーカーディガンを借りて着てみる。だぼだぼしていたワンピースの上に着るとちょうどバスト下でボタンを留めるので、体型のカバーになるし、華やかさという意味ではパールのネックレスをすればなんとかなりそう。そのまま借りる。 帰りに母と一緒に新宿に出て、夕食の買い物をしてから別れた。
帰りに買い物をして、伝通院の桜を見ながら帰る。風が吹くと早い桜は散り始める。もう明日くらいが見納めなんだろうなぁとちょっと感傷的になる。
部署の歓送迎会。新橋にある「かおりひめ(香媛)」という香川・愛媛のアンテナショップに併設されている食事どころで。ノンアルコールなので、出てくる料理に御飯が欲しいのだが、最後にうどんが出てくると言うことでグッと我慢。料理は上品で美味しかった。 飲み会前に1階のアンテナショップの方で半生うどん、だし醤油、じゃこ天を購入。
やっぱり川崎で飲むよりも家が近くていいなぁ。
夜桜を見ながら帰った。
友人の披露宴用に着るつもりで通販で頼んでいたマタニティワンピースが届いた。まーさんに見せたところ「何かいじらないと幼稚園のお遊戯みたい」との厳しい評価。それは自分でもわかった。 <しなければならなさそうなこと> ・全体的にサイズが大きめなため、肩が落ちないよう&下着が見えないように脇を詰める。(必須) ・デザインにポイントがないためだぶだぶ感が強調される。ワンピースはウエストに調節用リボンがついていると聞いて購入したのだが、フォーマル用にはついていなかった。これは誤算。ベロアかなんかのリボンをでつけて後ろで結ぶ仕様にするかチェーンベルトのようなアクセントになるものが必要。 ・ノースリーブなので上着が必要。(必須)
とりあえず週末にもともと持っているワンピースと一緒に実家に持っていって見ることに。なにか巧い手が見つかるかもしれない。 ・・・まぁ、セール期間で3000円台だったからいいんだけど、元々の値段(10000円くらい)だったら絶対返品すると思われる。通販って難しいなぁ。特にネット通販の会社だとボディに着せているから実際の感じがよくわからないんだよね。
CDを買いにいったらおいてなかった。一応タワーレコードなんだけど、やはり川崎は規模が小さいから駄目か。週末に実家に行くからそのときに新宿店に寄ろうと思う。通販でも買えるのだが、やはり店頭に並ぶのが見たいのだ。つくづく因果な体質である。
会社の某氏が具合が悪くて医者に行ったところ、「脚気」かもしれないと言われたそうだ。ゴムハンマーで膝を叩いて上がるかどうか調べる、アレである。今どき「脚気」になんかかかる人がいるのか、と思ったが、そういえば友人の兄の同級生(一人暮らし大学生)が脚気で実家に強制送還になった、というネタを高校時代に聞いたことがあったから、案外かかるものかもしれない。要するにインスタント食品の大量摂取によって起こるビタミン不足なので、そういえば某氏もひとりものなのであった。
ローマ法王の葬儀のニュースが連日報道されている。まーさんは遺体が棺の上ではなく剥き出しにされていることにちょっとカルチャーショックだったようだ。確かにあまり日本にはない発想である。でもあちらは「聖遺物」として成人の骨やら遺体そのものやらが礼拝堂の地下にガラスケースに納められて見せ物になっている(この言い方は語弊がある)お国柄、そもそも概念が違う。そもそも温度湿度の差で日本では埋めないとどうしようもない、ということもあろうが。
イタリアには大学1年の夏休みに行った。当時知り合いが長期滞在していて、ホテルを取ってくれたのだった。建物の天井の高さ、壁の厚さ、冷房がないこと、空気の匂い、石造りの町並みの圧迫感、濃いコーヒー、とにかくあらゆるものが「違う世界」を感じさせた。バチカンもそうだ。日本にも大きな建造物はたくさんあるが、歴史的な意味があり、今も使用していて、かつ、権威を持つ、豪華な建物、空気に圧倒された。外に出たとき、ほっとしたのを覚えている。 またいつか行かれるだろうか。
「真夜中の弥次さん喜多さん」が映画化され、あちこちのメディアで「実は二人は恋人同士だった」みたいなことがさも新解釈かのように宣伝されているが、「東海道中膝栗毛」って、もともとそういう話じゃなかったっけか。旅芸人と彼に入れあげて店を潰した商家の若旦那って設定だったような気がする。もともと同性二人でつるんで旅するというシチュエーションがそういう傾向を想像させるものではあるが。
「東海道中…」も東洋文庫か何かで中高生の頃読んだような気がするし、子供向けの現代語訳も読んだ(これは小学生)。子供向けのものを読んで、あとから本来のものを読むと、あぁ実はこういう話だったのね、子供向けにここをはしょってあるのね、というのが腑に落ちる。「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズもそうだった。子供心にどう考えてもホームズは普通じゃないだろ、と思っていて、あとからヤク中設定を知ってひどく納得した覚えがある。よく言えば行間を読む力が付いた、とも言えるが、実際のところどうなんだろう。行間読み過ぎで妄想力だけ身に付いたような気もしないでもない。
砂山で誰かと話している夢を見た。良く晴れていて、遠くにはなぜかセメント工場の煙突。(なぜセメント工場なのかはわからない。)砂が暖かく、寝転がると心地よい。 起きてみたら、埋もれていたのは羽毛布団だった。一度起きたあと、そのまま掛布団の上で眠っていたらしい。
一日部屋の模様替えをする。仮住まいのつもりだった部屋もいつの間にか荷物がどんどん増えて、収拾がつかなくなってきた。少し整理する。もう少しなんとかせねば。
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