東京の片隅から
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地下鉄(東京メトロ)のマナーポスター、現在のキャンペーンは「電車の中での飲食自粛のお願い」らしい。 で、私は東海道線を使って通勤しているのだが、出勤途中のサラリーマンやらOLが朝ご飯をパクつくのはもちろん、これから旅行らしき中高年集団がお弁当を広げているのが普通なのである。夜勤明けらしいおっちゃんがビールを空けているのも普通の風景。 「通勤」及び「観光」は良くて「ショッピング」は不可なのか、時間帯の問題か、飲食物の種類か、更に他の分類があるのか。 いったいどこまでが「迷惑」でどこからが「旅の情緒」なのだろうか。是非教えてもらいたい。
寒いので、家から出ないことにした。軟弱。
そのかわり、まじめに家の掃除をする。風呂場のあちこちにうっすらと汚れが浮いてきたので、風呂場用洗剤と漂白剤を使って徹底的に洗い、熱湯消毒。うちの風呂場は古いのでいわゆるユニットバスではない。普通にコンクリート壁に耐水性塗料を塗って、下の方をタイルで張っただけ。うっかりするとカビが生える。ユニットに取り替えるにはかなりの費用がかかりそうなので、断念した。レトロといえば聞こえはいいが・・・。
テレビをつけたら大相撲千秋楽。両国では雪が降っている。 おや、と思って窓の外を見たら小石川でもちらついてきたところだった。道理で寒いはずだ。
ここ何日か喉が痛かったのだが、黙って暖かくしてのど飴をなめていたらだんだん良くなってきた。今は治りかけで喉が無性に痒い。猫のように喉を鳴らしている。
映画でも見ようかとぴあを買ってみたが、見たいと思う映画があまりなく、予定を散歩に切り替える。 伝通院を経由し、春日町の交差点から菊坂へ。途中炭団坂に寄ったりしつつ、東大脇を抜け、根津・千駄木から谷中を経て、日暮里の駅まで。いくつか寄ろうと思ったところがあったのだが、休みだったり欲しいものがなかったりして、結局谷中銀座商店街でパンとのど飴を買ってまたぶらぶらと帰ってきた。
木曜日の朝からスキーに行っているまーさんからメール。昨日は吹雪だった上に風邪をひいて朦朧としていたそうだ。ざまあみろ(笑)。
日記を書くときに去年の日付を入れてみた。去年の今頃私は何をしていたんだろうと思ったのだが、乾燥肌で悩んでいたようだ(笑)。 ちょうど、ボディショップでシアバター(シアという木の実から取れるクリーム状の油脂)入りのボディクリームを買ってきたところだった。これはかなり良い。今までかきむしっていたためのかゆみはまだ薬を塗らなければおさまらないが、乾燥の方は一日経っても手足に粉が吹かない。しばらく続けてみる。
昆布をたっぷり入れた湯豆腐を作った。ダシ醤油をほんの少し垂らしただけでもりもり食べられる。本当のダシってこんなに美味しかったのかと再発見、ちょっと得した気分。最近シンプルな御飯が美味しい。味覚が変わったのか、単なる加齢か。
ICカード式公衆電話が廃止されるらしい。結局一度も使わないままになりそう。一度かけるチャンスがあったのだが、そのときはICカードの販売機がなく、結局普通の公衆電話を探して右往左往した記憶がある。でも公衆電話自体何年も使っていない。最後にかけたのはいつだっけ?
駅から会社までは大きな国道を歩く。 信号の間隔が長いからか、良く事故がある道路で、この前の3連休も死亡事故があったらしい。花束と供え物が置かれるようになった。 最初に置かれたのはワンカップで、その次にはたばこ(マイルドセブンメンソール、ライター付き、気が利いている)。供え物としては良くあるパターンだが、おそらく亡くなったのは男性なのであろうと想像。 だが、昨日から気になるものが。
納豆。
それも、いわゆる「パック入り水戸納豆」とかそういうのではなく、ちょっと高そうな「川口納豆」というものである。
故人はよほど納豆が好きだったんだろうか。どういう人だったかがものすごく気になってしまうのであった。
分娩施設のある病院に転院する。待合室は妊婦だらけ。いるところにはいるもんだ。おっとりしているという評判のその病院は確かにスタッフは多いし、説明は丁寧。だから待ち時間が長くても人が集まるのだろう。 何より驚いたのは、磁気カードの診察券を自動精算機に差し込むと金額が出て、現金払いかでデビットカード払いかが選べるシステムだということだ。「病院でもVISAが使えます」なんてCMがあるが、実際入院費用を現ナマで持って歩くのは患者にとっても病院にとってもかなり危険で、このシステムはいいのかもしれない。
母子手帳をもらって、嬉しいとかそういう気持ちよりも、むしろほっとした気分の方が大きい。これで義務は果たした、みたいな感じ。
私の叔父・叔母にはひとりものが多い。多いと言うよりも父のきょうだいは父以外みんなひとりもの(バツイチも含む)。それを小さい頃から見ていると、ちゃんと固いところに就職して、結婚して子供を産んで、将来はこの人達を看取っていかなければいけない、と子供心にプレッシャーがかかる。私にもきょうだいはいるが、一番父親と折り合いがつけられるのが自分なので、将来責任を負うのは自分、そんな気持ちがずっとある。 考えすぎだろうし、実際はそんな大げさな話ではないかもしれないし、どうなるかなんてわからないが、まーさんが一人っ子であることでプレッシャーが更に大きなものになったのも事実で(ある意味きょうだいがいないのは嫁同士比べられなくていいとも言えるが・・・)、今回の妊娠で、肩の荷がちょっと軽くなった、ような気がする。
本当に実際のところどうなんだろうなぁ。叔父さん叔母さん達は姪っ子がそういうプレッシャーと小学生の頃から戦っていた、なんて夢にも思っていないだろうなぁ。って気づかれていても困るのだが。
朝、郵便局に行って、3年分の500円玉貯金を貯金する。アクリルガッシュの下地(ジェッソ)のポリ缶に一杯で12万円。すげー。やればできるんじゃん自分(笑)。
その後、医者へ。予定日の確定、のはずが、来るのが一週間ほど遅かったらしく、かえってわかりにくい状態になってしまったらしい。とりあえずの暫定予定日で紹介状を書いてもらった。 今行っている産婦人科には分娩施設がない。文京区内の個人医院ではどこも似たような状態のようで、扱っている病院を探して転院するか助産院へ行くしかないようだ。もちろん地域差はあって、東京の中心部からだんだん外側に広がれば、それなりにある。こんなに大変だとは思わなかった。自分が生まれた医院ではまだ分娩を取り扱っているようだが、そこの息子だか甥だかと学習塾で犬猿の仲だったので、絶対行かない(笑)。
夜、スーパーで買い物をした。前にはフランス人らしき夫婦。買い物籠の中の大量のマヨネーズと鶏肉は何となくわかるが、カップ麺、鉄火巻き、冷凍枝豆、しゅうまいなど、予想外の品物も入っている。 と思ったら、フランス人ダンナは私の買い物籠を持ってレジ待ちの台に乗せてくれた。それがあまりにも当たり前に行われたので、ろくろくお礼も言えなかったのだが、レディーファーストとかそういうかっこいいことではなく、見ず知らずの人にそういうことをできるか、と言われると私は出来ないと思う。単純に「はじめてのおつかい」」みたいに見えたのかもしれないけど(苦笑)。
新聞を取りに行く以外家から一歩も出なかった。
着付け教室の新年会。斎場に近い新年会会場は喪服の人たちで一杯で、そのなかで明るい色目の着物を着ている一群はちょっと目立ってしまう。でもみんな(年輩の方ばかりだが)「らしい」着物を着ていて面白かった。その場で3月4週の稽古は花見会になることが決定。今度は天気がいいといいなぁ・・・。
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